SNS上で話題になった動画や画像を掲載するウェブサイト『netgeek』の記事で名誉を傷つけられたとして、ITコンサルタントの永江一石さんら５人が８日、運営会社とその代表らに総額1650万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。
訴状によると、永江さんが長野県のそば店に行った際、喫煙している女性に気づき「タバコ臭っ、蕎麦食うどころじゃないので出よう」と同行者に話したところ、女性がタバコを消して出ていったというエピソードをTweet。永江さんは「言うことは言っておこう」とも書いているが、店には禁煙なのか喫煙可能なのか表示はなかったという。このことを『netgeek』が「喫煙席に乗り込んで、タバコに文句を言う奇行」「頭のおかしい投稿」などとして掲載。永江さんについては「月100万PVを自慢するあたり、小物感が半端ない」「口八丁のインチキコンサルタントをやっている」とも表現している。
会見で永江さんは「そこに乗っかってくる人間がいっぱいいるということ。さすがにうちには来なかったが、火事場見学みたいに、ツイッターやら場合によったら家まで押しかけてきて、勤め先まで押しかけてきて怒鳴りだすとか結構いて」と明かし、「これでお金を稼ぐってことは集団リンチを見せて見物料を取っているということと同じ。やっぱり放っておいちゃいけないということで戦おう決意した」と述べた。
『netgeek』がどのようにして運営され、人気を集めているのか。10日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、『netgeek』の元ライター、そしてこの問題の取材を続けてきた『ねとらぼ』の池谷勇人副編集長に聞いた。
■「いつかこうなるんじゃないかなと思っていた」
原告の一人・千田有紀さんは「許せないのは、このサイトが大義に基づくものではなく、広告収入を得るために誹謗中傷している点だ。お金のために誰かを傷つけてもいいというのは許されないとして訴訟に加わった」、原告側代理人の野間啓弁護士は「炎上目的で投稿することを期待してビューを稼ぐことに本質があるのではないかと思われる」と話している。
Aさんは３年前、大学入学直後の時期に『netgeek』のライターとして働き始めた。雑誌や新聞で文章を書いた経験があることが条件の一つだったというが、未経験のAさんが履歴書を送信すると、編集部による電話面接の後に即採用された。
１日の記事のノルマは２本で、Skypeによる音声通話とメッセージによる細かい指示を受けていたという。番組が入手した『netgeek』の３年前の資料には、「タイトルのつけ方には注目されるキーワードを入れること（例えばiPhoneやGoogle、ホリエモンなど）」「大げさにすること」「タイトルが面白いとそれだけでシェアされるので、できるだけ考えて欲しい」といった編集ルールの記載があった。Aさんは「マニュアルにはノウハウが詰まっていて、語尾の表現など、かなり細かく指定されていた。公開する前に編集長が添削してくれるが、その通りにやると数字はかなり伸びた」。
Aさんが記事を執筆していた約３年前は扱う話題もペットの画像などが中心で、個人攻撃や過激な内容の記事はなかったという。「でも、特に政治に関する記事を書くとシェア数が全然違ったので、ライターたちは自発的にそういう記事を書くようになっていった。"ネットで話題に""天才現る！"など、かなり誇張したタイトルを付けて、見る人をとにかく獲得しようと頑張っていた。みんながやっていることなので罪悪感はあまりなかった。多くの人に見てもらう、それによって収益が変わるので、過激になっていくのは当たり前だと思う。正直、いつかこうなるんじゃないかなと思っていた」。
ジャーナリストの堀潤氏は「"何だこのタイトルの付け方""またこんなの書いてるよ"と言いながら、気づいたら吸い寄せられて読んでしまう、すごい魔力がある。相当な鍛錬をしていないと記事の見極めは難しいし、気づかないうちに彼らに加担してしまっている。ジャーナリズムをやろうと立ち上がったメディアでさえ、編集長がPVを増やすために"もっとビキニを増やしてくれ"と言われ、そんなことのためにやっているんじゃないんだと退職した。そういう魔力はnetgeekだけではなく、どこにでもある」と指摘する。
資料には、ライターへの報酬に関する記載もあった。報酬はFacebookのシェア数によって決められており、シェア１万で、立場によって3000円から6700円が支払われるが、シェア500未満は報酬なしというシビアなものだ。Aさんは「"普通のアルバイトよりも給料がいい"という謳い文句だったが、書いても報酬が得られないこともあった」と話す。
池谷氏は「キュレーションサイトとが問題視されたとき、クラウドソーシングの原稿料が10本書いて200円など、相場が非常に安いことが話題になった。一方netgeekはそれよりも払っていたので、儲かっているんだなと感じていた。クラウドソーシングだとちゃんとしたところであればたとえば1本5000円、1万円と相場は上がってくる。そのなかでいうと、安くはない。netgeekの運営会社の資本金の額が分かっていないので規制の対象外かもしれないが、シェア数500未満だと0円というのは、下請け法に抵触する可能性もある」と指摘する。
■責任を取る気持ちのないメディアをメディアと言っていいのだろうか
さらに『netgeek』は、誇張表現だけでなく、取材や事実確認のない推測の内容を断定的に表現することも問題視されてきた。また、野間弁護士が「最大の問題は、発信者情報を開示していないこと。彼らは自分の名前を公開しませんので、一方的に攻撃を加えるだけだ。こちらから反論の機会がない」と指摘したとおり、匿名での運用を続けてきた。
実際、資料の最後には「運営者にかかわる情報は一切漏らさないように」という文言で締められており、Aさんも「運営者情報をばらさないことを念押しされた」と明かす。「まとめサイトは運営者情報を隠しているところは多い。一度晒されると、実家の住所や卒業アルバムの写真がばらされたりする。そういうことを防ぐために、絶対に教えるなと強く言われた。僕も匿名で記事を書いていた。書いている側としては、タブロイド紙とか、エンターテインメントだからという感覚もあった。ただ、そうは読まない人もたくさんいた」。
池谷氏は「ネット上で匿名であることは一種の"無敵状態"。僕も『netgeek』に記事を書かれたことがあるが、削除依頼を出しても無視する。ツイッターなどで質問してもブロックする。サイトの問い合わせフォームから質問を送っても反応がない。運営主体が分からないので、裁判を起こすのも難しかった。弁護士が"安全なところから石を投げる行為"と表現していたが、まさに自分を安全なところに置くことに注意を払っているからこそ、あれだけ過激な記事が書ける。見た目的には普通のニュースサイトに見えてしまうので、一般の読者には彼らが事実確認せずに書いているということが分からないし、拡散力もあるので誤った情報がそのままどんどん広がってしまっていた。『BuzzFeed Japan』などのように、よく取材をして、コストをかけてきちんとした記事を載せようというメディアもかなり出てきているし、Yahoo!ニュースの場合、記事を配信するための審査が厳しく、真偽の曖昧な記事を載せているサイトや運営元が分からないサイトは弾かれている。その一方で『netgeek』のように取材を行わず、コストもかけずに過激な表現で煽って手軽に稼ごうというところも存在している。運営主体を明らかにして責任を取るという気持ちのないメディアをメディアと言っていいのだろうか」と厳しく批判。
「ネットのメディアは広告で回っているところが多いので、基準がどうしてもPVになってしまうし、PVを集めるためにどんどん過激になってしまうというサイクルができ上がっている。『netgeek』も当初はそこまで過激ではなかったが、自然に過激な方向に向かってしまった。僕も『ねとらぼ』の副編集長という立場として、ひとつひとつの記事が読まれること以上にやりすぎないように自制し、バランスを保つのが大事な仕事だと思っている」。
堀潤氏も「僕の経験として、大きな新聞社がかかわっているようなネットメディアの会社さんに一切取材されずに記事を書かれたことがある。せめて電話やメッセンジャーで一言でもくれればいくらでもコメントは出したのに、そこまでやるんだと思った。記名にしないのは書き手を守るためという意味もあるし、メディア業界全体として考えなければいけない問題もある」と指摘した。
スマートニュースの松浦シゲキ氏は「動物ネタはシェアされやすいし、政治ネタも数字が取れるから、やってみようと動き始める。僕も編集長時代には数字を取らなきゃいけないなと思ってビキニの記事を出したことある。ただ、集めているユーザ層が反応しなかったのでやめた。その後も在任中はやっていない。今後は、滞在時間１秒でも、なんでもかんでも１PVだと言われ、画像とタイトルが命のようになっているサイクルを壊していかないといけない」と話していた。
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