「お金のために、というのは僕の生き方じゃない」北海道の山奥に移住、費用ゼロで公権力に挑む”山小屋弁護士”
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 大都会の生活を捨て、人里離れた北海道トマムに建てた山小屋で暮らす夫婦がいる。札幌の一等地にある事務所を閉めてやってきた、市川守弘弁護士と、妻の利美さんだ。

 市川が弁護するのは、誰も手をさしのべない難事件ばかり。しかも、ほとんどが手弁当、弁護士費用なしで担当する。「極力経費は落としちゃって。食っていければいいんだから。その代わり、意味のある公益的な事件は率先して弁護士費用なしで取り組めたら、僕の残りの人生、生きがいがあるんじゃないかなあと」。

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 一人だけいた事務員も辞めたため、利美さんが事務や経理を担当する。「ここ3年ぐらいは赤字ですよね。零細企業の工場の奥さんじゃないけど(笑)、次の支払いはこっちの方が優先するから、まずこれを払って、次はこれがギリギリだから、これがこうなったら、こう払おうとか。そんなことしょっちゅうやっていましたね」。

 反骨の弁護士に立ちはだかる厳しい現実と闘いの日々を追った。

■大谷昭宏氏「彼を見ると、おのずと答えが出るように思う」

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 市川の依頼者には、警察などの公権力と闘う市民が多い。依頼者の一人は「行政相手に、そこまで本気で闘う弁護士の先生は少ないと思います」と話す。

 その名が全国に轟いたのは、15年前に起きた北海道警の「裏金問題」だ。組織を告発した元道警ナンバー3の原田宏二さんは、代理人として支えた市川を信頼するきっかけは出会った時の会話だったと明かす。「弁護士さんのことを"先生"と言うでしょ。市川さんと最初に会ったとき、私も"先生"と言ったんですよ。そうしたら、"原田さん申し訳ないけど、先生とは言わないでくれ"と。はっと思ったんですよね。権威というか偉い人というか、そういうことについての考えがちょっと違うと。この人、大丈夫だなと」。

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 警察の裏金問題を取材したジャーナリストの大谷昭宏さんも、自分が抱えた訴訟を市川に頼んだ。「誰でもそうですけど、俺は一体なんのためにこういう仕事をしているんだろうか、なぜこの仕事を続けているんだろうか、もういいや、辞めちゃおうか、そう思う時、今までお付き合いした人の中で最初に思い出すのが市川さんなんですね。彼を見ていると、なんのためにこの仕事に就いたのか、なんのためにこの仕事をしているのか、自ずと答えが出るように思うんです」。

 去年12月、引っ越し作業に追われる市川の弁護士事務所で、その弁護方針が見て取れる預金通帳の束が出てきた。市川は笑う。「これみんなサラ金。うちで家計簿を管理して、月々払える額を出してもらって、それを全業者に割り振るわけ。そしたら"そんな少ない額と"文句言うところがあるんだよ。ケンカするのさ、切った張ったをやるわけさ。その代わり、こっちはだいたい5年かけて絶対払う、そのために毎月、家計簿とそれから約束した、生活の余力の額を入れてもらう。その通帳の管理をする。だから5年間ずっと、その人の事件をやるわけさ。それでこれだけ通帳がある。今の人(弁護士)は、そんなことやんないでしょ」。

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 特に力を入れるのが、アイヌ問題と自然保護の問題だ。

 アイヌ問題では、研究者が墓地から無断で持ち出さしたアイヌの遺骨を約80年ぶりに取り返した。そして、すべてを「コタン」と呼ばれる集落に取り戻すべく、闘いを続けている。北海道大学から返還されたという副葬品を前に、「何とも言えないよ、やっと故郷に戻すことができた。それだけだよね。感無量、やっぱり涙出てくるよ、一緒に帰ろうねと」。

 また、自然保護など、市民の権利を守る公益的な訴訟では、ほとんど弁護士費用をとらず、手弁当でやってきた。「自然保護での依頼者は自分の利益のために何とかしたいんじゃないから。あくまで自然を守りたいっていう人達でしょ。どうしても手弁当になってくる」。

■「弁護士としては絶滅危惧種ですよ」

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 3月3日、森林伐採問題に取り組む市川は、沖縄・やんばるの森に来ていた。ここでは県の補助金を受けた国頭村によって、毎年およそ10ヘクタールの規模で山を丸裸にする大規模伐採が行われている。市川は11年前、県による林道建設を止める訴訟に関わって以来、北海道から手弁当で通い続けている。2年前には伐採を止めるため住民が起こした、県による公金支出を違法とする訴訟の原告代理人を務め、何度も現地調査に訪れた。

 伐採が生き物にどのような影響を与えているのか調査するため、豊かな自然が残る森に入って自動カメラを設置。ヤンバルクイナなど、ここにしか生息しない生き物の様子を撮影している。「伐採がいかに自然に対して負荷が大きいのかということを明らかにして、どう違法性を組み立てられるか、という次の議論の前に、まず前提としての事実を押さえる。それをやらないと、単なる空理空論になっちゃうでしょ」。その結果、ノグチゲラがイタジイの木に巣を作るためには太さ20センチ以上が必要で、本土復帰後に伐採されたものの中でそこまで成長したイタジイはないということも分かった。

 弁護士費用を取らずに沖縄までやってくる市川について、関係者はどう見ているのか。

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 「一度来ると三泊とか四泊とかをやんばるで過ごしているので、私の法律事務所なんかでは"市川先生、どうやって生活しているんだろうと"(笑)」(喜多自然弁護士)

 「勝っても当然、成功報酬はゼロです。だから弁護士としてはうまみが全くない仕事。ごくまれ。絶滅危惧種ですよ」(森林生態学者・金井塚務氏)

 「相当、変わっている人。わざわざ沖縄まできてこんな裁判するから」(赤嶺朝子弁護士)

 「困った人を助けてくれるんですよ。僕なんかも裁判費用もなくて、困っていますから、それを助けてくれる、そういう人ですね。不思議ですよ」(命の森やんばる訴訟原告・平良克之氏)

 訴訟の対象となった、3年前に大規模に伐採された現場。国頭村は「林木の成長が不良で、耕作放棄地もある」として、約3ヘクタールを伐採した。しかし市川は、ここには豊かな自然が残っていたと見ている。「カメラをセットしたら、ヤンバルクイナの交尾が見られた」。しかし2018年4月に撮影された後、周辺でヤンバルクイナの姿を見ることはなくなった。

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 今回の調査の中で、市川は予期しなかったものも目にした。新たな伐採現場が見つかり、ノグチゲラの生存に不可欠なイタジイの木も伐採されていた。人知れず進む大規模伐採に、「酷いな、久しぶりにこんな酷いの見たよ。あ~あ…墓場…」。裁判だけでは止めることができない現実を前に、市川は言葉を失った。

■「アンジャスティスなのは許せない」

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 市川に新たな相談が別の地域から持ち込まれた。高知との県境にある愛媛県愛南町にある人口160の小さな集落で起きていた、風力発電の問題だ。自然エネルギーとして有望とされる風力発電だが、本格稼働を前に住民は「深夜の静けさの中に、人工物の音が聞こえるとなると、まだ体感はしていないんですけど、ちょっと不安は感じてますね」と不安を募らせていた。

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 5月、現地を見にきた市川。この日、風は少なく、1機の風車がゆっくり回転しているだけだったが、「聞こえる、ゴー、と。これまで風車問題は再エネ、脱原発の動きの中で孤立していたんですよ。環境省も"低周波は関係ないよ"という立場を貫いている。でも、そうではないんだと。風車イコール100%善ではないし、しかも人的被害が発生するんだと」。

 市川は風車と睡眠障害との因果関係を立証しようと試み、「簡単な日記ね、何月何日、何時に寝たけど、何時に目覚めたと。そういうデータと測定の客観的な騒音のデータと照らせ合わせながら」と住民にアドバイスする。

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 四国では他にも風車の建設計画があるため、勉強会には徳島と高知の住民たちも参加した。市川がこの問題でも手弁当で取り組むのは、日本社会の矛盾を反映しているからだという。「これは愛媛県で使う、四国で使う電気じゃないんですよ。昔ながらの戦後の日本の経済成長と同じで、地域社会がしわ寄せを受けながら、儲かるところが大きく儲かっていこうという、その構図が現代においても典型的に現れている。これは正義に反する、アンジャスティスなんですよ。こんなのは許せない」。

■「別にお金いらないという訳ではないよ(笑)」

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 自分の生き方を貫くために大都会の生活を捨て、いばらの道を歩んでいるかのように見える市川。そんな生き方に後悔はないのかと尋ねると、「別にお金いらないという訳ではないよ(笑)。だけどお金のために依頼を受けるとか、お金のために何かをやるというのは、それは僕の生き方じゃない」と答えた。

 しかし今年3月には、苦い敗北も喫した。東日本大震災の半年後、福島・奥会津で起きた発電用ダムによる水害被害の裁判だ。集中豪雨で町の中央部を流れる河川が氾濫し、鉄道の橋梁も流出。多くの住宅が濁流に呑み込まれた。この地で次々と発電用ダムが造られ、同じ時期、水害が多発するようになっていたため、住民たちは被害の原因はダムだと直感した。

 弁護を引き受けた市川は、ダムに溜まる土砂「堆砂」が原因だと考えた。全国のダムの平均堆砂率は8%。しかし、この地域は20%近くの土砂がダム湖にたまり、水位を押し上げていたのだ。市川は被災状況を調査し、溜まった土砂を除去していれば被害はほとんどなかったことを明らかにした。

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 しかし仙台高裁は「ダムを設置した電力会社の権限は河川にまで及ぶものではない」として住民側敗訴を言い渡した。「全く期待に応えられなかった点について、まず、お詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」。報告を終え、住民たちに頭を下げる市川。しかし「謝礼として、今まで何の謝礼もしていなかったんです。会費の中から、金額はそんなに多くはないんですが。今後もよろしくお願いします」と、封筒が手渡された。「いいの?ありがとうございます。これ多いわ…。だって負けちゃったんだよ?すみません。ありがとうございます」。市川は再び頭を下げた。

 翌朝、市川と住民はす新たな闘いを始めた。ダムの撤去だ。「もうダムを撤去するしかないでしょう、という話にならないかと」。

■「弁護士である前に一市民だから」

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 5月20日、ドローンで現場を撮影するため、市川はやんばるの伐採地に再び立った。「多くの国民、沖縄県民もこういうことが行われているってことを知らないんですよ。だからまず、知ってもらう。裁判で勝っても自然を壊されるというのは良くあるケース。そうじゃなくて裁判と合わせて国民運動の中で、どうやって日本の自然を環境をそれぞれ守っていくかということが、大事だと思っていますから」。

 市川の活動は市民にも広がりはじめた。調査には訴訟当事者だけでなく、地元の市民団体も参加。子どもたちも森に入り、やんばるの自然に触れた。そして前回、自然が色濃く残る森に設置したカメラには、貴重な映像が映っていたこともわかった。ヤンバルクイナの雛だ。「これ凄いよ。ということは巣がこの近くにあるんだ」。たとえ大規模伐採されても、守るべき自然はまだ残っている。

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「弁護士である前に一市民であると思っているし、市民として行動するときにたまたま自分が弁護士という職業についているんだから、その職業についていることを市民として生かせればという風に思っている」。

 反骨の弁護士の挑戦はこれからも続いていく。

(テレメンタリー『山小屋弁護士~65歳 "自分の生き方"を貫く男~』より)

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