「児童虐待、救いの手はどこに」疲弊する職員、警察・他の自治体との連携不足…日本の児童相談所と取り巻く現実
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 シベリアのツルが冬を越すために毎年やってくる鹿児島県出水市。この豊かな自然に恵まれた人口5万人ほどの街で、事件は起きた。

 去年8月、当時4歳の大塚璃愛來(りあら)ちゃんが「自宅で風呂に溺れた」として病院に運ばれ、死亡した。死因は水死とみられ、事件当時、璃愛來ちゃんの20代の母親は仕事で外出しており、一緒に暮らしていた母親の交際相手の男性と2人で家にいたことから、警察は男性を暴行の疑いで逮捕。その後、男性は処分保留で釈放、任意で捜査が続けられている。

・【映像】どうすれば幼い命を救えるのか、児童虐待防止のあり方を考える

 このおよそ4月前、実は児童相談所が「育児放棄の虐待」と認定するなど、様々な機関が母子に関わっていた。幼い命が失われてしまった背景には、対応が不十分になってしまう構造的な問題が見えてきた。どうすれば児童虐待は止まるのか。救いの手はどこにあるのだろうか。

■情報を把握できていなかった児童相談所

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 死亡するおよそ1カ月前まで、出水市の隣にある薩摩川内市で母親と暮していた璃愛來ちゃん。一昨年の冬頃には、すでに育児放棄の兆候が見え始めていたという。

 自宅近くのスポーツ施設のスタッフは、外に1人でいる璃愛來ちゃんが3回も保護されたと証言する。「駐車場のところで泣いていたので、スタッフが施設の中に入れてお話をしたんだけど…」「寒かったんですけど、裸足だったんですよ、薄手のワンピースで、中に肌着は着ておりましたけど、パンツは履いてなかったです」。

 他にも、「夜間に子どもが1人でいる」という通報が去年の3月下旬から2週間ほどの間に4回相次いでいた。いずれも自宅近くの駐車場や路上にいたところを警察に保護されたという。警察は虐待対応の中心的な役割を担う児童相談所に対し、子どもの安全のため家庭から引き離す「一時保護」に踏み切るよう、2度にわたって求めていた。それでも事件は起きてしまったのだ。

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 4回目の徘徊の際、県中央児童相談所は璃愛來ちゃんを一時保護しようと試みたが、母親が引き取りにきたため実行できなかった。この時の判断について、中央児童相談所は「そのまま留め置くよう明確に伝えるべきだった」として対応が不十分だったことを認めている。

 そして4月10日には、母親によるネグレクト=育児放棄と認定。次に同じようなことがあれば一時保護するとして、継続指導の方針を決めた。それから夜の徘徊はなくなったものの、状況を把握することをせず、璃愛來ちゃんが亡くなるまで、7月末に出水市に引っ越し、男性と同居していたことも知らなかったという。

 こうした児童相談所の対応について、福岡県内の児童相談所に22年勤務した経験もある安部計彦・西南学院大学教授は「問題を抱えたままの家族がそのまま放置されていた」と疑問を呈する。また、根本匠厚生労働大臣(当時)も「夜間の頻繁な外出、転居や家族形態の変化などリスクが高まる兆候があったにもかかわらず、これを踏まえた適切なアセスメントが行われていなかったと考えます」と指摘した。

■夜間・休日も対応に追われる職員たち

 一方、中央児童相談所の所長(当時)は、親子の状況を確認できなかった理由について「虐待件数が倍々に増えていく状況にありまして、職員も夜間昼夜問わず駆けつけ確認しているところですけれども、そういった中、このケースは行けていなかった。職員の方は精いっぱいやっているところであります」と説明している。

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 事実、児童相談所が対応する虐待件数は2018年度までの5年間に、鹿児島県ではおよそ5倍に増加、全国でも2000年度の1万7725件から、2018年度には15万9800件にまで増えている。そのため、現場の人手不足は深刻だ。

 去年3月まで岡山県の倉敷児童相談所長を務めた浅田浩司氏は、職員たちが多くの業務を抱える中、夜間・休日も対応に追われていると話す。「業務が終わるのは午後10時か11時くらい。それが常態化していますし、土日も“きのう保護した子どもはどうしてるだろう”とか“保護者が家でよからぬことを考えてないだろうか”と気になってしまい、気が休まることは正直ないですね」。

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 子どもの虹情報研修センターの増沢高氏は、日本の児童相談所が置かれた状況は国際的に見ても厳しく、欧米諸国並みの水準に近づけるべきだと訴える。イギリスでは日本の児童福祉司にあたるソーシャルワーカー1人あたりの虐待事案対応件数は年間17件だが、日本では全国平均が50件近く、鹿児島も2018年度は40件を超えていた。増沢氏によると、20件以下が“世界標準”だといい、政府は2022年度までに人員を約1.6倍まで増やすとしているが、数だけの問題ではない。「地方自治体の人事に組み込まれているので、一般行政職の方が児童相談所で働くということも起きるわけです」(増沢氏)。

 イギリスでは、国家資格を持つソーシャルワーカーが児童相談所のほか、民間も含めた様々な児童福祉機関を移りながら専門性を高めていくが、日本では異動もある一般行政職の割合が全国平均(2018年度)でおよそ24%、中でも鹿児島県はおよそ76%を占めており、その割合が高いのだ。

■児童相談所と警察の連携不足も

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 また、出水市の事案では、児童相談所と警察の連携がスムーズにいかず、一時保護ができなかったとされている。

 両者の連携はこれまでも全国的に課題とされており、愛知県では2013年度から児童相談所と警察、市町村が合同で訓練を行ってきた。訓練では現実さながらに、法律に基づく立ち入り調査時における連携などを確認する。ただ、各地でこうした取り組みが進む一方、引き続き児童相談所に多くの役割が集中しすぎているという指摘もある。

 児童相談所は一時保護などの介入を行うとともに、親の支援もしなければならない。だが、「子どもを奪われた」と感じている親との間には信頼関係を築きにくく、時に対立が生まれることもあるからだ。4月に施行される法律では、介入にあたる職員と支援を担当する職員を分けるとしているが、効果は不透明だ。「介入の部分、子どもを保護する部分は児童相談所任せではなく、司法や警察も含めた協働の中で行うことが適切ではないかなと思います」(前出の増沢氏)。

 増沢氏によると、ここでも欧米と日本の違いが浮き彫りになる。イギリスでは児童相談所は裁判所に保護命令を申請、裁判所の判断で保護命令が出されると、命令を元に児童相談所は子どもを保護する。こうした手続きを行う時間のない緊急時には警察が保護することも認められている。これにより、児童相談所が保護者と対立することは少ないという。

■引っ越し時の情報引継ぎに残る課題

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 市町村も継続的な支援や安全確認などの役割を担っているが、出水市の場合、その対応にも課題が残った。璃愛來ちゃん母子がそれまで住んでいた薩摩川内市から引き継がれた文書には「継続支援」の必要性や、警察が何度も保護していることも記されていた。また、転居届けが提出されたのは去年7月30日だが、翌8月5日には病院から出水市側に「数カ所のあざがある」との情報も寄せられていた。

 ところが出水市は児童相談所や警察に、あざの情報を伝えていなかった。「育児放棄の案件として対応していたため、身体的虐待の可能性に考えが及ばなかった」と説明、8月26日に会ったときにも、あざは確認できなかったという。しかし、璃愛來ちゃんが亡くなったのはそのわずか2日後だった。「総括して振り返りますと、関係機関との連携が不足し専門的で迅速な対応ができなかったことだと考えております」(出水市の椎木伸一市長)。

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 環境の変わる引っ越しはリスクを高める要因のひとつとされるが、関係機関で情報が共有されなかったことで子どもが命を落としてしまう事例は後を絶たない。東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(5)が虐待を受け死亡した事件でも、香川から引っ越してくる際に児童相談所間で情報が十分に伝わらず、リスクの認識に食い違いが生じたとされている。国は引き継ぎのルールを決め、徹底するよう求めているが、未だ市町村間には明確な取り決めはない。

 去年1月、埼玉県の狭山市や所沢市など隣接する5市は、虐待のリスクがある家庭が引っ越した際の支援に関する連携協定を結んだ。書面での引き継ぎに加えて、緊急性が高い場合は会って引き継ぐこと、また、担当者が2~3カ月に1回集まり、情報共有のあり方などを話し合っている。転出先に文書で情報提供する際、どのような項目を記載するかについても検討を続けるという。

■「加害者をどうするかについての議論が足りていない」

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 「ある時、本当にぶちんときて頭をはたいた。それがきっかけですよね」。ある40代の男性は、新築の家で暮らし始めた当時、妻が片付けをせず、部屋を与えた小学生の長男も片づけができないのを目の当たりにして、感情がコントロールできなくなったという。

 それから長男を日常的に叩くようになったというが、当時は虐待をしているという意識はなかったという。しかし家庭内暴力や児童虐待の加害経験のある人に更生プログラム提供しているNPO法人ステップ(神奈川県)。に通うようになると、「過去を振り返ると虐待だって認識できた」という。

 20年にわたって家庭内暴力の相談などに取り組んできたステップで講師を務める理事長の栗原加代美氏は「加害者を変えなければ、被害者を守るのも限界があると思います。またやるんですよ、加害者は」と話す。

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 その後、男性は妻と離婚、子連れの女性と再婚した。暴力を振るうことはなくなったが、目黒区の事件のように、連れ子に矛先がむく理由を次のように話す。「理想の子どもにしたい、思う通りに育てたい。自分の言うことを聞いていればいい大人に育つという思い込みだと思いますよね」。

 ステップではこの日、6人の男性が体験を振り返った。一人は“行動させるための手段”として、小学生の子どもに暴力をふるっていたという。栗原氏が「暴力が効果がないとわかった?」と問いかけると、男性は「それまでは頑張って暴力をふるっていましたから。それが良いと思って。自分も親からされていたし、学校もそうだったし、社会に出てもスパルタな会社で“死ねアホンダラ”という感じだったんで。人ってこうやって成長していくんだと思ってました」と答えた。

 海外では裁判所がDV加害者などに対し更生プログラムの受講を義務づける制度があるが、日本では民間団体による取り組みが中心となっている。「守る側、児童相談所がどうあるべきかだけが議論されていて、加害者をどうするかについてはほとんど議論されていないんですよね。そこにもっと力を入れていただきたいと思います」(栗原氏)。

■妊娠・出産・子育ての相談窓口、今年度末までに全国展開へ

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「一歩間違ってしまえばそうなってしまうんだろうなというのはよくわかる」。転勤で移り住んで来る家庭も多い鹿児島県霧島市。助産師や保育士らでつくる団体では、市から経費の一部の補助を受け、産前産後の不安を解消する講座を毎月開いてきた。この日参加した2人は、ともに2人目の出産を控えながら日々子育てに向き合っている。

 「子育てって、うまくいかなくてあたりまえだし、お母さんたちも子どもと一緒に成長していければいいんじゃないか。抱えているものを軽くしてあげられたり、軽くなれるよう実際に手になったりというのはしていきたいですね」(マタニティサポートカフェ鹿児島の大村祥恵氏)

 国も切れ目のない支援に取り組む。市町村に妊娠・出産・子育てまで、ひとつの窓口で相談ができる拠点の設置を推進。今年度末までに全国展開する。

 璃愛來ちゃんの事案を受け、医師や弁護士らでつくる鹿児島県の検証組織は関係機関への聞き取りなどの調査を続けている。児童虐待によって亡くなる子どもは全国で1年に50人あまり。週に1人の命が失われていることになる。子どもを守る、救いの手はどこに―。答えを求めて、試行錯誤が続く。(鹿児島放送制作 テレメンタリー『救いの手はどこに 児童虐待を防ぐには』より)

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