8月2日、AbemaTV『AbemaPrime』の取材クルーに囲まれながら、カメラに向かって自身の新たなチャレンジに言及していたその表情は、2018 FIFAワールドカップロシア大会を戦っていた、あのピリピリした緊迫感のあるものではなく、夢を思い描き、ひたむきに前を見据える少年のようにキラキラしていた。
本田圭佑は、フットボールのトップアスリートであり、世界を股にかけるビジネスマンであり、世間をアッと驚かせるエンターテイナーである。彼が起こすアクションはいつも、驚きに満ちあふれている。
本田はカンボジアで、我々に何を見せてくれるのか――。
史上初? 代表級選手が他国の代表監督を兼任
W杯を終えて「これが僕自身、最後のW杯になる」と事実上の代表引退を示唆した本田だが、6月末にメキシコのパチューカとの契約満了を迎えてからは、所属クラブが決まっていなかった。
7月18日には、俳優、プロデューサー、歌手、起業家の顔を持つウィル・スミス氏とベンチャーファンド「ドリーマーズ・ファンド」の設立を発表するなど、ピッチ外で話題を集めた。ただし、世間の最大の注目はあくまでも「サッカー選手」として。その意味で、前述のAbemaTVの独占取材は世の中をにぎわせた。
中米・バハマの海を背景にして語った次なる目標は「2020年東京オリンピック」。まさに本田らしいサプライズだ。選手として、目標がないと高みを目指していけないという事情は理解できるが、「オーバーエイジ枠」を目指すと公言する選手はなかなかいないだろう。その後、番組内で「オーストラリアのチームと交渉中」と語り、改めて「サッカー選手・本田圭佑」が今後も第一線でプレーすることが明らかになった。
そして8月6日、オーストラリア・Aリーグのメルボルン・ビクトリーから、本田の加入が発表された。これで本田の去就の話題はひと段落したと思われたが、彼はまだ、とんでもない驚きを用意していた。
「カンボジア代表の(実質的な)監督兼GMに就任」
なんと、選手でありながら(しかもオーストラリアの!)、他国の事実上の代表監督になってしまったのだ。彼自身は監督ライセンスを保持していないため、登録上の監督には30歳のフェリックス・アウグスティン・ゴンザレス・ダルマス氏が就任。オーストラリアとカンボジアという距離感での仕事は想像する以上に困難に思えるが、週に1、2回のビデオミーティングで対応していくのだという。
世間では「二足の草鞋」といわれているが、例えば、アマチュアレベルではよくあるようなプレーイングマネージャー(選手兼任監督)や、それこそ選手とビジネスとの両立といったレベルではない。一国の代表レベルの選手が別の国の代表監督になるなど、まさに前代未聞だろう。
本田はなぜカンボジアを選び、何をしたいのだろうか。彼が掲げるミッションは2つだ。
「一つは、カンボジアのサッカー連盟、各チーム、育成年代のすべてが同じサッカースタイルをつくること。つまり、カンボジアのサッカースタイルを確立すること。もう一つは、サッカーを強くするだけではく、カンボジアの素晴らしいところを世界に伝えていくこと」
以前、AbemaTIMESに掲載されたこちらの記事でも伝えているように、本田はサッカーを通して「教育」にも取り組んできた。彼が2012年から手がける「SOLTILO FAMILIA SOCCER SCHOOL」は世界規模で展開され、カンボジアでもスタートしている。それに、カンボジア1部リーグのソルティーロ・アンコールFCの経営をするなど、以前からカンボジアサッカーと本田とは、深い関係でつながっているのだ。
カンボジアのサッカースタイルを築くことと、カンボジアの文化の発信は、本田にとって突拍子のないことではなく、これまでと同様にビジネスの一つであると同時に、彼の思いの強さが反映されたものだろう。
そして9月10日、“本田圭佑監督”はついに初陣を迎える。カンボジア代表はマレーシア代表と親善試合を戦うが、この試合でどんな采配を振るうのだろうか。監督就任会見では、日本と似たようなポゼッションやハイプレスを導入することを示唆するとともに「みなさんにカンボジアのサッカーは変わったな、見ていて楽しいなと、そういうふうに言ってもらえるようなサッカーを目指していきたい」と意気込んでいた。
果たして、本田が始めた“前例のないプロジェクト”はどんな未来を描くのか――。
予想サイトの『SUPERCHOICE』(スーパーチョイス)にアップされた「9月10日開催の親善試合カンボジア対マレーシアで勝利するのは?」のリアクションは、31日17時の時点で「カンボジア代表の勝利」が1番人気で2.12倍、「引き分け」が2番人気で4.44倍、「マレーシア代表の勝利」が2.51倍と続く。
FIFAランキング166位(カンボジア)と同171位(マレーシア)のアジアの親善試合が日本国内でこれほどまでに注目されるのは、間違いなく今回が初めてのことだろう。
これを機にカンボジアサッカーのファンも増えそうだが、日本人が注目するのは、本田の一挙手一投足。スーパーチョイスでは「9月10日のマレーシア戦、ベンチ入りする本田圭佑の服装は?」という設問も用意され、「スーツ」が1.66倍、「ジャージ」が4.30倍、「その他」が4.20倍と、スーツが圧倒的な人気だ。
日本のフットボールを文字通り先頭で引っ張ってきた本田は、同時にサッカー選手の枠を飛び越えた“異端児”でもある。しかし、だからこそ、誰にも放つことができないようなオーラを持っている。
スーツにサングラスは、本田のトレードマーク。白や赤のスーツをまとって報道陣の前に現れる姿はまるでハリウッドスターのようでもある。一方で、ジャージ姿を見てみたいという期待感も。本田はこの初陣で、どんな姿で登場するのか。本田らしく、ここでもまたサプライズが待っているかもしれない。
文・舞野隼大(SAL編集部)
写真・AFP/アフロ
(C)AbemaTV