
映画『愛がなんだ』の主人公・テルコは猪突猛進、一心不乱に恋をする。都合よく扱われる相手との関係について、テルコを演じた岸井ゆきのはインタビューにて、「自分とは全然違うと思っていたんですけど」としながら、思うものに対する熱量を理解し、役を演じる上でのヒントにしたという。ルールのない恋愛に、私たちの想像力や経験値が問われ、どこか古傷がうずく。
マモル(成田凌)に出会い、一目惚れした28歳のOLテルコ(岸井)は、マモル中心の生活を送っている。マモルからの着信には秒速で出るし、呼び出されるとシャワーを浴びている途中でも出ていくほど。お酒を飲んで、動物園に行き、セックスもする。しかし――テルコはマモルの彼女ではない。
一筋縄ではいかない片思い、打算、恥、なけなしの切実さが交錯する本作は、『パンとバスと2度目のハツコイ』、『サッドティー』などで知られる今泉力哉監督が手掛けた。主演として出ずっぱりとなった岸井に、駆け抜けた16日間、密度の濃い撮影について聞いた。
『まんぷく』に出演したことで感じる環境の変化

――岸井さんと言えば、先日終了したばかりの『まんぷく』にもご出演されていました。声をかけられることなどは増えましたか?
岸井: そうですね!多くなりました。朝ドラって本当にみんなが観て下さっているんだなって実感しました。みんなが私のことを「タカちゃん!」と呼んでくれるので、すごく嬉しいです。『まんぷく』を御覧になっている方には、私はやっぱりタカちゃんなんだなあって感じられて。本当にありがたいです。
――一転、主演作『愛がなんだ』では脳内が恋するマモル一色になるテルコを演じられています。完成作を御覧になって、いかがでしたか?
岸井: まだ冷静には観られていないところが多いんですけど、それでも思うのは、観て下さった方がいろいろなことを思う映画になっているんだろうな、と。以前、家族の映画をやっていたときには、多くの方が同じような経験をしたことがあるからか、「わかる」といった感想をたくさんいただいたんです。けど、『愛がなんだ』は、本当に人それぞれの感想があるんだろうな、と思って。「私、テルコなんだよね」という方もいるだろうし、女性でも「マモちゃんみたいになっちゃう」という方もいるだろうし、「この人とこの人を合わせたのが自分」という方もいるかもしれない。…うん、普通の人がいないんですよね(笑)。観ていただく方の感想を聞くのが、すごく楽しみな映画だと思いました。

――岸井さんご自身は、きっとテルコのような女性ではないと思いながらも…。
岸井: ふふ。
――(笑)。思わずそう見えてしまう、どういう風に役に寄り添っていかれたんですか?
岸井: 原作を初めて読んだとき、力強さがあって、後ろを振り向かず真っすぐに向かっていく感じが「すごいな、私はテルコと違うなあ」と感じました。どこか距離をおいて手放しに面白い!と読んでいたのですが、演じることもあって、テルコ目線でもう一度、読んでみたんです。そうすると、私とテルコは全然違うと思っていたけど…「そういう部分、あるな」って、ちょっと気持ちに変化があって。テルコにとっては恋、私にとってはお仕事や好きなこと。打ち込めることに対しての熱量は、同じようにあると思ったんです。
相手役・成田凌と作り上げたのは「心が通じ合ってはいけない、ということ」

――成田さんは、説得力を持ってマモちゃんを演じられていましたね。
岸井: 成田くんはすごく素直に、まっすぐお芝居される方で。マモちゃんが立体的になって、原作を読んだときの印象と、また違う面白さがありました。
――テルコとマモちゃんの距離感やリアルな日常の描き方について、現場で相談をして決めていかれたんですか?
岸井: いえ、成田くんと私が相談することはなかったです。私はマモちゃんの気持ちがわかってはいけないと思っていて。例えば、マモちゃんがぐちゃぐちゃにしまった靴下を、テルコがよかれと思ってキレイにたたむじゃないですか。それをマモちゃんは、またぐちゃぐちゃに戻してしまう。マモちゃんは実は嫌な感じを出していたのに、テルコはわかってあげられないんですよね。成田くんと相談してしまうと、「そうだよね、そう思うよね」とわかった上で、リアクションしなくちゃいけなくなるので、相談しませんでした。

――相談しないよさが出たんですね。心の通じ合っていない具合が、すごく出ていた気がします。
岸井: 通じ合っていないんですよね。テルコとしてはとても悲しいので、落ち込んだりもしたんですが、「マモちゃんそうくるんだ!」ってお芝居をしている上での楽しさもありました。
役者人生初の“アカペララップ”に挑戦

――岸井さんおひとりのシーンでは、悪態をつくラップの場面がすごく心に残っています。
岸井: ありがとうございます(笑)!
――エピソードがあれば、教えていただけますか?
岸井: もう…びっくりしました。台本をもらったときに(ラップが)書いてあったんで「何だ?これは!」と。何となくですけど、ラップはなくなるのかなあ…って思っていたんです。何の根拠もないんですけど、誰も何も言わないし…(笑)。と思ったら、音源が送られてきて。結局、私のアカペララップになって、やり切りました…!…あそこが一番冷静に観られないんですよ(笑)。
――度肝を抜かれましたが、かといって奇をてらい過ぎず、すごく面白かったです。
岸井:よかった…。あのシーン、ものすごい長回しだったんです。すみれさん(江口のりこ)と飲み終わって最後まで、全部一連で撮っていたから、とてもスリリングでした。確かあの日はワールドカップがあって、屋外での撮影だったので漏れ聞こえる歓声とかで試合結果も何となくわかってしまう…というカオスな状況の中、私はラップしていました(笑)。
撮影期間の16日間は「ずっとテルコでいた」

――主演ということについては、どういう思いがありますか?
岸井: 「主演:岸井ゆきの」と言われるのは、プレッシャーが。でも、テルコを演じたいと思ったし、それを背負わなかったらダメだなと思っていました。普段、私はプライベートと仕事でオン、オフというか、きちんとスイッチがあるほうなんですけど、撮影期間の16日間は、ずっとテルコでいようと思ってオンでいました。
――それは出ずっぱりだから、というのもありましたか?ここまで出ることも珍しいですよね?
岸井:本当に。出ていないシーンがないので、気を抜く瞬間がなかったです。…エアコンとかも、つけたり消したりするほうが電気代がかかるって言うじゃないですか?そんな感じで、2週間ぶっ通しでオンのほうがいいのかな、とやっていました。自分にとっては挑戦だったんですけど、この役をやること自体、覚悟が必要でした。あの期間は、行き過ぎるくらいこう(真っ直ぐ)なっていたなって。
――16日間ずっとオンで、日常生活に支障をきたすようなことはなかったですか?
岸井: たぶん…すっごく生き生きしていたと思います(笑)。前向きで。テルコにはあまり陰の部分がないので、本当に元気だったと思います。「やばいな、1回オフしておかなきゃ」みたいな瞬間はなく、逆に「どうやってオフるんだっけ?」というのに近いくらい(笑)。自己肯定ではないですけど、この映画に関して言えば、それがよかったと思います。今、「もう1回テルコをやってください」と言われても、絶対そういう風にはできないので。あの時期にしか出せなかったものがあったのかな、と思います。




映画『愛がなんだ』は4月19日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー
取材・文:赤山恭子
撮影:You Ishii
ヘアメイク:Kanako Hoshino、スタイリスト:Junko Okamoto(アフェリア)
この記事の画像一覧