東京・南青山(港区)に建設が計画される児童相談所をめぐって、住民説明会が紛糾したことが話題を呼んでいる。表参道からもほど近いエリアであることから「ブランド」「土地の価値」といった言葉を使い、激しく反対する住民の声がクローズアップされているのだ。
この問題について、被災地など、全国各地を取材するジャーナリストの堀潤氏は何を考えたのか、話を聞いた。
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――ネット上では反対派に対する厳しい批判の声が日増しに高まっています。それだけでは解決しないようにも思えます。
堀:そうですね。土地のブランドや、それに対するプライドってなんだろう?ということについて、ちょうど写真家のワタナベアニさんと話していたんです。自分たちに置き換えて考えてみると、僕の場合は実家が高校の終わりくらいに鎌倉に移ったので、"ここは鎌倉だけど、あそこは鎌倉とは言わないよね"とか、隣町の大船の人が"うちは鎌倉…"などと言うことに対して"違いますよね?"と言っちゃう感覚というのはわかる(笑)。一方、アニさんは"やっぱり横浜生まれの鎌倉育ちだよね~"みたいに決めつけられるとイラっとするそうです(笑)。
ーー似たような話で、マンションのチラシにツッコミが入るような話はよくあります。武蔵野市でもないのに「吉祥寺」と書いてある!みたいな(笑)
堀:僕の事務所も、恵比寿駅から目と鼻の先なのに、建物の名前には「代官山」が入っていますからね(笑)。
よくよく考えてみると、どこまで「湘南」と認めるか、みたいな感覚はあっても、自分たちから「湘南に住んでるんですよね」とは言わなかった。つまり、アニさんが言うように、本当に南青山に対して"地元"という感覚のある人は、あまり自分から「南青山に住んでるんですよね」とは言わないんじゃないか、と思ったんです。
つまり、外の人や、外から来た人が考えるイメージによって土地のブランドというものが決まっていく構造があるということではないでしょうか。今回の問題も、その"南青山らしさ"というものが何で、誰が決めたんだろうかと。
ーーたしかに、報道を見ていると、南青山に憧れて土地や住宅を買ったという人の反対意見がクローズアップされていました。
堀:その土地のブランド力を利用して商売をしている人もそういう気持ちになるんでしょうね。だからもし僕が現場にいたら、"あなたが守りたいのは自分の資産や土地のブランドですよね"ということを聞いて確かめる質問をしたと思います。
児童相談所は交通の便がいいところの方が駆け込みやすいし、機能するはずなんです。だからとにかく残念なのは児童相談所が厄介なものだという先入観があること。そして、自分が安定した稼ぎを得られて生活ができている、今の地位を確立できているのは、誰かの支えがあったからだとどうして思えないのか。自分の幸せは誰かのおかげで成り立ってるんだと、どうして思えないのか。そのことを自覚すれば、余力のある人が課題に直面している人を支えることが社会の安定につながり、ひいては社会の活力や富につながるということがわかると思います。
ーー南青山にはかつてオウム真理教の東京総本部がありました。住民にも行政にも、地域の困りごとを解決するためのノウハウというものが引き継がれていないんでしょうか。
堀:保育園、産業廃棄物や斎場など、設置によって反対意見が巻き起こる話はあちこちにあるはずですからね。今回の件で思い出したのは、除染した福島の土をどこに持っていって処理するのかという問題でした。まさに"NIMBY"(=Not In My Back Yard)、「必要なのは認めるけど、自分の家の近くではやってほしくない」という話ですよね。
これを解決するためには、行政がファクト、エビデンスに基づいて丁寧に説明をしていくしかないと思います。児童相談所がある他の地域ではどうなっていて、問題があった場合にはどう対処しているのか。
ーーただ、行政による、いわゆる「住民説明会」というのは、まさに一方的に説明するだけになりがちですね。
堀:日本の行政が一番苦手としていて、やってこなかったプロセスなんだろうと思います。こういうときに配布される資料なんかも"お役所的"で、あまりデメリットを説明しようはとしない。発言する人も事前に吟味されていて、司会も役所の人だから、結果は決まっている"しゃんしゃん会議"。アリバイづくりのようなものです。参加者だって、普通の住民というよりは反対運動をしている人や利害関係者ばかり、みたいなことの方が多いでしょう。
だから今こそ「住民説明会」を日本からなくして、「パブリックミーティング」「タウンミーティング」を実施するべきだと思うんです
この仕組はアメリカでは一般的です。ファシリテーターがいて、行政、住民に加え、児童相談所の当事者や出身者、研究者など、あらゆる一定期間をかけ、話し合いを重ねながら合意形成を行っていきます。僕もいくつか見てきましたが、インターネット用の放送があって、ライブ中継も当たり前。やっと議会の中継が整備され始めた日本とは大違いです(笑)。
港区は、南青山からそれを始めるべきです。行政がビジョンを説明し、皆が課題を認識し、アイデアを出し合う。児童相談所があることでのメリット、シナジーとはなんだろうか。将来のビジョンは…と。そうでなければ、納得できない人にはモヤモヤが残ったまま。そして苦情を言えばクレーマーとして扱われたり、部署をたらい回しにされたり。地域との対話、コミュニケーションの場が無いんですよ。それでは問題は乗り越えられないと思う。"勝手に決めやがって""なんかあったら保証しろよ"となるだけです。
このままだと子どもたちが可哀想だし、かえって区や地域の評判を下げることになります。海外からも"子どもに冷たい街"という見られ方をされてしまうかもしれない。
ーーメディアがそういう場を提供するのもいいかもしれません。
堀:本当にそうだと思います。とくに地元新聞の役割は大きいと思います。感情敵な声を一方的おもしろおかしく消費するんではなく、メディアには設備もあるし、人もいるんだから(笑)。
まず、"南青山によくないイメージがつく"という意見ばかりが切り出されていますが、賛成・反対含め、もっと様々な意見があるはずですよね。
たとえば千葉で起きた保育園設置をめぐる問題もよくよく聞いてみると、施設ができるのに反対なのではなく、狭い路地に路上駐車が増えるのが困るから反対、という意見が多かった。南青山の問題も、何が嫌なのか、丁寧に検証していくべきです。
僕の事務所の近くの公園でも、園庭代わりに使わせてほしいという保育園の要望に対し、地域住民から"うるさい、危ない"という反対の声があがった。そこで地元の恵比寿新聞などが入って、集会を重ねた結果、反対していたおばあちゃんも、"やっぱり子どもの声が聞こえるのはいいよね"という風に変わっていった。
物事にはゼロリスクはありません。だからこそ、メディアにはそういう前提の共有や、調整機能が期待されている。重要な役割だと思いますよ。

■プロフィール
1977年生まれ。ジャーナリスト・キャスター。NPO法人「8bitNews」代表。立教大学卒業後の2001年、アナウンサーとしてNHK入局。岡山放送局、東京アナウンス室を経て2013 年4月、フリーに。現在、AbemaTV『AbemaPrime』などにレギュラー出演中
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