「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える
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 日本新聞協会は11日、事件・事故の現場に報道機関が殺到する「メディアスクラム」に関する申し合わせを発表、その発生が確実な場合には現場レベルで協議を行い、代表社の取材などにすることで被害者・遺族の負担軽減を図ることとした。

・【映像】被害者遺族が語る事件報道とテレビ・新聞 "メディアスクラム"をどう防ぐのか?

 背景にあるのが、京都アニメーション放火事件をめぐる議論だ。新聞協会は遺族の多くが実名報道を拒否した理由にメディアスクラムの存在があるとした上で、「実名で報じるのは実名が事実の核心であり、正確な報道に不可欠であるからだ」「その一方で、取材によって被害者や遺族の方々に負担をかけてしまうケースがあり、実名報道を拒否される背景の一つとなっていることも確かだ」と主張している。

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 ただ、犯人もほぼ確定している中で、遺族の反対を押し切ってまで実名を報じることの大義がないという声もある。また、部数・視聴率を稼ぎたいというメディアの論理、スクープを取りたいといった取材者個人の論理が、実名報道にこだわる真の理由なのでは?といった厳しい見方も少なくない。

 また、新聞協会は2001年にも「嫌がる当事者や関係者を集団で強引に包囲した状態での取材は行うべきではない」との見解を示しているが、昨年、児童ら20名が死傷した神奈川県川崎市の事件でも、多くの報道機関が現場に押し寄せ、関係者などへのインタビューを行っていた。今回の申し合わせで、何かが変わるのだろうか。16日の『ABEMA Prime』では、テレビの問題を中心に議論した。

■「居場所を突き止められ、一方的にカメラを向けられた」「第三者機関や、罰則付きの自主規制を」

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 8年前に無免許運転の男性が起こした事故によって妊娠中の長女を亡くした中江美則さんは「事故後に病院から出た瞬間、家族が報道に囲まれているが見えた。その場から離れて隠れたが、居場所を突き止められた。娘の無残な姿に苦しみを感じ、強烈な怒りのやり場をなくしているところに一方的にカメラを向けられたので、ただただ憎しみの言葉でしかマスコミさんの質問に答えることができなかった」と振り返る。「世の中に訴え出るためには必要なことだということは分かるが、決して嬉しいことではないし、むしろ反対だ。覚悟はしていたが、やはり傷口を広げられてしまうと感じたし、幼い子どもたちの未来も不安になった」。

 また、一つのテレビ局から番組ごとに複数のクルーが現地入りすることも多く、中江さんの場合も「すごい数の名刺をいただいた」という。「時間が経ち、やりとりをする中で信頼関係が生まれたところもある。ただ、現場に来た報道陣の方に“ここを伝えて欲しい”とお願いしてもそれが流れず、出して欲しくないところやきついところだけを取り上げられてしまう怖さもあった」。

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 犯罪被害者支援弁護士フォーラムの事務局長も務める高橋正人弁護士は「いくら申し合わせをしたところで、人間というのは弱いし、罰則が無ければ実効性はないと思う。メディアスクラムについても、放送業界におけるBPOのような自主的な第三者機関を設けたらいいのではないか。国民に申し立てる権限を与え、問題があればきちんと制裁を加えるということだ」と指摘する。

 「そもそも新聞協会の2001年の声明でも実効性がなかったということで、2005年の犯罪被害者等基本計画検討会では実名か匿名かを選ぶ権限を被害者に与えてくれという議論になった。しかし、"メディアに決めさせてくれ"という主張もあり、最終的には警察が決めることにしてしまった。しかしそれでは警察にとって都合の悪い情報は隠蔽されるし、被害者としてもメディアとしても反対だ。結局、メディアが拘束力のある自主規制をしていれば、こういうことにはならなかった」。

 その上で高橋弁護士は「メディアスクラムが無くなったからといって、全ての問題が解決するわけではない。しかしメディアスクラムが無くならなければ、一歩も前に進まないと考えている」と訴える。

 「例えばお通夜や告別式など、事件の本質とは関係のないところに押しかけるから、“信用できない”と思われてしまう。被害者のことを悪く書くことはないとわかってはいても、一度失った信頼はなかなか取り戻せない。だからこそ、最初の1週間、少なくともお通夜や告別式が終わるまでは取材をしないというところから始めなければならないと考えている。実際、その時期の被害者は悲しくて何も喋りたくない状態なので、取材したところで実のあるものは得られない。私は軽井沢スキーバス転落事故のご遺族の代理人を務めているが、事故発生当日の夜10時ごろ、ご自宅の前で説明をした。それ以後、取材はピタッと止まったが、ある新聞の記者から丁重な手紙が届いたので、ご遺族に繋いだ。その記者は1カ月くらいかけて、じっくり取材をしてくれた。本当にすばらしい記事になった。そのご遺族は、それ以外の取材を一切受けていない」。


■「正直言って、一番ひどいのがテレビだ」

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 両氏の話を受け、元毎日新聞記者のジャーナリスト・佐々木俊尚氏は「被害者を取材してはいけないという話ではないし、大事なのは発生時の取材よりも、フォロー取材だということだ。時間が経って落ち着いた頃に手紙を書くなどして静かに取材依頼をし、少しずつ交渉していくというやり方もある。そのようにして書かれた記事はやはり高く評価されることが多いし、読者から非難されることも少ない。本当はそのような取材をしたいと思っている記者も多いはずだ」と話す。

 「しかし初速にこだわり、今日起きた事件だけを追いかけまくるという不思議な構図ができあがってしまっていて、本来やるべき長期的な取材が疎かになっている。例えば地方公務員法違反になることを承知で警察官の家に上がり込んで話を聞くといったこともそうだが、“取材はこうやってやるもんだ”という、一種の“伝統芸”のようなものがあって、その通りでなければ取材ができないと思い込んでいる部分があるように見える、そこから脱することへの恐怖感すら抱いているのではないか」。

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 これらの指摘に対し、テレビ朝日平石直之アナウンサーは「社を背負って取材に行ったのに、自分だけネタが取れなかったら“特オチ”になってしまうし、“他社よりも良いものを撮りたい”という、特ダネ、スクープの精神が取材現場に駆り立てている。だから“あのマンションに重要人物がいるが、どの部屋かは分からない”となると、“早いもの勝ち”のように一軒ずつピンポンしていく。結果、重要人物や、その人物を知っている人に行き当たれば一歩リードできる。それが放送されると、今度は他社の中で“何でうちには無いのか”と話になり、追う立場になった各社がピンポンし始める。そのようにして、“やらざるを得ない”ということが起きている」と取材をする側の論理と心理を説明する。

 その上で「逆に、皆が“見たい”と思っている最初の1週間でやらなければ、“その事件、なんでしたっけ”と思い出すところから始まることになってしまう。また、一斉にやめることができればいいが、例えば日本新聞協会のメンバーが1週間は待とうと申し合わせたとしても、協会に入っていない週刊誌やネットメディアはどんどん取材に行くことになってしまうと思う」と懸念を示した。

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 こうした“取材する側の理屈”についても佐々木氏は「そのように追いかけ回しているメディアの中でも、正直言って一番ひどいのがテレビだと思う。新聞記者だった80年代の終わり頃の現場にはテレビ局の報道局、つまり記者クラブ加盟の記者しかいなかったが、芸能ゴシップ中心だったワイドショーや情報バラエティーが経済、社会問題、事件にコミットしていくようになり、番組ごとのカメラやディレクターも現れるようになった。90年代後半になると、ものすごい数のワイドショーが現場に来るようになり、メディアスクラムも深刻化していったと思う。また、速報に関して言えば、最近では一般ユーザーがTwitterにアップした動画の方が早い場合が多く、そこに“テレビ朝日の者ですが、DMを送りたいのでフォローして下さい”という取材をかけているのが現実ではないか」と反論した。

■「今の取材は“焼畑農業”のようになってしまっている」

「伝えてほしいところが取り上げられない」「せめて通夜や告別式までは取材の自粛を」 日本新聞協会の“メディアスクラム防止の申し合わせ”から考える

 平石アナは「20年くらい現場で取材をしてきたが、風当たりは相当強くなっている。どのように食事を摂るかも含めて考えておかないと、逆にカメラを向けられてしまうことになるし、敷地の外にいるのに警察に通報されてしまうこともある。それはやはり信頼を失っているからだと思っている。結局、大手メディアは自分で取材し、書いて終わるということはない。取材をする人、原稿を書く人、編集する人、と分業が進んでいてバラバラになっているし、上からの指示で方針が変わってしまうこともある」とコメント。

 リディラバ代表の安部敏樹氏は「取材をされた側がSNSなどを使って“こういう取材はありえないでしょう”と言えるようになってきたし、誰かがイニシアチブをとって、“もうそろそろやめましょうよ”という話をしなければいけない時期にきているのに、なぜ進まないのだろうか。問題が起きているのに、なぜ経営陣は責任を取らないのだろうか。当事者・被害者にしてみれば“知らないよ”という話だが、現場でやっているみなさんも努力はしている。それなのに、なぜ組織として変わっていかないのだろうか」と疑問を呈する。

 また、携わっていた社会問題の現場で“過去に嫌な思いをしたのでテレビの取材は受けたくない”と言われたことを機に、自ら伝えるためにウェブメディアを立ち上げた経験から、「メディアのビジネスモデルは大きく分けて広告か購読かになるが、広告に依存する限り、少しでも数字を取ろうとしてしまうし、速報性を手放すことはできないと思う。そして“視聴者・読者よりも当事者・当事者を守ることのほうが優先だ”と断言することもできないと思う。また、今の取材は“焼畑農業”のようになってしまっている。厳しい言い方をすれば、事件・事故が起こる度に自分たちに都合の良い解釈をし、そのための画を撮って流し、視聴率を取る。そして別の事件が起これば、またすぐにその当事者の人たちのところに行って同じことをする、その繰り返しだ。中江さんへの取材もそうだったんだろうと思う」と厳しく批判した。

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