能登半島沖合の約350kmの日本の排他的経済水域(EEZ)内できのう午前、水産庁の漁業取締船「おおくに」と北朝鮮漁船が衝突した。現場は「大和堆」と呼ばれる好漁場で、一部が韓国との係争地域であるほか、北朝鮮も自国の領海だと主張。北朝鮮や中国の漁船による違法操業が相次ぎ、警戒に当たっている水産庁や海上保安庁の船が放水などで対応にあたってきたが、2016年には3681件だった外国漁船退去警告数が昨年には5315件にまで増加している。
7日放送のAbemaTV『AbemaPrime』では、海洋の安全保障問題に詳しい東海大学海洋学部の山田吉彦教授に話を聞いた。
■北朝鮮船が日本船に挑んでいく画を撮りたかった?
地元・石川県の漁協が過去に撮影した映像には、北朝鮮漁船が獲ったイカを大量に吊るしている様子も見られる。また、聖学院大学の宮本悟教授は、「北朝鮮軍の部隊によっては水産会社を保有して金儲けしているケースもある」と指摘している。
まず、北朝鮮漁船の実態について山田氏は「とにかく食料を確保することが北朝鮮の命題。一晩で一隻あたり800~1000杯くらいのイカを捕獲していると考えられるが、北朝鮮は石油が輸入できず、軍の管理下にあることを考えると、今回の船も"食料を確保してこい"という軍の命令でやって来たのだろう。北朝鮮沿岸部では中国がお金を払って漁をしており、確認されているだけでも400隻の船が出入りしているので、いわば取り尽くされている状況だ。また、ロシア側の海域は銃撃も辞さないほど取り締まりが厳しく、すでに570人とも800人ともいわれる拿捕者・逮捕者が出ているので危険が大きい。そこで取り締まりが弱く、魚もいる日本海域に来ているのだと思う。今回沈没した船は"鉄鋼船"と呼ばれる、頑丈な船だ。近年、これらを最前線に並べ、その後ろに木造漁船を控えさせることで、日本側の放水が効かないようにしている。海賊対策の場合は近づいて放水銃を向けるので、水圧で倒せる。だが、現時点では漁船に対してそこまではやっていないので、いわば"水を撒いている"ような状態だ。海上保安庁は放水によって干してあるイカが濡れるのを嫌がると言うが、また干せばいいというだけで、追い返してもまた戻ってくる」と話す。
その上で今回の衝突については「おそらく今回も、その鋼鉄船から木造船に乗り換えて漁をさせ、最後に回収して帰る、という流れだったと考えられる。イカ釣りの場合、1つの船団あたり5~10隻くらいでやってくるが、水産庁の船に近づいてきたのは1隻だけだったという。不思議な動きで、通常では考えにくい。現場の水面は非常に穏やかで見通しも良かったので、偶発的に船がぶつかるということもあり得ない。"旋回してきた"という江藤農水相の談話も踏まえると、故意にぶつかってきた可能性は否定できないと思う。北朝鮮としては、小型船が大きな日本船に挑んでいくという画を撮り、"我々の漁場に不法にやってきて取り締まる日本の水産庁に対し、厳格に対応している"ということを国民に伝えたかったのではないか。ただ、脅しの意味を込めてぶつかったものの、思った以上にダメージが大きく、沈没というのも想定外だったということだろう。逆に言えば、いかに北朝鮮当局が真剣に漁業推進に取り組んでいるかということでもある」との見方を示した。
沈没した北朝鮮漁船からは乗組員約60人が海に投げ出されたが、日本側が救助。彼らはその後、別の北朝鮮の船に引き取られたという。しかしネット上には、なぜ逮捕しなかったのか、直ちに引き渡してよかったのか、といった疑問の声も見られる。
「排他的経済水域は公海にあたるので、日本は警察権を持っていない。ただ、水産庁の船という"日本の財産"が被害に遭ったということになれば、日本で裁判をすることもできる。ただ、これが事故であったのか、それとも事件だったのかの扱いが大事だ。やはり今回に関しては、海上保安庁が来るのを待ち、原因究明をしてもらってから帰すのが正しい方向だったと思う。しかし結果的に船は沈んでいるし、当事者もいないので、原因究明できないのは非常に大きな問題だし、海上保安庁が来るまでに逃げられてしまえば、いわば"当て逃げ状態"だ。北朝鮮では今、荒れた海に出ていく漁民は英雄だ。おそらく今後、北朝鮮側は帰ってきた人たちを"日本の水産庁に挑んだ"として賞賛するプロパガンダを流すだろう」。
■水産庁と海上保安庁の役割分担、都道府県警との連携に不安も
また、能登半島沖では、かつて漁船に偽装した北朝鮮の工作船と見られる船が海上保安庁の停船命令を無視して逃走。警告射撃を振り切って、北朝鮮方面に逃げ去ったこともあった。大和堆周辺地域でも、2017年7月、水産庁の取締船が北朝鮮籍と見られる船の乗組員に小銃を向けられ、翌2018年10月と11月には、EEZ内で北朝鮮漁船が海上保安庁の巡視船に接触。そして今年8月にも、北朝鮮船と見られる高速船の乗組員が小銃を向けて巡視船を威嚇する事案が発生している。今回も、水産庁の取締船が北朝鮮の漁船に退去警告を行っている際に起きたことだという。
「水産庁は漁業に対する警察権は持っているが、武器は持っていないので非常に危険な状態だ。今回も水産庁側は救助いかだを投げただけで、対応も本部からの指示待ちという状態だった。北朝鮮漁船が水産庁の船を狙ったのも、抵抗しないとわかっていたからだろう。やはり前線は海上保安庁に依頼した方がいいと思う。また、洋上は海上保安庁で、着岸すると警察の役割になるが、都道府県警ごとに分かれているし、ようやく協力体制ができ始めていて、そこに水産庁も加わっていくという状況。本当に守りきれているかというと疑問だ。小さい漁船はレーダーに引っかからないので、海上保安庁が把握することも難しく、昨年だけで200隻以上の北朝鮮船が日本に漂着している。しかしほとんどの場合で遺体が見つかっていないので、乗組員が上陸していてもおかしくはない。1隻に10人が乗っているとすれば、単純計算で2000人が日本に消えていることになる。その中に覚せい剤の密輸や工作員、脱北者がいてもおかしくはないし、私が調査した船では幼児服や革靴があった例もある。まだ謎は多い」。
山田氏の説明に、慶應義塾大学の夏野剛特別招聘教授は「水産庁の取締船というのは6隻しかなく、あとは借り上げ船だという。もう少し充実させるか、水産庁は日本国内での違法操業への取締りに専念するくらいでないといけない。無理なことをやらせ続けると、現場の人たちが危ない。もし何かあったら、誰が責任を取るのか。日本海側は北朝鮮の漁船、太平洋側は中国の漁船の問題がある。より充実した体制が必要だろう」とコメントしていた。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)
▶映像:山田教授による解説(期間限定)
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