人類最速の男がサッカーをしたらどうなるのか?
まるでバラエティ番組の企画のような試みが“リアルな真剣勝負”で実現しようとしている。
100メートル・9秒58、200メートル・19秒19の世界記録保持者であり、世界陸上で通算11個、オリンピックで通算8個の金メダルを獲得した男──ウサイン・ボルト。2017年8月の世界陸上を最後に陸上を引退した後にプロサッカー選手への転向を公言して、偉大なチャレンジをスタートさせた。
サッカーのピッチでライトニング・ボルト!?
舞台はオーストラリア・Aリーグ。8月上旬、本田圭佑が移籍したメルボルン・ビクトリーと同じ、豪州1部リーグを戦うセントラル・コースト・マリナーズにボルトが練習生として加入し選手契約を目指すと、クラブが発表したのだ。この陸上界のスーパースターの突然の参戦には、世界中のフットボールファンが反応した。
「何だって?」「まじかよ!」「冗談だろ?」「楽しみ!」「サッカーはサーカスじゃないぞ!」「待ってる!」「チャリティーじゃないだろ!」「若手に出場機会を!」「ポジションはどこ?」
NBAからMLBにチャレンジしたマイケル・ジョーダンなど、アスリートが別の競技に転向した例はいくつもある。しかしSNS上では、歓迎する声も、懐疑的な声も入り乱れているのが現状だ。それもそのはず。彼はサッカー選手ではなく、陸上選手だったのだから。
ただし、ボルトはいたって本気だ。
マンチェスター・ユナイテッドの大ファンである彼は今年6月、“聖地”オールド・トラッフォードで行われたイングランド代表レジェンドvs世界選抜レジェンドのチャリティーマッチに参加。ロビー・キーンやファン・セバスティアン・ベロン、クラレンス・セードルフ、それにエリック・カントナ、エドウィン・ファン・デルサルといった、憧れの名選手と一緒にFWとしてプレーした。右サイドから鋭い突破を見せたり、利き足の左で果敢にゴールを狙うなど、そのサッカースキルがフロックではないことを示したのだ。
また、今年の春先には香川真司が所属するボルシア・ドルトムントの練習にも参加。ボルトのプレーを見たドイツ代表のマルコ・ロイスは「通用するサッカースキルをいくつか持っていると思う。ボルトと一緒にプレーする次の機会を楽しみにしている」とコメントしていたほどだ。
欧州のトップオブトップは無理でも、オーストラリアだったら――。
ボルトの挑戦は、いよいよ現実味を帯びる。セントラル・コースト・マリナーズは昨シーズン、10チーム中10位と最下位に沈んだ。過去にリーグ優勝も経験したが、この数年は下位争いに終始。新シーズンは10月から2019年4月まで行われ、セントラル・コースト・マリナーズは10月21日に、昨シーズン6位でプレーオフに進んだブリスベン・ロアーと戦うことになる。ボルトはあと1カ月半ほどの練習の先にある開幕戦を目指しているが、選手契約が決まれば、11月には本田圭佑との直接対決が実現するかもしれない。
ボルトは今月の31日に早速、地元チームとの練習試合に出場する予定だという。クラブのHPでは連日のようにボルトの練習風景がアップされている。金曜日の現地時間19時半(日本時間18時半)にキックオフを迎える試合は、大人は20オーストラリア・ドル(約1630円)、子どもは10オーストラリア・ドル(約815円)で観戦できるとあって、多くの観客が訪れるのではないだろうか。
最後に、ボルトの可能性についても触れておきたい。
最大の特徴はスピードだ。戦術や細かい技術では及ばなくても、一瞬のスピードで凌駕できるかもしれない。といいつつ、スピードを武器に持つ選手はごまんといる。それこそ“ボルト級”のトッププレーヤーも。2018 FIFAワールドカップ ロシアで優勝したフランス代表の若きエース、キリアン・エムバペがそれだ。
W杯において、エムバペが「平均時速38キロで50メートルを疾走」したというデータがある。この速度は、ボルトが9秒58を樹立した2009年当時の平均換算時速37.58を上回るものだという。
つまり、逆にいえば「ボルトはエムバペ級のスピードを武器に持っている」ということでもあるのだ。
ボルトは、可能性に満ちたアスリート。果たして電光石火のスピードが、陸上のトラックではなくサッカーのフィールドで繰り出される日が訪れるのだろうか。そして初ゴールを決めたあかつきにはきっと、ピッチ上であの“ライトニング・ボルト”が見られるに違いない。期待感は高まるばかりだ――。
予想サイトの『SUPERCHOICE』では、早くも「ボルトはAリーグ開幕までにプロ契約を勝ち取れるか?」が設定され、「契約を結ぶ」の1.84倍に対して「契約を結ばない」が1.90倍と、かなり拮抗している(8月30日15時現在)。ただしボルトは、これまでに何度も“前人未到”に到達してきた男だ。今回も世間の予想を覆す可能性は大いにあると見ていいだろう。
文・本田好伸(SAL編集部)
写真・ロイター/アフロ
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