(大会前にファンに引退延期と今後の予定を報告する沙弥。大きな拍手が贈られた)

 日本を直撃した台風19号の影響で、10月12日の首都圏でのプロレス興行はほとんどが中止となった。その中の一つが、女子プロレス団体アイスリボンの後楽園ホール大会だ。そしてこの大会では、メインイベントで所属選手テキーラ沙弥の引退試合が行なわれることになっていた。つまり台風によって引退が延期になってしまったのだ。大会中止は団体にとっても苦渋の判断だった。引退は人生の節目であり、沙弥が引退発表から直前の試合までを全力で駆け抜けてきたことを誰もが知っていた。メインに抜擢されたのも“引退ロード”の充実ぶりが評価されてのことだった。

 その直後にも、ショッキングな出来事があった。引退試合でタッグを組むことになっていた盟友・ジュリアが突然、SNSで退団を表明したのだ。さらにジュリアはスターダム後楽園ホール大会のリングに登場し、参戦表明している。10月14日のことだった。

 しかし、この時点でジュリアはアイスリボン運営会社の社員という立場。正式な退職手続きが済んでいない中での“フライング”だった。佐藤肇社長の事情説明によれば、その後も「社員が無断欠勤している」状態だった。後日、スターダム側はあらためてアイスリボンとの話し合いで「筋を通す」としている。ジュリア離脱は選手たちにとっても寝耳に水。特に沙弥が受けた衝撃は大きかっただろう。10月16日、自身が立ち上げたアイスリボンの若手興行『P's Party』で、沙弥は佐藤社長、取締役選手代表の藤本つかさとともに観客に向けての挨拶を行なった。

「予定していたカードでの引退試合ができなくなってしまい……」

 リングに上がった時点で泣き顔だった沙弥。延期となった引退試合は、12月31日の後楽園大会で実施されることになった。「盛大に送ってあげたい。言ってみればセカンド引退ロード。みなさんも見守ってくどさい」と藤本。ここで沙弥の一部スケジュールも発表になった。ジュリアの退団は突然だったため、すでに決まっている試合もある。その中には他団体や海外での試合も含まれていた。そのすべてに、沙弥が代替選手として出場するという。引退が延期になった選手が、タッグパートナーのはずだった選手の“代打”“穴埋め”で試合をする。その決断に誰もが胸を打たれたはずだ。この騒動で最も悲しんでいるはずの人間が、誰よりも気丈な選択をした。

「今回のことは前向きに捉えたいです。地方のファンの人たちにも会いに行きたい」

 沙弥はそう語っている。引退ロードが伸びたおかげで、本来なら行けなかった土地のファンにも“最後の挨拶”ができる。ジュリアのことは吹っ切って、また全力で試合をするだけだ。『P's Party』のメインで勝利した新人の鈴季すずは「アイスリボンを引っ張っていける選手になります」と涙ながらに誓った。またすずとタッグを組んだベテラン・米山香織は、大会エンディングで沙弥にシングルマッチ実現を求めた。米山は過去、引退式で引退撤回を表明、波紋を呼んだことがある。

 それでも実力、人望でキャリアを重ねてきた米山は、沙弥に「泣かないで。意外となんとかなるもんだから」と語りかけ、観客を笑い泣きさせる。両者の対戦は11月20日の『P's Party』に決まった。米山の言葉を借りれば、大晦日までの期間は沙弥にとって「プロレスの神様からもらった余生」。悔いなく走り続けてほしいとファン全員が思っているはずだ。また引退が伸びたことにより「私も試合したい」と他団体の選手からもオファーが。今の沙弥は“売れっ子”状態と言っていい。

 本人にはどうしようもない受難があった。だが、支えてくれるファンや仲間の存在を再認識することにもなった。引退延期もパートナーの退団も「話題になった」と捉えればいいし、そうするしかない。大晦日、超満員の後楽園で沙弥を送り出す。それがアイスリボンの選手とスタッフ、ファン共通の願いだ。

文・橋本宗洋

▶その他の注目記事&動画

闘う投資家、“株破産”で「5億円パリピ生活」から転落 「お金と人が離れていった」
闘う投資家、“株破産”で「5億円パリピ生活」から転落 「お金と人が離れていった」
AbemaTIMES
グラドルレスラー、手作り水着で“奇跡の1枚”を披露 
グラドルレスラー、手作り水着で“奇跡の1枚”を披露 
AbemaTIMES