投票期間が約2カ月と長期になり、投票数も過去最高を記録した「DDTドラマティック総選挙2018」の開票イベントが10月30日に行なわれた。

(大逆転を許し、最終的に3位となった伊藤だが吹っ切れたような表情でコメント)
ユニット部門の1位はKUDO、坂口征夫、高梨将弘の「酒呑童子」が獲得。個人部門でも高梨が1位となり、賞金100万円とKO-D無差別級王座への挑戦権を獲得した。トップ10人は以下の通り。
1位:高梨将弘(1963票)
2位:彰人(1669票)
3位:伊藤麻希(1412票)
4位:HARASHIMA(907票)
5位:佐々木大輔(853票)
6位:遠藤哲哉(605票)
7位:男色ディーノ(547票)
8位:高尾蒼馬(438票)
9位:MAO(430票)
10位:石井慧介(387票)
3度の中間発表でいずれもトップだった伊藤麻希は、最後の最後で逆転を許した。3度目の中間発表から2週間あまり、伊藤も大きく票を伸ばしているのだが、彰人と高梨の伸びがとてつもなかった。最終的には高梨と伊藤には500票以上の差がついている。完敗と言うしかないし、ここまでくると選手、ファン個々の頑張りではどうにもならないレベルだ。
とはいえ伊藤はキャリア2年足らず。総選挙初出馬であり、主戦場の東京女子プロレスでは観戦、グッズ購入による投票券の配布がない。そんな状況での3位は、やはり快挙だ。
伊藤の快進撃が「このままではまずい」と他選手のファンの投票を加速させた面もあるだろう。DDTの“大社長”高木三四郎は「伊藤のKO-D挑戦も受け入れると腹を括ってました」と言う。
「伊藤待望論は多かったと思います。彼女が上がってきて今のDDTが変わる、壊れるのであればそれでもいいだろうと。(KO-D無差別級王者の)佐々木と伊藤麻希が本当に闘っていたらどうなっていたのか、興味ありますね」(高木)

(1位・高梨、2位・彰人、3位・伊藤と、これまでとは上位の顔触れが大きく変わった)
結果としてそれはかなわず、伊藤は「高梨、大逆転1位」というドラマを引き立ててしまった形だ。さぞかし悔しいだろうと思いきや、本人は開票イベントの最中、ずっと笑顔だった。3位と発表されて上ったリングでもだ。
「本当は1位がよかったです。でも3位も、負けてばっかりの自分が取るランキングじゃない気がして、とても嬉しいです」。イベント後のインタビュースペースでも「この順位でも幸せな気持ちでいっぱいです」と伊藤は語った。理由は分からないし、来年も総選挙があるなら1位を目指す。だけど今は「スッキリしてます」と。
試合で負けた後に号泣することも珍しくない伊藤だから、この姿、言葉は意外だった。立候補時は「神7入り」を掲げた伊藤だったが中間発表を受けて目標を修正、1位を狙うと宣言してもいた。だから余計に「どうした?」という感じだ。
大社長は「ちょっと彼女の中に迷いがあったのかもしれない。それで最後の後押しがいま一歩伸びなかったのかなとも思いました」と分析している。迷いとは、自分が総選挙1位になって後楽園のメインで男子選手とタイトルマッチを行なうことへの迷いだ。「息切れなのか、明らかに最後はトーンダウンしてましたから」と大社長。確かに、伊藤は最終投票日の試合でアイアンマンヘビーメタル級王座を奪取したにもかかわらず、それから日付が変わるまでの“ラストスパート”と言える時間帯で総選挙に関わるツイートをしていない。まだ新人に分類されるキャリアの伊藤にとって、この総選挙はとてつもないプレッシャーだったのではないか。
試合では負けて号泣する伊藤が、総選挙では3位でも喜んでいた。笑顔を見せてしまったことも含めて、これはキャリア最大の“完敗”だったのではないか。しかし伊藤にとっては、何位であろうと笑顔を見せるのが総選挙ということだったのかもしれない。彼女は試合と総選挙を別物として見ていたそうだ。
“クビドル”という伊藤のキャッチフレーズは、所属していたアイドルグループ・LinQを再編成により卒業した(本人の言葉では「クビ」になった)ことが由来だ。LinQ時代、ステージでのポジションは端もしくは後列。「お笑いキャラ」として可愛く見られたい気持ちを押し殺し、握手会に並ぶファンもわずか。
そういうアイドルが、プロレスでは輝いた。プロレスではポジションや歌割が関係なかった。自分が頑張ればそれでよかった。頑張れば頑張った分だけ声援が返ってきたのだ。最悪、応援されなかったとしても試合で勝つという結果を残すこともできる。ただ総選挙となると、自分が頑張ればいいだけというわけではなくなる。
頼みはファンの投票だ。つまり自分ではどうにもならない他者からの評価に委ねるしかない。試合での頑張り、結果が票に結び付く面もあるが、それがすべてではない。試合と同じように喜んだり悔しがったりするものではないと、どこかの段階で感じたのではないか。それでいて3位だ。充分と言えば充分だ。
「アイドルの時だったら絶対にランキングに入ってないですよ。握手会に並ぶ人も、よくて1人、2人。いないのが普通だったんで。今の状況は当たり前じゃないと思います」(伊藤)
他のレスラー以上に、伊藤には総選挙というイベントが“リアル”なものだということかもしれない。総選挙に関しては“アイドルマインド”が働くと言えばいいのか、軸足がアイドルになると言えばいいのか。つまり票数とは「愛」であり、その愛の積み重ねで出た結果に対して「悔しい」という感情など出てくるはずがないということなのだと思う。票数すべてが伊藤には「プラス」であり、1位、2位との差を「マイナス」とは考えない。ましてプレッシャーの中で「どうしても1位」とこだわってしまったら、気持ちがもたない可能性だってある。
アイドルでありプロレスラーの伊藤が臨んだ、プロレス団体の総選挙。その結果の受け止め方も伊藤らしかった。これからプロレスラーとしてさらに実力をつけ、結果を出し、アイドルである伊藤とレスラーである伊藤が完全に融合した時こそ、本当に1位が狙えるはずだ。ただ、大社長は来年の総選挙開催に関して明言はしなかった。
選手の精神的負担、過熱によるファンの負担を考慮しているようだ。果たして伊藤にリベンジの機会は訪れるのか。来年も総選挙があるとして、どういうシステムがベストなのかを考える必要もある。もともとはAKB総選挙の影響で始まったもの。DDTらしいイベントだからこそ、DDTらしい洒落っ気のあるクールダウンも大切だ。
文・橋本宗洋
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