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 「カメラと被写体である自分の関係性というのを、どんな人よりも分かっている」「日本のトップアイドルであると同時にトップ俳優だった」ーー『凶悪』『孤狼の血』などで知られ、現代社会に刃を突き立てるような作風で日本映画界で異彩を放つ名匠・白石和彌監督がそう評するのは、俳優・香取慎吾だ。

 アイドルだったこれまでのイメージから一新。香取が白石監督と初タッグを組んだ『凪待ち』(6月28日公開)で演じたのは、恋人を殺され人生どん底まで堕ちてしまうギャンブル依存症の男・郁男。ノーメイクで殴られまくり、目をそらしたくなるほど痛々しい姿で、不条理な現実だけでなく大切な人たちからも逃げてしまう、心の弱い男を熱演する。白石監督は香取をなぜ郁男役に抜擢したのか。そして現場で衝撃を受けた香取の姿とはーー。公開を直前に控えた2人に話を聞いてきた。

白石監督から見た香取慎吾という俳優「カメラと被写体である自分の関係性をどんな人よりも分かっている」

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ーー今回、初タッグを組んだお二人ですが、お互いに事前に持っていたイメージはありますか?また、その印象に変化はありましたでしょうか?

香取:『日本で一番悪い奴ら』を観ていたのですが、「監督は誰か」ということは意識していませんでした。白石監督とご一緒するとなったときに、作品を観ようと思って『凶悪』を観て「やばい監督だな……」と気づきました(笑)。初めてお会いする日には直前に映画館で『孤狼の血』を観て、どんな怖い監督かと思っていたんですけど、「いつの日か香取さんとやりたかった!」と最初に声をかけてくださったので、その気持ちもほぐれました。白石監督の作品はこれまで自分が出たことのないような映画だったので、それを作ってくださった方がそう言ってくれるのであれば、いい始まり方で何かいい化学反応が生まれるのではないかと思いました。

ーー香取さんがこれまでお仕事してきた監督と比べても白石監督は世代が近いですが、それに何か感じることはありましたか?

香取:それはないです。年齢は意識したことないです。……監督はおいくつなんですか?

白石監督:74年生まれです。草彅(剛)さんと一緒です。

香取:えぇ~!そうだったんですね! 「監督」として接しているので、あまり年齢を気にしていなかったです。(年齢が近くても)三谷幸喜監督や阪本順治監督と同じように「監督だ」という思いが強かったです。

ーー白石さんは香取さんに対して「アイドル」という認識が強かったのでしょうか?

白石監督:もちろんトップアイドルでスーパーアイドルという認識はありました。ただ、香取さんにはアーティストとしての側面があったので、エンターテイナーであると同時に、作り手に一歩近い方なのだろうなという印象がありました。映画やドラマで、俳優の姿も見させていただいてきたのですが、実際に仕事をしてみると衝撃的でした。カメラと被写体である自分の関係性というのを、今まで仕事をしてきたどんな人よりも分かっていた。僕自身もある意味楽だったし、インスパイアをたくさん与えてくれる方でした。「すごいすごい!」って僕が興奮していたら、リリー(リリー・フランキー)さんに「何言ってるの。大河で主演をやっていた人なんだから当たり前でしょ」って言われて。日本のトップアイドルであると同時にトップ俳優だったという、当たり前のことに改めて気づきました。

香取慎吾「『できない』は今までも一切言ってこなかった」

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ーー郁男は映画の終盤まであらゆることから逃げて、何度も他人を裏切り堕ちていくというキャラクターですが、香取さんは郁男に共感する部分はありましたか?

香取:あまり今までは見せる機会がなかったですけど、やはり僕の中にも「逃げる」部分はあります。苦悩だったり辛いことは誰にでもあると思うんですけど、郁男はそれが人一倍多い役でした。そこで感じる気持ちはたくさん繋がっている部分があるなと思いました。

ーー白石監督は脚本を作っていく段階で、香取さんのことをイメージされたんでしょうか?

白石監督:イメージしている部分としていない部分があります。これまで見てきた陰と陽の陽でない部分の香取さんをメインにしていきたいという思い。ギャンブル依存症という設定は、脚本の加藤さんがどうしても入れたいというので入れました。そこはあて書きな訳がないので(笑)。ただ郁男という堕ちていく役を香取さんがやると絶対に面白くなる、化学反応が起こるという確信はありました。

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ーー香取さんはどのように役作りをされたのでしょうか?

香取:役作りというのを僕はよくわからなくて、その場その場で監督に言われたことを理解して、現場の空気に合わせて演じています。ただ今回は、演じながらも郁男に対して「本当ダメなやつだな、ひどいやつだな」と思っていたので、その気持ちをぐっと抑える作業が大きかったかもしれません(笑)。僕としては腹ただしい部分があるんですけど、それが現れたらダメじゃないですか。その気持ちを押し殺して、本番で監督のOKが出た瞬間に「本当にひどい!こいつ!」って、やっと言えるって感じでした(笑)。

ーー郁男を演じる上でもっていた軸のようなものはありますか?

香取:「逃げる」というのは大きいです。感情的な部分でも、「隠れる」とか。今まで演じさせていただいた役でもそうですし、自分自身も思っているのと違うことがあれば言いたい方なんですけど、今回は、そうちょっとでも思った瞬間に人の背中に隠れるというキャラクター。思いそうになった瞬間に隠れる。その隠れるスピードが人よりも早い。言いたいけど、後ろに下がる。「なんかやばい」「自分の中の正義感が生まれそう」と思うか思わないかくらいの瞬間に下がる。

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ーー白石監督は撮影していく過程でどんなリクエストを香取さんにされましたか?

白石監督:追いかけっこするシーンも台本では1行くらいしか書いていないんですけど、いっぱい撮った方が面白いなとか、そんな感じです。でも、香取さんには「それはできません」とか「なんでそうなるんですか」が絶対ないんです。「わかりました」って必ず言って、僕がリクエストしたことを超面白くして返してくる。作っている中で、このシーンとこのシーン入れ替えた方がいいなってなったときも、「わかりました!そうしましょう!」って瞬時にやってくれることが多くて、こっちも気持ちよくなっちゃいました。このシーンは「殴られる」って書いてないけど殴られてもいいんじゃないかな、と追加したりすることもありました(笑)。

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ーー香取さんからして「そこまでするの!?」というリクエストはなかったんですか?

香取:ないですね。根本的に「監督」ですから、監督に言われたことはなんでもやります。「これはできない」というのは、僕は今までも一切言ってこなかったです。「できない」とか言う人の方が、僕は大変だと思います。

ーーでも、たまにそういう方もいらっしゃるんですよね。

香取:いっぱいいます(笑)。

白石監督:演じていても隣の人がとか聞きますもんね(笑)。

香取:あと、時間も気にしないです。「今、何待ち」っていうのがよくあるじゃないですか。あれは全く気にならないです。いくら文句言おうと撮らないと終わらないから。

「これから大変な嵐が訪れるな」白石監督が絶賛した香取慎吾の表情

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ーー監督から見て、香取さんの演技で予想を超えてきたなというシーンはどこでしょうか?

白石監督:(郁男の恋人である亜弓が殺された)事件現場に行って、そこにはお花とか置いてあるんですけれど、そこで郁男はどうしようもなくなって供えるためのお酒を飲み始めてしまうというシーンがあるんです。そのときの表情はこっちも説明できないんですけど、香取さんどんな表情するんだろうって思っていて。その表情を正面から撮ったときは一番ゾクゾクしました。これから大変な嵐が訪れるな、と。『凪待ち』というタイトルだけど、彼の心は今荒れ狂っているんだと伝わってきました。ああいう表情を出してくれるときは一番ざわざわします。

香取:あそこで飲み始めるという監督の演出はしびれました。

ーーそれは最初から台本にあったんですか?

香取:台本にはなかったと思います。「飲み始める」ってなったときは、たまらない気持ちになりました。あそこは飲んじゃダメですよね。だけど飲んじゃうっていう悲しさも分かる。あそこで飲んじゃうのが郁男なんです。「逃げ」ですよね。

白石監督:うまい酒じゃないんだろうね…ぬるくて…。

香取:飲み始めながらも、何も解消されないし、さらに増していく。

ーー最初の方の撮影で、(映画では中盤にある)亜弓が亡くなったことを知るシーンがありましたよね。気持ちの作り方は難しくなかったですか?

香取:スケジュールだからしょうがないじゃないです(笑)。

白石監督:「できません」って絶対に言わないから(笑)。

香取:でも、映画の最初の方の自転車で競輪場に向かうシーンが、後半の郁男になった日々を過ごした後だったから、後々よかったなと思いました。順撮りで郁男の堕ちていく姿を知らないスタートだったら、違うものになっていたと思います。

「新しい地図」後初の単独主演映画 感じていたプレッシャーは「間違いだった」

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ーー「喪失と再生」を描いた本作。被災地である石巻を舞台にしたこともあり、東日本大震災と向き合うことになったと思いますが、なぜそのような設定にしたのでしょうか?

白石監督:僕は「社会派」と呼んでもらえている一方で、東日本大震災と向き合えてこなかった。前からどこかで描きたいと思っていたんです。震災直後にいろんな人がドキュメンタリーを撮りに行っていたのに、今ではそういう方も少なくなっている。それに対して違和感がずっとありました。僕自身、多少の義援金とかボランティアもしていましたけど、もっと向き合いたかった。香取さんにやっていただける、このタイミングなら向き合うことができるんじゃないかなと思いました。それは勝手な僕の思いですが。

ーー香取さんにとっては「新しい地図」としてスタートして初めての単独主演映画ですよね。白石監督はそのことも意識されたのでしょうか?

白石監督:物語のテーマが「喪失と再生」になっているんですけど、もともと僕は堕ちていく人を描くことが多くて、それを這い上がる人の話をどこかでやりたかったんです。香取さんと仕事をするときに、そういったキャラクターが直感的に似合うなと思いました。最初は意識的に考えていなかったのですが、結果的に、映画の中の郁男も新しい一歩を歩まざるをえないので、そこはシンクロする部分はあるかもしれません。

ーー香取さんはいかがでしょうか?

香取:最初はプレッシャーや緊張感もありました。「自分の映画」「1人での映画」「新たな道を歩み始めての1本目の映画」とか思っていたのが、今思えば間違っていたなと思います。これまで僕は「映画は監督のもの」と思っていたはずなのに、勝手にプレッシャーを感じていたのが今までの自分と違っていたなと。白石監督とやれることになって撮影が始まって、監督の映画愛を感じて。監督の作品に出演できたことがすごく嬉しいと思える状況になれたことが嬉しいです。

また、被災地であるということをエンターテイメントにしていいのかと思った部分もあったのですが、実際に僕が石巻で出会った人たちは、映画の撮影が町に来たこと、映画としてこの町が残ることを喜んでくれました。僕も震災を忘れてはいけないと思いつつも、ニュースで見る機会も減ってきていた。この映画によって、また改めて東日本大震災の話をする機会ができたことはいいことだと思います。

再タッグを組むならミュージカル?「ダークサイドはやれるだけやった」

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ーー白石監督は香取さんと再びタッグを組むなら、どんな役をやってもらいたいですか?

白石監督:『クソ野郎と美しき世界』を観て、エネルギーに満ち溢れた映画で楽しかったです。あの映画は少しミュージカル風だったので、僕もミュージカルをお願いしたいですね。

ーー監督的にも挑戦ですよね。

白石監督:(笑)すごい難易度だと思います。でも、香取さんとだったらできるんじゃないかな。『クソ野郎と美しき世界』は、撮影前日に歌ができたらしくて、それに対応して、あのレベルまで行けたそうなんです。じゃあ1ヶ月前に曲ができていたら、よりクオリティの高いものができるんじゃないかって!

香取:(笑)あれは本当に大変でした。クラブみたいなところで歌うシーンがあるんですけど、前日にレコーディングスタジオに行って「今日なんですか?」って聞いたら、「歌で」って突然言われて。「歌?なんで?」「明日のシーンで」「なんで?」って(笑)。

ーーそれも受け入れて。

香取:はい。「こうしてこうして!ミュージカル風に!」って簡単に言ってくるんですけど、その作っているクリエイターも昔から知っているメンバーだったので「ミュージカルの人に謝ったほうがいいよ」ってツッコミました(笑)。「ミュージカル風に」って言って翌日撮るなんて。「そんなやり方ある?」って。それで結果撮って「すごくいいですよ!」って。いや、もう謝ったほうがいいよ!(笑)

ーー次やるなら、しっかり準備してですね(笑)。

白石監督:香取さんは、ずっと世の中を楽しくしてきた人で、エンターテイナーなのであらゆることができますね。今回改めて感じました。ダークサイドは『凪待ち』でやれるだけやったので、次はもう陽気な慎吾ちゃんを! とか言いながら、またすごい暴力をさせてしまう可能性は全然ありますけどね(笑)。

ーー全然踊っていないという(笑)。香取さんは今回の出演を機に心境の変化はありましたか?

香取:白石監督と出会えたことが嬉しいです。また、皆さんが監督の作品を見たときに「あんなところに香取慎吾がいる!」って感じで参加できればと思います。

ーーバイプレイヤー的な。

白石監督:おいそれとお願いできないですよ。オーラが出ちゃう!それ相応の役を考えます!(笑)

ーー再びのタッグ楽しみにしています。楽しいお話をありがとうございました。

ストーリー

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 毎日をふらふらと無為に過ごしていた郁男は、恋人の亜弓とその娘・美波と共に彼女の故郷、石巻で再出発しようとする。少しずつ平穏を取り戻しつつあるかのように見えた暮らしだったが、小さな綻びが積み重なり、やがて取り返しのつかないことが起きてしまう―。ある夜、亜弓から激しく罵られた郁男は、亜弓を車から下ろしてしまう。そのあと、亜弓は何者かに殺害された。恋人を殺された挙句、同僚からも疑われる郁男。次々と襲い掛かる絶望的な状況を変えるために、郁男はギャンブルに手をだしてしまう。

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テキスト:堤茜子

写真:You Ishii

(c)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

6月28日(金)公開『凪待ち』公式サイト
6月28日(金)公開『凪待ち』公式サイト
『孤狼の血』白石和彌監督と『人類資金』香取慎吾が挑む、ギャンブル依存症の男の<暴力と狂気>を描く衝撃作。彼女を殺したのは誰だ――?恋人を殺され、どん底で生きる男に、容赦ない絶望が襲い掛かる。6月28日(金)TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開。
6月28日(金)公開『凪待ち』公式サイト
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