「視聴率が欲しい、鮮烈な画が欲しいというエゴではないか」夏野剛氏、京アニ放火事件をめぐる報道姿勢を厳しく批判
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 京都アニメーション、通称"京アニ"で35人が命を落とした放火殺人事件をめぐって、マスコミの取材や報道姿勢に批判の声が高まっている。

 京アニが公式サイトで「弊社は警察及び報道に対し、本件に関する実名報道をお控えいただくよう書面で申し入れをしております。遭難した弊社社員の氏名等につきましては、ご家族・ご親族、ご遺族のご意向を最優先とさせていただきつつ、少なくともお弔いが終えられるまでの間は弊社より公表する予定はございません」としている一方、一部報道が被害者の実名を出し、実家や葬儀会場で取材していることに対し、「斎場になぜカメラが?マスコミ最低」「遺族や通夜に来た人達を追い回す事も、これが公共放送のすることですか!」「献花に訪れたらマスコミの酷さに驚愕した。遺族の方が来られて建物に入った途端、手を合わせに来てる方そっちのけで前を取り撮影。左端から親族の方が出てこられたら脚立散らかしたまま追っかけ、献花の前は脚立だらけ。いい加減にしろよ。。お前らもう人間じゃねぇよ。。」といった厳しい声が寄せられているのだ。

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 事件・事故の度に問題となるマスコミの取材姿勢。被害者やそして遺族への取材はどうあるべきなのか、本当に必要なのか、AbemaTV『AbemaPrime』では考えた。

■「相手の意向を尊重するのが大前提」現場では配慮の努力も…マスコミ側の論理は?

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 テレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』などで数々の事件現場を取材してきたリポーターの岡安弥生氏は「ニュースはその日その日で移り変わってしまうものなので、一体何が起きたのか、その時の周辺の状況はどうだったのか、といったことは、その直後、その時に聞かなければ分からないという場合もある。また、例えば"25歳女性"とだけの報道に対して、"娘には名前があります"、"どんな人生があって、どのように暮らしていて、なぜこのようなことにならなければならなかったのか話したい"という方もいる。そういう声を拾うという使命はあると思う」と話す。

 今回の事件の場合、テレビ朝日系列(ANN)では『らき☆すた』監督の父親の意向を踏まえた上で遺族の想いを実名報道した。その一方、事件現場で脚立を並べ、献花に訪れた人などに取材を行う報道陣に対する苦情の声も上がっている。

 岡安氏は「大きな事件になると、どうしてもカメラが殺到してしまう状況にはなってしまう。ただ、メディアに対する目は日に日に厳しくなっていると思う。私たちも本当に気を付けて、亡くなられた方を思いながら現場にいるようにしている。だから1社1カメにしましょうなどと、その場で話し合って決めることもあるし、被害者の方やその周辺の方に配慮して"今日は引きましょう"というようなことも非常に増えている。やはり被害者、そして遺族の方たちを取材するというのは本当に心が痛いし、辛い現場。とても慎重になるし、気も遣う。だからこそ相手の意向を尊重するのが大前提だし、まずいところがあればカットするというご相談もする。確かに私が駆け出しだった20年以上前は"なんでもあり"の時代で、マスコミが被害者や加害者の家に一斉に押しかける状況もあった。しかし今はそれぞれのメディアが指針に沿っているし、例えば4月に起きた東池袋の交通事故では、テレビ朝日の各番組が個別に取材するのではなく、一本化することにしたし、在京メディアの皆さんで協議して、一括してご遺族に申し入れをする形を取っている。被害者の友人の方がメールのやりとりを提供してくださり、"ぜひ知っていただきたいので、放送してください"と言われたこともあったが、その時には出さないという判断をしたこともある。本当に自問自答し、相談しながらやっている」と説明した。

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 会見や現場の取材も数多くこなしてきたテレビ朝日の平石直之アナウンサーは「脚立の件などはマナーの問題としてあり得ないと思うし、貼られたシールに記載されている社名がネットに上がっているような状況だし、これまでのやり方ではいけないということも含め、視聴者の鬱憤が溜まっているのは事実だ。一つの現場に各社が集まっている場合は話し合うこともできるが、五月雨式になってしまうとそうもいかず、コンセンサスが取れていない場合もあると思う。また、"承諾を取った"と言っても、実際には取れていないようなケースもあると思うし、それは問題だ」と指摘、「『らき☆すた』の件ではきちんと許可を取った上で放送しているが、逆に言えばそこに一定の意義があると思っているから放送する。だが、それすらもいらないという声があることも重々承知しているし、被害者の方にマイクを向けること自体、報道による2次被害を生んでいるという側面もある」とコメントした。

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 タレントでエンジニアの池澤あやかは「私は京都アニメーションのアニメをたくさん見ていて、今回の事件で心を痛めた一人だ。好きな作品の監督さんやクリエイターさんが巻き込まれていないかということが最初から心配で心配でたまらなかった。ただ、ファンが献花している様子にカメラを向けるのはどういう意味があるのだろうかという意見もあると思うし、何を撮るかの線引きはどうなっているのだろうか」と指摘する。

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 こうした意見を踏まえ、上智大学新聞学科教授の音好宏氏はマスコミ側の論理について「日本の伝統的なメディアは"実名報道主義"を原則にしてきたし、それは"知る権利"という問題にも関わる。遺族や周囲の方を取材していくことで、社会のことが見えてくることもある。その作業は非常に大事にしていかなくてはいけないと思う。しかし私たちのプライバシー観も随分変わってきているし、現場で働いている方々の意識も変わってきている。メディアスクラムが問題になった20年ほど前からは民放や新聞社などがそれぞれにルールをつくり、現場でもその都度ルールを決めることもある。その上で、ニュースにするかしないのか、名前を出すかどうか、公共性・公益性の観点から判断している。伝統メディアの関係者は、現場の積み重ねの中で、そうした基準を血肉化している。岡安さんの場合も、長い経験の中で"ここから先に行ってはいけない"といったことを感じ取っているのではないか」と話す。

 その上で「今回のケースが人々の注目を集める大きな事件であったことは間違いないし、被害に遭われた方々の中にはファンから熱狂的に支持されているクリエイターの方もいた。ただ、京アニが"被害者の名前、実名を私たちは弔いが終わるまでは公開しない"と言っている。公共性、公益性の観点ではニュース性は高いし、名前を公表し、それぞれの仕事の価値をその時に確認することは生きていた証にもなる。ただ、すぐに報じる必要かというと、そうでもないのではないか」との考え方を示した。

■「京アニ事件の被害者を取材することで何かのラーニングはあるのだろうか」

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 岡安氏らの説明に猛然と反論したのが、慶應義塾大学特任招聘教授の夏野剛氏だ。

 夏野氏は「僕は日本のマスメディアに原理・原則というものはないと思うし、プライバシーの概念もはき違えているのではないか。それから"知る権利"ということを主張するが、クリエイターの方の名前を今すぐ公開することに、社会的・政治的な重要性がそれほどあるとは思えない。"了解を取った"といっても、事件・事故直後の精神状態を考えたら、本当かどうかはわからない。例えば僕がどういう経緯でどう死んだかも分からない状況下でガンガン取材されたら、うちの親も何かを答えるかもしれない。果たしてそれで本人の承諾を取ったといえるのだろうか。京アニが公開しませんと言っているのに、それでも突っ込んでいくというのは、視聴率が欲しい、鮮烈な画が欲しいというメディアのエゴではないか」と厳しく批判。

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 「肉親が死ねば誰でも悲しい。だからそういう感情を伝えることにほとんど意味がないと思う。むしろ重要なのは、社会の不合理やシステムとしての欠陥があるかどうかだ。僕は東池袋の事故に関してはそういう面があると思う。なぜなら高齢ドライバーの問題や免許制度の問題を示唆しているし、被害者遺族の男性も会見でそこに焦点を当てたからだ。そういうことを判断するのがメディアの役割だと思うが、実際は報道における重大性の指標の一つは"被害者数"になってしまっている。だから京アニの事件は一般化できる要素はほとんどないにも関わらず、犠牲者の親族をバンバン取材し、実名まで報道することに、何かのラーニングはあるのだろうか。『NHKスペシャル』のように深掘りするなら良いが、"悲しいでしょう?"だけではなんの助けにもならない」と主張した。

 さらに夏野氏は、ニコニコ動画を運営するドワンゴ社長としての立場から「Twitterなどには、"なんでドワンゴじゃなくて京アニなんだ""ニコニコの方が焼かれて然るべきだ"などと書き込まれている。それを読んで僕たちは傷ついている。でも、どこも取り上げない。社会性とは何かを考えれば、同情を得ることだけがメディアの役割ではない」とも指摘した。

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 京アニやその作品を愛し、『涼宮ハルヒの憂鬱』のコスプレ経験もある"金融女子コスプレイヤー"のHikariさんは「海外のアニメファンから、何が起きているのかと質問をもらった。海外には日本語がわからないアニメ好きがたくさんいるので、メディアの報道がなければ何が起きたかもわからない。ただ、私の場合は心が傷んで数日間はニュースが見られなかった。見るだけで辛くなるという人もいっぱいいたと思う」と話す。

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 お笑い芸人のカンニング竹山は「僕もテレビの仕事をしているので、強い画というか、人が感情を露わにしている画が、テレビ的には必要なのがすごく理解はできるし、プロデューサーだったら"現場に行け!"と言うと思う。ただ、"伝える義務がある"とか、"伝えなければいけない"という使命感を語られると、そこまで伝えなければいけないのか、今その画がいるのかと考えることもある。遺族を探してマイクを向けたときの画、お葬式の画など、テレビは毎回"セオリー通り"の画を撮っていくようなやり方はちょっと変えてもいいのではないかとも思う」と話していた。

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 編集者・ライターの速水健朗氏は「確かに今回の事件に関しては感情を共有したところで何かを学べるかどうかは分からないし、東池袋の事故の方が、社会に与える影響が大きいことも分かる。しかし僕らは物語としてしか物事を理解できない部分があると思うし、だからこそ小説や映画がある。例えば3年前の相模原の津久井やまゆり園で起きた殺傷事件について、NHKの調査では多くの人が忘れてしまっているという結果が出ている。これが被害者の家族が実名報道をしないでほしいと要請した結果だとすれば、一感情にまつわる報道=悪いものだとなりすぎるのも怖い。やはり淡々と事実だけを報道していればいいということではないと思うし、やはり遺族にしか分からない悲しみや悔しさを共有する必要性はある。池袋の交通事故では、奥さんと娘さんを亡くされた男性が"知る権利に応える"というより、"風化させないでくれ、重要な事故だと報じてくれ"ということで、自ら出てきて話をされた。(報道に携わる)現場の人たちはそういうことを肝に銘じているはずだし、そういうことを伝える役割だということは理解しないといけないと思う。ただ、今起きているのは、報道機関が競争して"今すぐこの感情をテレビに乗っけるんだ。画を作るんだ"と見えてしまっていること。関係者の意向にも配慮して時間を置くことで状況が変わることもあるだろうし、後から取材することで生まれる価値や可能性もあると思う」とコメントした。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

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