(大晦日の引退試合。最後に選手たちの騎馬に乗って場内を一周した沙弥。騎馬のメンバーにはすず(写真左下)も)
女子プロレス団体アイスリボンの2020年は、前年大晦日から始まった。
2019年12月31日、アイスリボンは毎年恒例の後楽園ホール大会を開催した。北側スペースも客席として開放し(前日に決めたそうだ)、その上で超満員。着実な人気の高まりに加え、メインイベントでテキーラ沙弥の引退試合が組まれていたのも観客数アップにつながったのではないか。
沙弥は10月12日の後楽園大会で引退するはずだったが、台風が関東を直撃したため興行自体が中止に。引退試合は大晦日に延期となった。引退に向けて全力疾走していただけに、気持ちのもって行き場がなく、といって誰を責めることもできない。そんな沙弥の姿を見るのはファンにとっても切なかった。
ただ、沙弥は米山香織の「プロレスの神様からもらった余生だと思って」という言葉もあって明るさを取り戻していった。予定通りに引退していたら行けなかった場所での試合、闘えなかった相手との試合もあった。
大晦日は10月とは対戦カードを変えた。キャリアが近い、思い入れのある選手同士でのタッグマッチから、「サヤ」にかけて38人がけに(1人1分ずつ対戦)。
長丁場だけにハードな試合形式だが、38人がけはあくまでも明るいものになった。アイスリボン所属選手、ゆかりの深い他団体、フリー選手が次々と登場していく。沙弥と闘うことで、対戦相手が「寄せ書き」をしていくようなイメージだ。アイスリボンの佐藤肇社長、共演したことのあるバイク川崎バイクといったレスラー以外の人物とも向かい合った。
37人目を超えると37.5人目、37.6人目と0.1刻みのカウントになり「37.95人目」で取締役選手代表の藤本つかさからフォール勝ち。そして38人目、最後の相手はこの日デビュー1周年の鈴季すずだった。
引退を前に、沙弥はすずに得意技グラン・マエストロ・デ・テキーラを伝授していた。女子プロレスの世界では、先輩から技をもらうという伝統がある。
すずはその大事な技をここで仕掛け、それでも決まらないとグラン・マエストロの発展バージョン、テキーラショットで3カウントを奪った。それがレスラー・テキーラ沙弥の最後の「試合結果」になった。
(年が明けてからも常にエネルギッシュな試合をみせているすず)
試合後の沙弥は、そのプロレス人生を「私の人生で一番濃くて楽しい、最高の3年9ヵ月でした」と語った。最後の相手にすずを選んだ理由については「技を継承したのもあるんですけど、私は引退する身なので“今”しか見せられない。藤本選手や雪妃(真矢)選手も確立されたものがあるから“今”の存在。でもすずはアイスリボンの“未来”の象徴。未来が見える選手を38人目にしたかったんです」。
沙弥は自分の引退と同時に、団体の未来を提示したのだ。すずは秋から「私がアイスリボンを引っ張る存在になる」と宣言し、11月、12月で3回のタイトルマッチを経験。いずれも敗れてはいるが、試合のたびにトップに肉迫している。
年が明けるとグラン・マエストロ、テキーラショットで勝利を重ねた。デビュー2年目、17歳にして、すずは“上位陣”としての見事な闘いぶりを見せている。あらためて話を聞くと、沙弥との最後の試合でテキーラショットを使った理由を教えてくれた。
「グラン・マエストロは沙弥さんから継承して、いっぱい練習したので。沙弥さんも使ってくるのを予想してるだろうし、もしかしたら返されるかもしれないなって。なのでテキーラショットを勝手に練習して、勝手に使っちゃいました(笑)」
その後、沙弥から正式にテキーラショットも継承した。2つの技は「自分にもしっくりくるし、決まったら絶対に3カウント取れると自信を持って言える技です」とすず。技を受け継ぐ意味、最後の相手に選ばれ、フォールを奪った意味も感じている。
「沙弥さんはキャリア3年9ヵ月。私はもっともっと長くやりたいです。沙弥さんの分までアイスリボンを盛り上げて、騒がしくしていきたい。沙弥さんはスタッフとして残ってくれたので、会場で私の試合を見てもらえるのがうれしいです。“沙弥さん見ててね、頑張るから”っていう気持ちで試合してますね」
すずだけでなく、アイスリボンには成長著しい10代の新鋭が3人もいる。すずと組んでタッグ王座に挑戦した星いぶき。朝陽は1月13日の川口大会でタッグ王座に挑み、大健闘してみせた。
「あの3人がアイスリボンの光になってくる」
そう語ったのは藤本。彼女たちが大きなケガなく5年、10年とキャリアを重ねた時、どんな素晴らしい選手になっているか想像もつかないほどだ。ただ、すずは“未来”を待つつもりはないという。
「プロレスはいつまで続けられるか分からない仕事だと思うんです。だから“将来は”なんて言ってられない。今すぐトップに立ちたいし常にピークでありたいです。ピークは今! そして明日はもっとピーク!(笑)」
そういうわけで、プロレスファンには今すぐにでも“未来”を見に行くことをおススメしたい。
文/橋本宗洋