
渋谷区立小・中学校の児童生徒約8500人にタブレットを配付するなど、全国初の取り組みでICT教育に積極的に取り組む渋谷区。区長である長谷部健氏にプログラミング教育の重要性や、世界で活躍するIT人材を輩出するために必要なことを聞いた。
ICT教育も”渋谷ならでは”の発展に期待している
長谷部健渋谷区長(以下、長谷部) 2017年9月から、渋谷区の全小中学生にタブレットを配付しました。配付したタブレットはLTE回線を用いているので、場所を選ばずインターネットの利用が可能ですし、家庭での持ち帰り学習にも活用して欲しいと考えています。1人1台、LTE回線のタブレットの配付は全国初の取り組みで、有害サイトへのアクセスなどセキュリティ面の配慮や、タブレット内のアプリなどは、まだまだ改善点が多いことも事実。今後は区内のIT企業とも連携を図りながら、改善・充実させていくつもりです。

このような取り組みは、児童生徒はもちろん、教職員にとっても初めてのこと。だから、画一的なプログラミング教育というよりは、ある程度自由度のある中で、主体性をもって取り組んでほしいと思っています。学校ごと、クラスごとにプログラミングソフトの活用は多様でもいいので、楽しみながらやってほしいんです。そうすると”渋谷ならでは”のICT教育として、発展していくのではないでしょうか。
――”渋谷ならでは”とは?
長谷部 この街は、1990年代後半から日本のIT企業が集まり、近年はスタートアップから大手IT企業まで多くのプログラマー、クリエイターが活躍する街「ビットバレー」として注目を集めるようになりました。企業同士の取り組みによって自然発生的に起こり、発展してきたことがたくさんあるんです。
加えて、カルチャーの発信地でもあります。ここで生まれ育った私は、幼い頃からそれをずっと見てきました。竹の子族、DCブランド、アメカジ、渋カジなどのファッションや”渋谷系”音楽、ギャル・コギャルといった社会現象に至るまで、渋谷に集まる様々な人・企業が独自のカルチャーを創出しています。

「少し話が脱線してしまいましたが(笑)。」(長谷部氏)
ここは、そういう素地がある街なんですよ。だから最新のテクノロジーを持つIT企業に、渋谷のICT教育を積極的に推し進めてほしいと思っています。その中で例えば何か規制でできないということが出てきたら、モデル的に実施するかたちをとって特別に許可を出すとか、そういう応援をしていくつもりです。私たち行政が足かせになって邪魔をしないようにしようと思っているくらいです。
渋谷から世界へと羽ばたく子どもを育てたい。”大天才”を生み出すために必要なこと
長谷部 積極的にICT教育を行うことで、渋谷から世界へと羽ばたいていく子どもをたくさん育てたいと思っています。もちろん、この街に居続けることも楽しくなるよう考えなくてはならないけど、様々な情報やモノがたやすく手に入る今、知識も増えるし、新しい世界をみたいというのは自然な流れですよね。
――区長の政策の一つである「小中学生の海外短期留学へ」。米国・シリコンバレーが加わりましたね。
長谷部 中国やフィンランドの国際交流は、文化的交流の要素が強かったんです。それに対し、米国・シリコンバレーは、GoogleやApple本社でワークショップやハッカソンに参加したり、スタンフォード大学で実際の授業を受けるなど、ITや起業の最前線で様々な学びや体験を得られるプログラムにしています。

2018年7月に行われた「シリコンバレー青少年派遣研修」の報告会の様子
意欲的に取り組んで欲しいので、論文提出を必須とし、熱意のある子どもを選出しています。事前の研修も充実させていますし、人選も学力だけでは判断しないように気を付けています。いわゆる”クラスのスター”タイプの子どもが選ばれがちなんですよね、そういうプログラムって。でもそうではなくて、何か1つでも秀でた能力や熱意を持つ子もきちんと選出されるようにしています。コミュニケーションが苦手だった子が向こうで自信をつけて帰ってくるとか、子どもの無限の才能を伸ばせるような機会にできたらと考えています。
派遣経験者に、街で偶然会うこともあるんですけど、顔つきが随分とたくましくなっていて、一目で変化がわかりますよ。「あの経験があるから、スタンフォード大学を目指しています」と言ってくれた子どももいます。感受性豊かで、何でも吸収できる時期ですからね。1人でも多くの子どもにそういう機会を与えられたらと思い、今後も続けていきます。
全体のレベルの底上げをすることは、公教育においてとても大切なことです。でもトップラインを伸ばすことにも目を向けないと、”大天才”は育たないと考えます。天才がもまれて”大天才”に育つと思っているので、子どもたちには最先端の情報に触れ、物事を様々な側面から知ってほしい。それを学校だけで教えるのは限界があります。だから街全体で、子どもたちの成長を応援していきたいですよね。渋谷区には、時代の先を行くIT企業やベンチャーや、流行に敏感な住民がたくさんいます。そういう人達と交わりながら、様々なリテラシーを向上させていければと思っています。

「発想力」「応用力」がこれからの時代を生き抜く力に
――これからの時代を担う子ども達に必要な能力とは?
長谷部 詰込み型の教育で知識がたくさんあることが大切だった僕たちとは違って、これからは、知識を活用した発想力、応用力が生き抜く力になる時代です。そしてさらなる進化を遂げるであろうデジタルな環境を使い倒して、大人が想像すらできない分野にまで、チャレンジしてほしい。失敗を恐れず、それを糧にして、世界に羽ばたいてほしいと思います。その背中をおせるよう、 僕たち行政はICT教育のための環境を整えていきます。
◆長谷部健(はせべ・けん) 東京都渋谷区長。1972年、渋谷区神宮前生まれ。株式会社博報堂退社後、ゴミ問題に関するNPO法人green birdを設立。原宿・表参道から始まり全国60カ所以上でゴミのポイ捨てに関するプロモーション活動を実施。2003年に渋谷区議会議員に初当選、3期12年務める。2015年渋谷区長選挙に無所属で立候補し、当選。現在2期目。
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