
新鋭作家の登竜門とされる芥川賞。今年は高橋弘希さんの『送り火』が受賞した。高橋さんは青森県十和田市生まれの38歳。2014年に『指の骨』で新潮新人賞を受賞し、注目を集めた。芥川賞は4回目のノミネートでの受賞だ。『送り火』は父親の仕事の都合で東京から青森の農村に移り住んだ中学3年の男子生徒の心の動きを追った作品で、同級生との交流を続ける中での主人公の心の機微が細かく描かれている。

選考委員の島田雅彦氏は会見で「過去の受賞作の事を強烈に覚えておられる選考委員がおられる中で、これは今までより一歩進化した作品であるという評価がありました」「現代に極めて近い話なのに、どこか、戦時中だとか別の時代なのではないかと思わせるような独特のタイムスリップ感も漂っており、これはただことではないと。いわば言葉を使って別世界を構築していくっていう、フィクション本来の醍醐味、これを十分に示してくれている快作ではないかという意見があった」と話した。
受賞会見に臨んだ高橋さんは「お気持ち?気持ちはまあ、別に…とりあえず会見やんないとダメと言われて引っ張り出されたんですけど、ちょっと頑張っていこうかなと」「(受賞の連絡を受けて)嬉しいっちゃ嬉しいけど…」とコメント。『送り火』に「読みにくい」との評価があることについては「読みにくくはないと思います。だいぶ読みやすいと思います」と反論していた。

高橋さんの受賞について、文学賞の選考委員も務める書評家の大森望氏はAbemaTV『AbemaPrime』で「モチーフの持っていき方が面白かった。田舎の情景がスマホを持っている子と同じ時代に生きている人には見えない。自然の中でいじめがあったり、というようなことが描かれている。文章はすごくしっかりしていて、情景描写が多く、非常に文学的な作品。エンターテインメント的な読みやすさとは違うが、純文学の雑誌に載っているものの中では取り立てて読みにくいことはないと思う」と話し、「高橋さんはデビュー作でいきなり文學界新人賞を取って、いきなり芥川賞候補になった。キャリアはまだそれほどでもないが、作品が出るたびに話題になっていた。純文学業界の中での評価も非常に高くて、いつか取るだろうと。だから今回も大本命で、順当といえば順当な結果」と解説した。
■結果は「無難な結果になりやすい」?
そもそも、芥川賞候補作になり、そして選出されるまでには、どのようなプロセスがあるのだろうか。

大森氏は「様々な出版社が公募している新人賞があり、小説家は原稿を書いてそこに応募する。いわばオーディションのようなもので、各社とも"今後この才能がうちの会社に利益をもたらすかどうか"も考えるし、編集者も、戦略的に考えるだろう。どの賞も公平に運営されてはいるが、自分の会社の作品を1作くらいは必ず候補に入れる傾向がある。だから問題になった『美しい顔』で言えば、『群像』新人賞に関わった編集部の人たちは"すごい才能がきた、これは売れる"と思ったはずだ」と話す。
そして、芥川賞・直木賞については「文藝春秋社の編集者がチーム作って、新人賞受賞作などを回し読みしながら候補作を絞り込んでいく。そこに至るまでに、100作くらいは見ていると思う。だから小説家にとっては、突然"候補にしてもいいか"という打診がくることになる。いずれもアカデミー賞などとは違い、同じ人が何回も取ることはできない。芥川賞は新人のデビュー作が受賞することもあるが、直木賞はいわば"殿堂入り"作家を選ぶ賞で、"コンスタントにこれだけのものを書いているなら、これからもやっていけるな"というところまで含めて選考する。選ばれし流行作家たちだけが入れるクラブの入会審査みたいなものなので、新人が直木賞を取ることは稀だ」と説明した。

「芥川賞も直木賞も、昔はそれこそ豪傑みたいな選考委員がいて、中身を読まずに編集者から話だけ聞いて"うーん、これはないな"と言うようなことがあったようだ(笑)。それこそ好き嫌いを全面に出して、気に入らない作品が受賞したら選考を降りるとか、権威的な人もいた。今は調整方の選考委員が多く、島田雅彦さんも芥川賞の候補に6回なって、結局取れていない方なので、様々な苦労もわかっていらっしゃる。もちろん委員それぞれに文学観の違いはあるし、受賞作が前衛的なものから保守的なものに振れることはあるが、すごくきちんと作品本位で選考されているので、今回も高橋さんの受賞に対して"有り得ない"とか"絶対おかしい"という人はいないと思う。一方で、すごく無難な結果になりやすいとも言える」。
■芥川賞・直木賞よりも「本屋大賞」?
そんな中、読者たちの間では「本屋大賞」など、既存の選考方法にとらわれない文学賞が注目を集めている。ネット上にも「本屋大賞の方が好きかな。頭が悪いから、立派すぎる賞は良さが難しくて分からない」「本屋大賞は選ばれた作品がとても読みやすくて私の好みに合う。全国の書店員さんが選ぶから、私たち読者の目線に近いと思う」といった意見が見られた。

大森氏は「実際、"文学の権威はそんなに偉いのか"とか"じゃあどんな作品をあなたは書いているのか"と言う人もいる。芥川賞や直木賞みたいに、偉い作家の先生が後輩の作家の作品を読んで、"これは良い、あれはダメ"みたいに評価していくやり方自体、今の世の中と若干合わなくなってきているのかもしれない。そこから、本屋大賞のように、権威ではない人たちが売りたいとか、素直に面白いと思ったという尺度で選ぶものがもてはやされる時代になってきている。ただ、曲りなりにも純文学シーンが今も持ちこたえてるのは、綿矢りさんと金原ひとみさんのダブル受賞や又吉直樹さんの『火花』の芥川賞受賞でブームが起きて若い作家に注目が集まり、文芸誌が売れ、若い読者が増えたことも事実。それは既存の文学賞が社会との接点になっていることによる、いい面だと思う」と話した。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)







