東京地検特捜部は19日、日産自動車会長のカルロス・ゴーン容疑者(64)を金融商品取引法違反の容疑で逮捕した。さらに特捜部は代表取締役のグレッグ・ケリー容疑者(62)も逮捕した。
ゴーン容疑者の逮捕容疑は、平成23年3月期~27年3月期までの連結会計年度における金銭報酬が合計約99億9800万円であったにも関わらず、合計49億8700万円と虚偽の記載のある有価証券報告書を提出したというものだ。
このほか、同日夜に日産が出したプレスリリースには「当社の資金を私的に支出する等の複数の重大な不正行為が認められ、グレッグ・ケリーがそれらに深く関与していることも判明しております」と記載されている。
19日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、現時点の疑問点について、識者に話を聞いた。
■佐々木俊尚氏「どこのメディアも抜いていない。極めて稀なケースだ」
まず、ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「東京地検特捜部が単独で行っている捜査であればバレないということはあり得るが、企業の内部調査が行われていて、情報がここまで洩れないというケースは極めてレアだ。過去にあった企業による大型犯罪の場合、内紛が報道され、役員が解任され、そして地検が出てきて逮捕、という流れだ。しかし今回は朝日新聞が一瞬早かっただけで、どこのメディアも抜いていない。内紛絡みの事件は関係者がたくさんいてリークをしまくるので、新聞社やテレビ局にすぐバレるのだが、直前までマスコミ各社がほぼ皆知らなかったというのは驚くべきことだ」と話す。
「内部でゴーン氏にもバレないよう、密かに調査を命じていたのは誰だったのか。西川社長なのか内部監査の部署なのか、他にも暗闘があったのか、気になるところだ。また、日産のプレスリリースで重要なのは、虚偽記載の他に、"複数の重大な不正行為が認められた"とある部分だ。検察としては特別背任になる可能性も睨んで捜査を始めたのではないか」。
■山口真由氏「損害賠償の可能性もあるのに、なぜ検察に情報提供したのか」
次に、元財務官僚でニューヨーク州弁護士の山口真由氏は「日本は従業員と役員の収入格差が7倍くらいしか開いておらず、国際的には小さいと言われる。グローバル企業のトップは皆プライベートジェットで行き来するので、日本の社長のように車で、というのが恥ずかしい、というのもあるくらい。ゴーン会長の報酬についても日本では株主を含め文句を言われてきたが、本人としては"これくらいやっているんだから、これくらいもらって当然だ"ということで、認識のズレがあったのかもしれない」と話す。
その上で「有価証券報告書というのは、企業の内容を開示して株主の皆さんに判断いただくため、年に一度出さなければならないもの。その虚偽記載というのは罰則も10年以下・1000万円以下と、決して微罪とは言えない、金融商品取引法違反の根幹となる罪だ。ただ、企業として株価が下がり、場合によっては整理銘柄、上場廃止になり、損害賠償を請求される可能性もあるのに、なぜ検察に情報提供をしたのか。その背景がわからない。企業弁護士としての感覚では、検察を巻き込む前に取締役会で解職動議を出し、辞任まで取り付けるというのが一般のやり方。それができないくらいゴーン会長の権力が怖かったということも考えられる。会長・社長は取締役会で解職することができるが、取締役を解任するには原則として株主総会の開催が必要。日産くらいの規模の会社になると取締役会も株主総会も開催するのがすごく大変になる。もちろん二人の刑が確定すれば欠格事由にはなるが、それまでに"辞任しない"と粘った場合は大変なことになる」と指摘した。
■落合洋司氏「検察はもう1件やりたいのではないか。年内に再逮捕もありうる」
また、元東京地検公安部の検事で、弁護士の落合洋司氏は「現時点では推測するしかないが、内部通報を受け、社内で突っ込んだ調査がなされたのであれば、確実にカルロス・ゴーン容疑者やグレッグ・ケリー容疑者の耳にも情報が入っていたと思う。そうなれば権力を持っている彼らは調査を潰しにかかってきたはずだ。つまり、いかにも内部調査を行ってきたような書き方になっているが、実際は社内の極めて限られた人たちのみがその情報を把握していて、かなり早い段階で検察庁や証券取引等監視委員会に通報、その捜査に協力してきたという可能性が高いのではないか。また、内部告発は純粋な正義感だけでなく、恨みつらみなど様々な背景を持って行われるもの。ゴーン氏の場合は前妻とうまくいっていなかったなどの記事も出ているし、そのようなものも情報源になっている可能性がある」と推測。
その上で、問題視されている虚偽記載について「今回は5年分が立件されているが、これは時効の関係だろう。もっと前からやっていた可能性もある。通常はありえないことだし、ゴーン容疑者とケリー容疑者だけではこういう犯罪はできない。本人が報酬のことをあまり言われたくないという気持ちから命じた、という以外には無いのではないか。したがって、会社の中に他にも把握していた人が当然いるはずだ。日産のプレスリリースでは"判明"と書いてあるが、もともと判明していたはずだ」と指摘。
さらに「むしろ会社が重視するのは、"資金を私的に支出するなどの複数の重大な不正行為"という点で、これが会社にとっては衝撃的な事実だったのだろう。内部告発されたのも、やはりこちらの問題ではないか。例えば海外の会社にお金を流して着服しているといったことが指摘されたとか、あるいはお金の流れを綿密に見ている国税当局から情報が特捜部に流れてきて、という可能性も大いにありうる。なぜ今か、ということについても断定はできないが、逮捕して20日間拘留すれば12月10日頃だ。まだ年内に20日ほどあるので、年内にもう一度逮捕することができる。検察としては、年内に2件やりたかったのではないか」。
■片山修氏「文句を言える人は社内に一人もいなかったと思う」
ゴーン容疑者に取材した経験もある経済ジャーナリストの片山修氏は「非常に明快に物事を言う人で、説得力もある。実績を示してきただけでなく、大変カリスマ性があり、現場の人たちとも膝を突き合わせて話ができるので、社内にもファンが多かった。例えば日産のある偉い方が亡くなった時、ゴーン容疑者は日本人がするように、全ての弔問客を立って出迎えた。トランプ大統領、習近平国家主席に会うなど、私はこれからの世界の自動車業界を仕切るのは豊田章男さんとゴーン容疑者の2人だと思っていた。だからこそ衝撃は大きい。まさかこういうことが起きるなんて誰も思っていなかっただろう」と話す。
「もちろんウォール街などと比較すればそうでもないが、株主総会ではいつも報酬が多すぎるんじゃないかという指摘を受けてきた。ただ、志賀俊之・前COO(現産業革新機構代表取締役会長CEO・日産自動車取締役)も、西川社長もゴーン容疑者によって指名された方。何か文句を言える人は社内に一人もいなかったと思う。また、今年5月にCFOが軽部博氏という日本人に変わったことが不思議だった。今にして思えば、これも今回の件と関係があったのではないか」。
■日産側による"クーデター"説も
1999年、経営危機の状態にあった日産自動車が仏ルノー社と提携したことから日産の経営にも関与することになり、直近ではルノー社・日産・三菱自動車の会長を兼務していたゴーン容疑者。今回の問題の背景について、元朝日新聞の経済部記者で、自動車産業に詳しいジャーナリストの井上久男氏は「日産とルノーには"確執"があり、業績好調な日産を取り込みたいルノー側に対し、日産側が内部通報を使って"クーデター"を起こしたとも言える」と推測している。
この見方について、片山氏は「確かに日産とルノーには確執があって、ゴーン容疑者がいたおかげで微妙なバランスの上に成り立っていた。もともとルノーに助けてもらっていた日産だが、ゴーン容疑者のお陰で成長した今、ルノーの兄貴分は自分たちだ、という自負もあった。その日産が危惧していたのが、フランス政府がルノーを支配しようとしていたことだ。そんな中、資本関係をめぐってフランス政府とゴーン氏の間で何らかの取引があった可能性はある。ゴーン容疑者はこれまでの関係を崩さないようにするとは言っていたが、不透明さがあったのは確かだ」とコメント、佐々木氏も「展開によっては非常にインターナショナルな事件になる可能性もある」と指摘。
また、片山氏は「自動車メーカーには、1000万台を超えると必ずつまずく"1000万台の壁がある"と思っている。GMは経営破綻、トヨタは品質問題、日産はゴーン氏の不正というありえない事態を起こした。1000万台を販売するオペレーションはないのではないか」との考えを示していた。
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