「浸水想定区域内」に住む人が全国で増加していた…ダム建設だけでは水害を防げない時代、リスクの認識を
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 記録的な大雨を観測した九州。大きな被害を受けたのが熊本県南部で、人吉市や球磨村を流れる球磨川が氾濫、数多くの犠牲者が出た。実はこの地域の水害対策を巡っては、古くからの対立があった。それが川辺川ダムの建設問題だ。人吉市は、川辺川と球磨川が合流した先にある。

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 1960年代、この地域を襲った水害をきっかけに洪水対策・灌漑の目的で計画されたダムだったが、立ち退き補償の問題や自然環境への懸念から反対運動が隆盛になり、2008年にダム建設反対派の蒲島氏が熊本県知事に当選すると白紙撤回を表明。翌2009年には民主党政権が国の方針としてダムの建設中止を発表した。

 これ以後、ダムによらない治水対策を目指していた熊本県。蒲島知事も5日の時点では「ダムによらない治水を極限まで検討する」と話していたが、6日には「今回の災害を国や流域市町村と検証し、これからどういう治水対策をやっていくべきか、新しいダムの在り方についても考える」と発言している。

■ダム問題をめぐって人々が“思考停止”に?

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は「例えば田中角栄の『日本列島改造論』でも利水に触れられているように、戦後のダム建設は治水だけでは目的ではなかったし、川辺川ダムもそうだった。しかしそれが利権の塊みたいになってしまったことへの反発から、2000年代に“脱ダム”という話が出てきた。だから2009年に民主党政権の“脱ダム宣言”についてもやむを得ない部分があったと思うし、水害がこれほど多発する時代になるということは予想していなかったとも思う。その意味では、蒲島知事が一方的に批判されるのはかわいそうだ」と指摘する。

 「去年の台風19号が記憶に新しいと思うが、八ッ場ダム(群馬県)や渡良瀬遊水地(栃木)を使い、利根川水系や荒川がギリギリのところで持ちこたえた。また、東京都内では地下に作った巨大な貯水施設や、地下鉄の入り口に作ったゲートで浸水を防いでいた。そのようなインフラについて普段の僕らは無関心だし、“自然を返せ”“脱ダムだ”と言っておけばいいという“思考停止”に陥ってしまっている問題がある。また、住んでいる自治体の川が上流と繋がっているという意識もあまりない。慶應義塾大学名誉教授の岸由二さんが“流域思考”という考え方を提唱しているが、自治体の枠組みを超えた、流域全体の問題だと捉えなければならない」。

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 リディラバ代表の安部敏樹氏は「昔は地域住民の反発があったとしても、建設省がやると決めれば実行も早かったが、1973年に水特法(水源地域対策特別措置法)が施行されて以降、住民と話し合い、合意形成をしなければならなくなった。これは非常に難しく、計画が長期化する。川辺川ダムや、同じく民主党政権の頃に問題になった八ッ場ダムも湯西川ダム(栃木)もそうだった。一方、この10年で水系=河川の流域全体に雨が降り、支流などのバッファ機能だけでは追い付かなくなるケースが増えている。人口減少社会に伴って里山の貯水機能が落ちて来ているし、改めて貯水機能としてのダムの必要性や、治水のデザインを考えなければいけないと思う」と話す。

 「水を使える権利=水利権について、下流の都会では“暫定水利権”がベースになっているので、法律上、上流の人たちが水の使用を拒否すれば、下流の人たち従わなければならないことになる。しかし、ダムによって水利権は増やすことができるので、自治体としては建設したがるということだ。治水だけでなく利水の問題でも無理が生じているということであれば、例えば東京の人口を1000万人以下に抑えましょうというような、グランドデザインの議論も必要ではないか」。

■「ダムや堤防だけで何とかなる時代ではない」

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 岩手県釜石市の震災復興計画に携わってきた藤沢烈氏は、「ハード面の対策には限界がある。ダムや堤防だけで何とかなる時代ではない」「ソフトの部分で住民自身が意識を持たなければならない」と訴えている。「最近の豪雨によってダムのキャパシティを超えてしまったというケースもある。だからダムがいる・いらないという単純な議論、“安全を取るか、環境を取るか”という議論ではなく、バランスを取りながらやっていかなければならないということを、皆さんも感じ始めていると思う。地域全体でハード・ソフトをいかに組み合わせてやっていくかを考えなければならない」。

 その上で藤沢氏は「岩手県宮古市の田老地区のことを思い出していただきたい」と話す。

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 「防潮堤を作るときにも、“安全なのか、環境なのか”だった。結果、高さ10mの堤防が2kmに渡って作られ、“万里の長城”とも言われていたが、それを東日本大震災の津波は超えてしまった。しかし、防潮堤の中にいた方々は、安全だと思い込んでいたので逃げなかった。結果、180人の方が亡くなられた。建造物は10年、20年経てば古くなるし、いかにリスクを感じながら生活するか、ということが重要だ。蒲島知事はこの12年間、予算の問題があってなかなかできなかったとおっしゃっている。ただ、決定も大事だが、しっかりそれを結果につなげるというところをやっていただけなかったことは残念だと思う。例えば今回14名の方が亡くなられた特別養護老人ホームのある場所は、ハザードマップで見ると5m以上の浸水が予想されていた。蒲島知事はダム計画撤回後の10年間、そうしたことを知らずにいたのか、それとも把握する努力をされていたのか、そのことを問いたい。これは熊本だけの問題ではなく、全国の問題だ。“ダム廃止”だけで終わらせず、移転の必要があるのなら、それを働きかけるのが政治家の役割だと思う」。

■「浸水想定区域内」に住む人は増加の一途

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 一方、豪雨災害への備えについては、人の多く住む都市部にも課題が残る。地域防災が専門の秦康範・山梨大学工学部准教授の調査によれば、実は「浸水想定区域内」に住む人は増加する傾向にあるのだという。

 「明らかに危ないところが団地化、宅地化されている可能性があるのではないかと考え、分析してみた。すると、人口も世帯数も両方増えていた。元々人が住んでいた古い市街地や田んぼや畑だった地域というのは相対的に見て安全だが、新たな大規模開発は難しい。そのため、水によく浸かるような場所がどんどん開発されてきたということだ。これは人口が減少傾向に入った2008年以降も継続している」。

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 背景について秦准教授は「背景には、開発したいという企業側の欲求と、安価にマイホームを持ちたいという買い手のマッチングがある。ただ、土砂災害などについては不動産取引・売買の際に重要事項として説明義務があるが、実は浸水想定区域、洪水のハザードマップについてはそれがなく、国土交通大臣がようやく義務化へ向けて舵を切ったという段階だ。確かに治山治水のための土木技術が発展、ダムや堤防が整備されるようになったことで、中小規模の水害はほとんど起きなくなった。しかし、雨の降り方が変わってきているし、運用から7年の大雨特別警報は過去の統計に基づいて設定された“50年に1度”であって、最近のデータは乗っかっていない。大きな堤防やダムを超えた場合、災害の規模は大きくなってしまうし、避難訓練などもないまま、住民が安全だと思い込んで住んでいれば、その分だけ被害も大きくなる」。

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 佐々木氏は「新聞記者時代に水害取材に行くと、新興住宅街は浸かっているのに、古い家々は高台にあるので浸かっていないという光景を何度も見た。高度経済成長期に住宅をどんどん建てろ、でも23区は高くて住めないという中で、郊外のそういう場所が選ばれていったのだと思う。最近のタワマンブームもその流れにあるのではないか。やはり去年の台風19号では武蔵小杉が被害を受けたが、あのエリアもハザードマップ上は浸水想定区域だった」と指摘、「僕は渋谷区に住んでいるが、ハザードマップを見ると低地だらけだ。福井や軽井沢にも家を借りているが、いつか津波や噴火が来るかもしれない。やはり防災グッズを整えておくなど、それぞれが自分を守る努力をしなくてはならない。 また、国土強靭化ということが言われているが、全国的にインフラ維持が難しくなっている中、みんなで高台に集まって住むといったようなことも考えなければいけない時代になってきたのかもしれない」と話した。

 藤沢氏は「デベロッパーの問題もあるが、行政の問題もある。近年ではコンパクトシティという言い方で、洪水などのリスクを意識することなく、とにかく人々を集約しようとしている。結果として、コンパクトシティを進めている地域の9割くらいが浸水想定地域だ」、秦氏は「短期的には、危ない場所に住む人たちがリスクを認知し、中長期的には宅地の開発の在り方を変え、危険な地域に住まわせないよう、安全な場所に誘導していくことが大事だ」と提言していた。

藤沢氏&秦氏による解説
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