平成の将棋史に、その名を数多く、そして深く刻んだ第一人者・羽生善治九段(48)が、新元号令和を迎えた5月某日、記者からこんな質問を受けた。「令和の時代に、藤井聡太さんみたいな棋士が現れると思いますか」。すると羽生九段は、横にいた藤井聡太七段(16)本人がいる中で、こう語った。「それはまあ、今の小学生とか幼稚園のお子さんが、藤井さんを目標に目指すというのが自然の流れだと思いますし。あと10年ぐらい経つと、そういうものを見て育った棋士が出てくると思いますよ」。実にあっさりと“第2の藤井聡太”が現れて当然といった風だった。
2人がそろって取材を受けたのは、羽生九段の着想によって生まれた超早指し棋戦「AbemaTVトーナメント」収録時。将棋界の超人気棋士2人きりの取材とあって、集まった記者陣からは様々な質問が飛んだ。特に元号が令和に変わったばかりということもあり、平成の将棋界を背負った大棋士、平成末期に彗星の如く現れた天才棋士という組み合わせからか、未来の将棋界についての質問が多かった。その中の1つとして出てきたのが、「第2の藤井聡太」登場の可能性だった。
羽生九段といえば、将棋ファンの間で1つの“予言”が話題になったことがある。今から20年以上前のこと。将棋ソフトが徐々に生まれてきた中で、当時活躍していた棋士が「コンピューターがプロ棋士を負かす日は」という問いに、多くの棋士が来ない、もしくは遠い未来のことだと答えた。ところがこの中で、当時7つタイトルを独占していた羽生九段は「2015年」と答えた。現実にはそれより2年も早い2013年、将棋ソフトponanza(ポナンザ)が公の場で初めてプロ棋士を破ることになったが、羽生予言と近かったことにファンたちが大いに驚いた。
永世七冠の資格を取得し、将棋界初の国民栄誉賞も受賞した羽生九段。それでもなお「将棋そのものの本質を分かっているかといえば、まだまだ何も分かっていない」と語ったことがある。そして、令和を迎えた将棋界は「カオスの時代」とも語った。「先が見通しづらいという時代でもある。将棋そのもののルールは変わっていないですけど、指している中身というのは1年ぐらい経つとガラッと変わっているのが普通になっている」と、無限の広がりを感じるからこそ、新たな天才が1人、また1人と出現することには何の不思議も感じていない。むしろ出ない方がおかしいとすら感じているようだ。
陸上短距離、100メートル走で日本人2人目の9秒99をたたき出したサニブラウンについて述べたことも、次なる天才棋士誕生のヒントだった。「2人目じゃないですか、10秒を切ったの。1人でも(10秒を切る)そういう人が現れると、新しい記録が生まれやすい環境になりつつあるのかなと。もちろん100分の1秒なので、そういう心理的なものも大きいのでは。これから先も10秒を切る人が出てきてもおかしくないんじゃないですか」。誰もできないことではない。先に成し遂げた人がいる。だったら自分もできるのでは。そんな気持ちが、会心の一手を閃く棋士を生む光になると考えている。
将棋界には3つのタイトルを保持する豊島将之新名人が誕生し、8つのタイトルを5人で保持している。羽生九段の戦い様、棋譜を見てきた者ばかりだ。空前の「藤井フィーバー」に沸いたここ数年で、新たな将棋界の天才が生まれるための種は大量にまかれた。これから芽が出て、茎を伸ばし、葉を広げ、花を咲かせてプロになる。羽生九段が予言した10年後は、どんな花が咲き乱れる将棋界になっているだろうか。【小松正明】
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