今クールで話題の、いや2020年上半期で最も話題の連続ドラマといえばやはりテレビ朝日系とABEMAで放送中の土曜ナイトドラマ『M 愛すべき人がいて』(毎週土曜よる23時15分~/ABEMAでは24時5分頃~)をおいてほかにない。歌手の浜崎あゆみがスターダムに駆け上るまでをベースにした同名小説が原作なだけに、ドラマ開始前から注目を集めていた。ところが放送がスタートすると“色々な点”でネットをざわつかせ、ドラマ好きはもちろんのこと冷やかし感覚で覗き見していた視聴者すらも“M沼”に引きずり込む中毒性を発揮。SNSを媒介とした口コミで視聴者をジワジワと増やしていくネット時代ならではの作品になった。しかしドラマはまだ前半戦。これまで放送された1話から3話までを振り返りつつ、乗り遅れ注意の話題作の見どころを紹介する。
第1話:凄まじき女優魂!眼帯姿の田中みな実
芸能界を夢見て上京してきたアユ(安斉かれん)は、新進気鋭のレコード会社A・VICTORYの専務であるマサ(三浦翔平)と運命的な出会いを果たす。マサはアユの中に秘められたスター性を感じ、個人的に歌のレッスンを始める。しかしアユは大手芸能事務所に所属する身。引き抜きはご法度だ。そんな中、二人の関係に嫉妬するマサの秘書・姫野礼香(田中みな実)は、マサと対立するA・VICTORY社長の大浜(高嶋政伸)にあることを耳打ちする…。
鈴木おさむによる脱線ギリギリの脚色を見事くみ取った演出家・木下高男のディレクションセンスと、それに応えた俳優陣の熱演が素晴らしい。なかでもその怪演ぶりでネットを騒然とさせた、眼帯姿の田中みな実の存在感。マサに濃厚密着して耳に息を吹きかけたり、もぎ取ったブドウの粒をあたかも眼帯で隠された自分の目玉のように振る舞ったり。扮した田中持ち前の美貌と相まって、振り切った怪人物ぶりは一度見たら忘れられないインパクト。登場のたびに流れる不穏な旋律のBGMも耳にこびりついて離れない。
礼香のようなアクの強いキャラの影に隠れてしまい、本ドラマを評する際にあまり俎上には乗らないキャラクターながらも、実はこのドラマの方向性を決定づける人物がいる。マサと対立するA・VICTORY社長大浜の秘書・吉田明日香(田中道子)だ。セリフは大浜の言葉の語尾を受けての「です。」だけという不自然さ。第1話では明日香の登場をきっかけに礼香ら異色キャラが次々と出現し、ストーリー展開もいわゆる王道シンデレラストーリーとは趣の違う方向にそれていく。この“「です。」明日香”こそ、本ドラマにとっての異界の扉を開く門番なのかもしれない。
第2話:一周回って新しい昭和な演出
飛び出すように大手芸能事務所を辞めたアユの覚悟を受け取ったマサは、武者修行のためにアユをNYへと送り出す。トップトレーナーである天馬ゆかり(水野美紀)による水ぶっかけスパルタ指導に悪戦苦闘する一方で、アユは大切な人を想って歌う心を手に入れる。帰国後は、マサの部下である流川(白濱亜嵐)がプロデュースするガールズグループ候補生との合宿に参加。ところがそこはアユを潰そうとするライバル・理沙(久保田紗友)たちの巣窟だった…。
第2話から参戦するアクの強いキャラクターは、水野美紀演じるトレーナーの天馬ゆかり。脚色担当の鈴木とはすでにクレイジー狂愛ドラマ『奪い愛、冬』『奪い愛、夏』で共犯済だけに、水野はすべてをわかってやっている。天馬はNYにいるトップトレーナーという設定だが、ヒッピー時代からタイムトラベルしてきたかのような格好で、セリフもルー大柴のように英単語を挟んでくる。ドラムセット一式を前にスパルタドラマー映画『セッション』のようにドラムを叩き鳴らし、筋力トレーニングの際には「イノシシを殺るくらいのパンチを!」と物騒な言葉でアユを鼓舞する。
水野の独壇場というハイライトを迎えてもなお、ドラマは減速しない。帰国したアユがライバルたちと合宿する展開も大いにネット上を盛り上げた。アユへの嫉妬に燃える理沙が陰湿な嫌がらせを開始。足を引っかけて転ばせる、ダンスレッスン中に突き飛ばす、シューズに画鋲を入れる、浴室に石鹸を塗りたくって転倒させる。これら昭和のドラマや映画、漫画でやりつくされた手あかのついたイビリ手法のオンパレードは、令和の時代にあって一周回って懐かしさ滲む新しさがある。
そしてデビューをかけたブートキャンプ風最終テストでは、もちろん急に豪雨。おぜん立ては完璧である。そして満身創痍のアユに対して高い崖の上からずぶ濡れのマサが熱弁し、空には虹がかかる。第2話の段階で神回を迎えた。
後半戦にも期待大!やはり主演・安斉かれんと三浦翔平にも要注目
第3話では、さらなる困難がアユとマサを襲う。A・VICTORY社長の大浜からアユのソロデビュー計画を否定されたマサは、アユを一流のアーティストに育て上げるべく、作詞というクリエイティブな作業に挑戦させる。しかし時を同じくしてアユ唯一の心の支えである祖母の幸子(市毛良枝)が倒れてしまう…。
『M 愛すべき人がいて』の魅力は、王道のシンデレラストーリーを絶妙に外すバランス感覚と特異なキャラクターに扮する怪演にも似た脇役陣の熱演にある。しかしときにオバー!とも思えてしまう展開・演出・演技はその実、二人三脚でトップを目指そうとする主人公のアユとマサの不屈のパッションを引き立てる装置なのだ。
演技初挑戦でアユに扮した安斉かれんから滲み出る素朴さや不安と期待に揺れ動く心は、不安と期待を同時に抱えてスターの階段を駆け上っていくアユの心境と上手くリンク。思いもよらない展開に対してオーバーリアクションをとらずに淡々と受け入れる姿勢も、今回のドラマの中では他キャラとは一線を画し、抑え要素として緩急をつけるプラスに。
そんな安斉演じるアユを引っ張る三浦翔平も俳優として一皮むけた感。これまでイケメン俳優というジャンルに括られてきた三浦だが、鈴木おさむとは関係が深く、水野美紀同様に鈴木が描きたい方向性を理解している。「俺の作った虹を渡れ!」などのマサ語録をビシッと決めたり、ずぶ濡れになって身振り手振りで声を張り上げたり、芝居でカッコつけることなく全身全霊でぶつかる姿勢はマサとして非常に正しい。
放送3話にして凄まじい熱量を持って進むストーリー。今後さらなる高みに届くのか、それとも途中で息切れしてしまうのか?注目に値する『M 愛すべき人がいて』がかける虹の色と大きさを、最後まで期待を込めて楽しんで見届けたい。
テキスト:石井隼人