今月1日、多くの関係者が待ちわびた商業捕鯨が31年ぶりに再開され、多くの関係者が押し寄せた北海道の釧路港から、和歌山県や千葉県などから集まった5隻の小型捕鯨船が出港、体長8mを超えるミンククジラが水揚げされた。
1970年代、ロンドンで起きた反対デモを皮切りに批判の声が殺到するようになった捕鯨。1982年にはIWC(国際捕鯨委員会)は商業捕鯨の全面一時停止を決定、日本は商業捕鯨を諦め、代わりに生息数や生態調査を目的とした調査捕鯨として継続してきた。それでもなお、環境保護団体「シーシェパード」による過激な妨害行動も行われ、昨年9月、ついにIWC総会は調査捕鯨さえも否定する。
日本側はこうした動きに反発。吉川貴盛農林水産大臣は「日本には鯨類という食文化が根付いている。極めて思いが私どもの国はあるので商業捕鯨の早期再開を目指している」と主張。党本部食堂にクジラ肉メニューを取り入れるなど、"捕鯨は文化だ"とアピールしてきた自民党の二階俊博幹事長も「ここで我々が脱退するということは並々ならぬ決意であるということをご理解いただきたい」と訴えた。
そして日本がとった手段が、"IWC脱退"という決断だった。
鯨の生態調査を行う日本鯨類研究所の西脇茂利氏は、「商業捕鯨から撤退する際、アメリカは日本に撤回を要求してきた。300人くらいの捕鯨者を守るくらいなら、その10倍ぐらいはいる遠洋漁業者を守るほうがいいでしょ、代わりに200海里内で遠洋漁業のサケ、マス、マグロを獲らせるから、と。そして南極海で捕獲調査を行い、日本の主張が正しいことが証明できたら、商業捕鯨モラトリアムを改正して、捕鯨を再開するような方向性にするというようなことをIWCで決めた。しかし、その5年後にはアメリカによって200海里内から撤退させられることになり、実際には他の漁業も衰退していった」と話す。
一方、商業捕鯨の開始によって起きる変化について「生産量は増えないと思う。むしろ調査船を商業捕鯨船に転換することもあり、値段は当面、上昇するのではないか」と話すのは、調査捕鯨で捕獲されたイワシクジラとミンククジラのクジラ肉を使った弁当店「らじっく」(東京・あきる野市)の店長、板花貴豊氏だ。
どういうことだろうか。クジラの資源数・生態などの科学的調査を目的とした調査捕鯨は、北西太平洋と南極海でミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラ、ナガスクジラ、マッコウクジラなど対象とし、頭数を制限しながら捕獲するもの。2018年の総捕獲数は637頭だった。一方、市場流通を目的とした商業捕鯨は日本領海と排他的経済水域などの近海で行われ、ミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラを対象として行われる。捕獲頭数の上限は、脱退したはずのIWCの方式に基づいており、予定年間捕獲数は383頭となっている。
つまり、商業捕鯨の開始によって、直ちにクジラ肉の流通量が増えるわけではないのだ。この背景について西脇氏は次のように説明する。
「漁獲枠というのは、資源量を出して、漁獲数と合わせて決める。反捕鯨国は獲れようが、減ろうが知らない、とにかくクジラは獲ってはいけないものだということをIWCで主張してきた。歩み寄りはないんだと。その一方、日本だけが33年間、獲れない海域でもずっと目視調査を行って、資源量を出し、クジラが増えていることを調査で証明してきた。だからこそ、脱退しても日本としては200海里内で、IWCが決めた改訂管理方式で捕獲枠を決めてやっていこうということだ。クジラの種類が変われば漁獲量も大きく変わるので、捕獲枠も変わる。そこで決められたのが今回の383頭ということだ。この海域で穫れる分としては適正な量だ。食文化として絶やさないように、商業捕鯨の復活を望んできた人たちのためにも、そうやってきた」。
「古くは縄文時代からクジラを食べていた」「江戸時代には捕鯨が産業として栄えた。庶民の食べ物として発展」「戦後は学校給食の定番メニュー。食糧難の時代に栄養価の高いクジラ肉が重宝された。鯨油はマーガリンの代役になった」といったものが日本のクジラ文化として挙げられる。しかし街で聞いてみると、「頻繁には頼まない」「クジラには手を出さないと思う」「あまり美味しくなかった記憶がある」「固くて味気ないイメージだ」と、商業捕鯨再開を歓迎する声はあまり聞こえてこない。
板花氏は「売っている立場としても、"食文化だ"と大口を叩けるかというと、そこまでではない感じもする。ただ、食べずに育っている人が多いので、まずは食べてもらいたい。捕鯨やめようよ、という動きは価値観の問題。牛豚はなんなんだよって話。同じ命をもらう意味で、ただかわいそうだから食べないという価値観を押し付けられるのもどうかなと」、西脇氏も「昔は冷凍技術が発達していなかったので、必ず火を通しなさいければならず、固く、味が飛んでしまっていた。板花さんの所でやられているのは、冷凍技術、解凍技術が良くなった。鮮度もいいのでレアにもできるようになった」と説明する。
編集者・ライターの速水健朗氏は「明らかに需要と供給で生まれた市場ではない。海外のリベラルな富裕層の支持を得やすい"頭のいい動物を食べてはいけない"というお題目でスポンサードしてもらったグリーンピースやシーシェパードなどによる活動によって削られてきた市場でもある。ただ、食べ物の市場は変わる。例えば10年前は赤身よりも霜降り肉の方が高級だと思っていたし、好んで食べていた。しかし最近では赤身肉に圧倒的に変わった。そこで赤身肉がいっぱい取れるクジラ肉市場の可能性もあるのではないか」との見方を示す。
しかし、慶應義塾大学の夏野剛・特別招聘教授は「好きとか嫌いとか、美味しいとか美味しくないとかの感覚の問題ではない。世界を敵に回して捕鯨を続けるメリットがあるのか」と厳しく反論する。
「クジラ肉に価値があったのは戦後、食料が十分でなかった時代のことであって、商業捕鯨を停止して以降、流通量は調査捕鯨による数千トン。正直言って競争力もないし、実際に市場もない。流通しなくなって30年、統計的に見ても、もはや文化と言えないのではないか。それなのに二階さんが出てきて"食文化"と言う。どこにそんな証拠があるんだと思う。それよりもマグロやウナギの食文化も根付いているし、中国などの国の乱獲に対して国際協調してうまくやっていこうと言わなければならない立場のはずだ。その日本がIWCから脱退し、国際的なルールから外れることをしている。今後、日本の主張を誰も聞いてくれなくなる可能性があるというリスクがあっても、それでもクジラが大事なのか、そこを考えないといけない」。
夏野氏の指摘に、西脇氏は「そういう意味でいえば、日本では資源の持続的利用国として、世界と一緒になって、資源をどうやって有効に利用していこうかと検討している。一方で日本は漁業者が減り、必要なものを獲ろうとしても獲れないということが起こっているし、食べてないんだったら獲る必要もない、ということになっている。そこで水産庁は3年前、新しい『水産基本計画』を出した。そこで、二階さんが言われたような"魚食文化を守る"というところにクジラもある」と説明していた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
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