毎週、道場での試合をインターネットで配信している女子プロレス団体アイスリボンで“今ならでは”の名勝負が生まれた。
現在、この団体ではインターネット王座「IW19」を復活させ、新チャンピオンを決めるトーナメントを実施中だ。IW19はインターネット配信される試合限定のベルトで、19分一本勝負、場外カウント19、時間切れの場合は視聴者投票で勝敗を決める特殊なルール。確かにネット中継ならファンの声を受け取りやすい。
5月16日の大会では、1つめの準決勝が行なわれた。世羅りさvsつくしvs星ハム子。シングル王座のトーナメントに3WAYマッチを組み込んでくるのもアイスリボンらしい自由さだろう。
3人とも団体の頂点、ICE×∞のベルトを巻いたことがある実力者だけに試合は白熱。場外フロアでのブレーンバスター、客席の段差を使ってのフットスタンプなど無観客試合ならではの攻防も見られた。
そしてやはり、この3人に19分という試合時間は短すぎた。世羅りさがオーバー・ザ・トップロープで脱落するも、そこからはハム子が粘りに粘る。つくしの大技ラッシュをクリアしては反撃、ラリアットやジャーマンは迫力充分だった。
19分の闘いを終え、両者は放送ブースへ。いよいよ視聴者投票だ。結果はつくし46.2%、ハム子が53.8%。僅差ながらハム子の勝利となった。1回戦では藤本つかさを視聴者投票で下しており、ルールを味方につけての2連勝。藤本とつくしは現タッグ王者だから価値ある金星と言っていい。
視聴者投票のルールで勝ったのは、つまりファンの心を掴んだということ。試合内容に関してはつくしが押し気味にも見えたのだが、そのことでハム子の“頑張り”が印象に残ったとも言える。メタボ体型の37歳、普段はコミカルな試合をすることが多いハム子のここ一番での奮起が“できる子”つくしを上回った。
(つくしに逆エビ固めをかけつつ髪を掴み合うハム子。この辺りも意地の張り合いだ)
このあたりがプロレスを見る面白さであり、ファン心理の難しさ。「私は運動神経もないし人気もないし。でも喜怒哀楽すべてをお見せしたい。こんな時だからこそみなさんを笑顔にしたい」とハム子。自分自身でも信じられない2連勝だったが、優勝へ向け予想以上の勢いがついているのは間違いない。
一方、敗れたつくしは投票結果が出るとすぐさま引き上げた。コメントなどできる心境ではなかったのだ。実際、控室に戻ると号泣。ハム子の取材を終えた我々が追いかけた時にも涙は止まらなかった。
「ハム子さんなんかに負けると思ってなかった! もうプロレスやだ!」
今日だけ落ち込んで明日から切り替える……そんなコメントも残したつくしだが、実際にはまったく悔しさが晴らせず。試合翌日には自主トレでサンドバッグにエルボーを連打する映像を公開している。
勝敗を完全に“他者”に預け、その上で敗れたつくし。通常の負けよりも屈辱だったかもしれない。ファン心理に関しては、自分の力ではどうしようもない部分があるのだ。「負けたのは自分が弱いから」と言えないのは、負けず嫌いのトップ選手には残酷すぎた。
そんな残酷な“勝負論”を王座決定トーナメントに持ち込んでしまう団体自体がまた恐ろしい。「プロレスでハッピー」をスローガンとするアイスリボンには、とてつもなく厳しい“闘い”がある。
文/橋本宗洋