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(3.14後楽園で4度目の防衛戦に臨む雪妃)

 人気女子プロレス団体アイスリボンは、昨年から“雪妃真矢の時代”を迎えている。

 一昨年大晦日、シングル王座ICE×∞のベルトを初めて獲得。一度は藤本つかさと引き分け、規定により王座返上となったが、新王者決定トーナメントで優勝したのも雪妃だった。つまりこの1年あまり、トップのベルトは雪妃しか巻いていない。

 3月14日の後楽園大会では、柊くるみの挑戦を受ける。今年20歳ながら小学生でデビューしたくるみは豊富なキャリアを持ち、体格にも恵まれ、常に豪快なファイトで観客を沸かせる。雪妃曰く「ベルト戦線にはたまにしか絡んでこないけど、無冠の帝王みたいなイメージがある人」だ。

「くるみさんが試合をすると全部持っていくんですよ。“やっぱくるみ凄え!”って。“飄々としてるしめったに欲を出さないけど、一番強いのはくるみ”みたいな見方ってありますよね。そういう選手に負けたら、バカみたいじゃないですか私。ベルト巻いて1年ちょっと、必死になってボロボロになってやってきたのは何だったんだって」

 試合でインパクトは残すがベルトに絡んでいなかったくるみと、チャンピオンとして団体を背負ってきた自分とでは差がついているはずだし、そうでなければおかしいと雪妃。それだけ、チャンピオンとして濃い時間を過ごしてきた。

「チャンピオンと他の選手は何が違うって、やっぱり責任感ですよね。誰よりもいい試合をしなければいけないし、メインでお客さんを満足させて帰さなきゃいけない。毎回“もっとやらなきゃ”って思います。心も体も鍛えられました、ベルトに。

 試合ではみっともないことを怖がらなくなりました。ボロボロになってもゾンビみたいに食らいつく。その一方で、キツい場面で相手に弱みを見せちゃいけないのもチャンピオン。グダっとしたくても背筋を伸ばさなきゃいけないですし」

 実力はあるがマイペースなくるみにベルトを奪われたら「“雪妃真矢”が可哀そう」だと言う。レスラーとしての自分を客観視しているからこその表現だろう。試合後、インタビュースペースで取材に試合の感想を聞くのも恒例になっている。

「自己満足では意味がないので。自分の感覚はあてにならないし、レスラー同士の評価とお客さんの評価も違う。私のファンじゃない人が見た印象が一番正しいのかなって。私自身は視野が狭いし不器用なので、余計にそう考えるようにしてます」

 2月の後楽園大会で防衛に成功した雪妃は、選手会長辞任およびラム会長&山下りなの「エネミー軍」合流を表明した。団体外選手のユニットであるエネミー軍は「くすぶってる中堅」を挑発しており、雪妃も同じ思いがあるという。

「選手会長として、これまで他の選手の相談に乗ったり、アドバイスをしてきました。でもその結果、成長しなくなってしまう選手がいるんですよ。自分で考えることをしなくなっちゃう。今のトップ選手はいいですよ。10代の若い選手も可能性しかない。でもそうじゃない選手、どうするのって。危機感持ってもらわないと団体そのものに未来がないんですよ。トップどころがいつまでも同じメンバーだったらすぐに飽きられる。

“できる人はいいよね”じゃないんですよ。私だって“できる人”じゃなかった。腹を括って“やった”んです。自分には無理かなと思っても、怖くても主張してきたんです。“ここで控えめなことを言ったら絶対、お客さんはガッカリする”と思って。私がやったんだから、お前らもやれよって」

 今くすぶっている選手たちもビッグマッチのメインでタイトルマッチができるようになるはずだし、そうでなければ困ると雪妃。そう言えるのは、そもそも自分自身が「私なんて」と思いがちな性格だったからだ。

「チャンピオンになって性格は変わりましたね。性格の悪さが出てきました。というか性格の悪さも出さなきゃいけないのがチャンピオン。根っこの自分は変わらなくても、ベルトに“雪妃真矢”という人格を作られた感じです」

 もともと「太陽よりも月が好きなタイプ」だった。人づきあいが苦手で自己主張もしない。感情を表に出すのが苦手だった。フェリス女学院卒業という経歴がメディアにクローズアップされることもあるが、大学に行ったのは「家族がみんなそうだったから、そうするのが当然だと思ってた」からだ。親に「堅い仕事に」と言われれば疑問を持たず銀行に就職した。だがプロレスを好きになり、アイスリボンの一般向けプロレスサークルに通って、ついにはプロになってしまった。

「いま思えば、銀行員なんて向いてないことしてましたねぇ(笑)。社会不適合者だと思います、自分。“銀行やめてプロレスラーになるなんてヤバいヤツだね”って言われるんですけど、むしろヤバいヤツが無理して銀行員やってたんですよ(笑)」

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(華と迫力を併せ持つ、王者らしい闘いが板についてきた)

 レスラー生活も順風満帆ではなかった。デビュー初年度はケガでの欠場が相次いだ。「私はプロレスに向いてないんだ、なんでデビューしちゃったんだろうって思ってました。毎回テンパるし何をしていいか分からないし、いつも泣いてましたね」。

 新人時代の目標は“タッグ屋”だった。「素敵なタッグパートナーに出会って、その人を輝かせたいって」。レスラーになってもなお、自分が前に出ようとは思わなかったのだ。関節技やシンプルな攻防で観客の目を引き付ける選手になりたかった、とも。

 しかし世羅りさとのタッグでベルトを巻き、防衛を重ねると“次”が見えてきた。

「タッグのベルトを落とすことがあったら、新しい段階に進まなきゃいけないんだなって。それはシングルでトップになること。自分自身は月が好きでも、周りからは太陽になることを求められてるんだって感じたんですよ。求められているなら前に出よう、太陽になろうって覚悟を決めました。もう謙虚でいてはいけないんだって。“私なんて”って思っても、それは出せないんですよ。疲れますけどね(苦笑)」

 決して“生まれついてのスター”ではない。数年前まではトップに立つタイプに見えなかった。本人の気持ち次第では、本当に“タッグ屋”のままだったかもしれないのだ。覚悟を決めてトップに立った自負がある。だから他の選手に対しても「あなたにだってできるはず」ともどかしさが募る。それは雪妃の優しさでもあるはずだ。

 人と打ち解けるまで時間がかかるが、打ち解けたら関係性が濃くなる性格だというのが自己分析。キャリアが近い選手とのタイトルマッチでは相手が「挑戦してくる理由」にもこだわる。藤田あかねに「ユキがベルトを巻いている光景には飽きた」と挑発されると「こっちは“もう飽きた”と言われるのに飽きてます」とバッサリ斬り捨てた。テキーラ沙弥に「美人は嫌いだから負けたくない」と言われて「そんな理由で私とタイトルマッチがしたいのか」と詰め寄ったこともある。通り一遍、紋切り型の挑発や舌戦では納得できないのだ。

「“私とあなたのタイトルマッチを、そんな簡単な言葉で済ませちゃうの?”って思うんですよ。“闘う理由、たくさんあるでしょ。私はこんなにあなたのこと考えてるのに、それだけ?”って。恋愛でいったら重たいタイプですね(笑)」

 感情の量が多いからこそ、チャンピオンになるまではそれを表に出せなかったのかもしれない。その感情が、今はくるみとファンに向けられている。

「大会は3月14日。こういう時期なので“絶対に来て”とは言いにくいですよね。真っ先にエンタメが自粛ムードになってますし。でも、こういう時でもプロレスが見たいという人はいるはず。銀行員時代の私がそうでしたから。プロレスがエネルギー源だったんです。団体としてウイルス対策を最大限にした上で、私は最高の試合を見せたい」

 雪妃真矢は覚悟を持って“太陽”になった。その意味が、3.14アイスリボン後楽園大会でこれまで以上にはっきりと伝わってくるのではないか。

文/橋本宗洋

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