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 撮影日数20日、自腹総製作費約300万円という完全自主製作映画ながらも、ポン・ジュノ監督、犬童一心監督、白石和彌監督をはじめ、俳優の香川照之池松壮亮高良健吾らから激賞されている一本の映画がある。

 これが長編映画監督デビュー作となる片山慎三監督による、『岬の兄妹』(3月1日公開)だ。知的障害の妹が体を売っていることを知った兄が、貧困やむなく妹の売春を斡旋していくという衝撃的内容。リスキーな題材ゆえに「誰かにウンコを投げつけられるのではないか?という恐れがいまだにある」と不安を口にする片山監督だが「映画とは本来自由なものであり、映してはいけないものなどない」という信念一つで作り上げた。

 片山監督は、ポン・ジュノ監督の映画『TOKYO!』『母なる証明』、山下敦弘監督の映画『マイ・バック・ページ』『苦役列車』などに助監督として参加。現在37歳で、新人映画監督としては遅咲きだ。「長編映画を撮りたかったけれど、自分がやりたいという企画に巡り合わなかった。営業が上手い方ではないのでオファーもなかった」とその理由を明かす。

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 山下敦弘監督の現場で出会った兄・良夫役の松浦祐也、撮影の池田直矢ら同世代にも背中を押された形。「松浦さんも主演をやりたい、カメラマンも独り立ちしたいという年齢。我々の年代は、助監督をやれば監督になれると思っていたものの、現実はそうではなかった。自主映画から出てきた人たちが若いうちに監督デビューしていて、そういった監督の下に助監督としてつくという悔しさも経験している。そのくすぶっている思いをぶつけようと思った」と打ち明ける。

 当初はキム・ギドク監督の映画『悪い男』かのように、借金のある男が障害を持つ女性を売り飛ばすというストーリーだったが、松浦と話し合う中で兄妹という設定に変更。撮影方針も春夏秋冬を背景にするために、約1年に渡って行うことに決めた。ストーリーを支える要といえる、知的障害の妹・真理子を演じた和田光沙との出会いも大きな転機になった。

 「和田さんはあっけらかんとしていて、重い芝居をしていても悲壮感以上に笑える軽さがあった。兄・良夫と喧嘩をさせても負けないでやり返すくらいの強い生命力。これならば今村昌平監督作品のような重喜劇路線でいけると確信した」と逸材発見。濡れ場にも慣れており「裸になることへのハードルが低すぎて、裸にならなくていい場面でも裸になっていた」と笑うが、その肝の据わった女優魂に感激している。

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 急遽設定を変更したために脚本をリライトしつつの撮影。脚本も断片的に渡すという見切り発車的なスケジュールとなったが、先が読めない分、予定調和が排除されて役者の生の反応や緊張感に繋がった。こだわったのは生っぽさ。真理子を買春する老人とのやり取りは、段取りだけを指示してあとは自由演技。老人役もあえて演技経験の少ないエキストラを採用した。「それによって演技では出てこないような生の反応が返ってきた。10テイクくらい撮っていくうちに、どんどん新しいアドリブと反応が生まれてものすごく面白かった」と手応えも、その自由過ぎる演出ゆえに「帰り際にそのおじいさんから『これはAVの撮影ですか?』と聞かれたのには驚いた」と苦笑いだ。

 シリアストーンで進む中で、観客の予想を裏切る度肝抜きの衝撃&爆笑シーンがある。良夫が学生たちに襲われた際に、自らの人糞を使って戦うのだ。片山監督は「ポン・ジュノ監督は1本の作品に様々なジャンルが入っている。カットごとに毎回違うテイストがある」と師匠を崇めるが、そのポン・ジュノ監督イズムをしっかりと受け継ぎ、ここで表した。「捕らえられた良夫の脱出方法を考えたときに、脱糞しかないと思った。戦国時代に人糞を武器に戦ったという記述を本で読んだことがあり、そこから閃いた」とバカバカしくも実のところアカデミック。人糞作りは片山監督自らが行い「ピーナッツバター、合わせみそ、バナナ、コンデンスミルクを少々。8時間ほど天日干しして完成。それを10個ほど作った」とこだわりに胸を張る。

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 緊張と緩和。作品に通底するのは転がり落ちる兄妹の突き抜けたような滑稽さ。しかし題材が題材ゆえに「不謹慎!」というレッテルを張られる恐れは大いにある。それは片山監督も覚悟の上で「撮影を進めながら、この作品を観た人は怒るだろうと。自分がウンコを投げつけられる側になるのではないか?という恐れがあった」と身構えるも「現代はあれもダメ、これもダメとあまりにも規制が厳しくて多い。本来映画とは自由なものであり、映してはいけないものなどないはず。そういった規制を全部無視して、映画の自由さという原点に戻り、思うままにやってみたかった」とがんじがらめの時代に一石を投じたつもりだ。

 その意志は伝わった。SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018国内コンペティション長編部門では優秀作品賞・観客賞をW受賞。国立映画アーカイブが行った特集上映「Rising Filmmakers Project 次世代を拓く日本映画の才能を探して」にも選出され、映画『孤狼の血』の白石和彌監督から賛辞を贈られた。劇場公開未定から一転、3月1日より全国順次公開。さらに劇場公開前にも関わらず、拡大ロードショーも決定している。

 これら評価に対して片山監督は「公開するのかどうかさえもわからない状態で評価を得たのは嬉しかった。ちゃんと伝わるという手応えもある」と喜びを噛みしめる。この手腕に対して次回作のオファーも舞い込んでいるが「日本を撮る監督になりたい。国の情勢、国が見えるような映画で、なおかつ面白い作品を撮りたい。原作モノのオファーもあるが、オリジナルストーリーも原作モノも分け隔てなく手掛けたい」と信念を持っている。遅咲きの新人監督が日本映画界を牽引していくのも時間の問題だろう。

ストーリー

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 港町、仕事を干され生活に困った兄は、自閉症の妹が町の男に体を許し金銭を受け取っていたことを知る。罪の意識を持ちつつも互いの生活のため妹へ売春の斡旋をし始める兄だったが、今まで理解のしようもなかった妹の本当の喜びや悲しみに触れ、戸惑う日々を送る。そんな時、妹の心と体にも変化が起き始めていた...。ふたりぼっちになった障碍を持つ兄妹が、犯罪に手を染めたことから人生が動きだす。地方都市の暗部に切り込み、家族の本質を問う、心震わす衝撃作。

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テキスト・石井隼人

写真:You Ishii

(c)SHINZO KATAYAMA

映画『岬の兄妹』|2019年3月1日(金) 全国公開
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映画「岬の兄妹」公式HP。“最速・最短“全国劇場公開プロジェクト 、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2018 国内コンペティション(長編部門)優秀作品賞、観客賞 W受賞
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