「朴訥とした真面目な好青年」。俳優の三浦貴大にはそんなイメージがある。主演映画『栞』(10月26日公開)でも真摯に患者に寄り添う理学療法士・高野という、そのものの役どころを好演している。しかし当の本人は「真面目な人を演じるって実は苦手。僕は根がテキトーですから…」と意外過ぎる心境。“真面目な好青年”の本当の姿とは?

演じた高野は理学療法士という設定を除けば、一般的倫理観を持って自分の与えられた仕事に向き合う普通の人。「普通の人、というのが凄く難しい。どんなに役作りをしようとも自分自身が演じている以上、自分が本来持っている根っこの部分が意図せず出てしまうから。特に僕は根がテキトー人間だから、“普通の真面目な人”を演じるのは一番苦手」と恐縮する。
しかも今回はライフセイバー経験や精神保健福祉士を目指していたという三浦のバックグラウンドが評価されての直々の指名。「榊原有佑監督は元理学療法士。医療従事者の実情を知ってほしいという思いで映画作りを勉強して、本作を監督した。そんな熱い気持ちを背負っての主演ですから、責任は重大」と撮影を終えた現在でも背筋が伸びる思いだ。
製作陣の思いを仮託されての主演。緊張もプレッシャーもあっただろう。そんなときに役立つのが、三浦が考案・実践している“妄想再演メソッド”だ。役を与えられたとき、大抵の俳優はキャラクターと自分の距離感を縮めるために、役との共通点や共感点を自分の内面から探ろうとするが「僕の場合は、脚本を読むときに自分を当てはめるのではなく、その役にピッタリだなと思う別の俳優さんを思い浮かべる。実際に演じるときは、思い浮かべた俳優さんの像をなぞっていくような形なので、変に緊張しないんです。でも演じているのはあくまで自分ですから、そこにプラスアルファで何かが足されて表出されていく。それが面白い」と斬新な取り組み方を明かす。
そんなメソッドを生んだベースには、自信のなさがある。「オーディションに行くと必ず『みんな俺より上手い…』と落ち込む。その一方で、一つの役を沢山の俳優さんがそれぞれのやり方で演じるのを見て面白いと思うようになった。ならば最初から自分が上手いと思って尊敬する俳優さんを当てはめて『彼ならばどう演じるだろうか?』と想像して脚本を読めばいいと思考を変えた」と逆転の発想で自らを鼓舞。それからというもの、演じるということに対する力みも消えたような気がする。「デビュー当時は『芝居をしなきゃ!』という焦りで頭の中がいっぱいだったけれど、今では人の芝居を見るという余裕が生まれ、相手の反応を受けて返す大事さも知ることができた」と俳優業の醍醐味を心地よく感じている。

俳優デビューから8年経ち、現在32歳。新人でもベテランでもない、中堅ポジションになった。でも安心していない。一番近い場所に自分のキャリアを上回る、先輩であり父親である俳優の三浦友和の大きな背中があるからだ。「父親は家庭に仕事を持ち込まないタイプなので、僕も仕事の話はしません。変に頑固だったり、変にテキトーだったり、父と僕は性格面で似過ぎているところもあるので、仕事の話をしたり、アドバイスを求めたりしたら喧嘩になりそう。母親は僕の出演作を観たりすると『面白かったよ』と言ってくれるけれど、それは学芸会での子供の活躍を見て『よく頑張ったね~』というような感覚。普通の親子関係です」と笑う。
そんな父とは30代のうちに共演したいという希望もあるが「緊張しそうでイヤですね。同じ現場に身内がいるという感覚が想像できないし、集中できるのだろうかという不安もある。現場で父親から怒られたりするんだろうなぁ」。胸を張って対面するために必要なのは経験値だろう。今後の目標を聞くと「32年の人生経験の中から自分で思い浮かぶ目標や選択肢などはたかが知れているので、僕のことを知ってくださっている方々に『どんな三浦貴大が見たいですか?』というアンケートを大々的にとりたいです。沢山の方々に選択肢を提示してもらい、なおかつそういったことを大々的にやったら、どこかでプロデューサーが見ていてくれてお仕事に繋がるかもしれないから」とジョークを交えつつ「何でも来い!」の開いた姿勢。“根がテキトー”は隠れ蓑、俳優業に邁進する真面目な男がそこにいた。


テキスト・写真:石井隼人
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