東京高裁は13日、女性患者の胸をなめるなどした罪に問われ、一審で無罪判決を受けていた男性医師に逆転の有罪判決(懲役2年の実刑判決)を言い渡した。

・【映像】男性医師"逆転有罪"争点となった"せん妄"とは?「酔っ払いの状態が一番近い」麻酔科医に聞く

 被告の医師は2016年、乳がんの手術を終えた30代の女性患者が全身麻酔の影響で意識が朦朧とする中、胸をなめるなどした準強制わいせつ罪で起訴されていた。検察側は初公判で、患者の胸から被告の唾の成分や大量のDNAが採取されたと主張。しかし去年2月、東京地裁は無罪判決を言い渡していた。

逆転有罪判決で再び注目の“せん妄”とは? フリーランス麻酔科医「変な夢を見る、酔っ払う時の経験によく似た状況」

 二審判決を受け、医師は会見で「怒りと憤りを覚えている。私はこの件についてやっていないし無罪だ」と強調。弁護団も冤罪を主張、最高裁に即日上告した。

 裁判で争点となったのは、女性の証言の信憑性だった。医師と二人きりになった時に乳首を舐められ、自慰行為に及んだとの訴えに対し、弁護側は「病室は4人部屋で看護師も出入りしており、犯行は不可能」と反論。さらに「女性の証言は麻酔から覚醒した時の”せん妄”による幻覚である」と主張した。(いずれも二審の一審証言概要)。

■“酔っぱらい”に近い?「せん妄」とはどういう状態なのか

逆転有罪判決で再び注目の“せん妄”とは? フリーランス麻酔科医「変な夢を見る、酔っ払う時の経験によく似た状況」

 フリーランスの麻酔科医の筒井冨美医師によれば、この耳慣れない「せん妄」とは、手術時の麻酔やがん治療の痛み、入院での環境変化などを原因として発症する意識障害で、実に一般の入院患者の約1~3割に出現するという。具体的には、自分がいる場所が分からなくなる認知機能障害、急に怒り出す、泣き出すなどの気分の急激な変動、幻視・幻覚・妄想症状を伴うという。そうした中では「大声で叫ぶ」「つじつまの合わない話をしゃべり続ける」「突然ベッドから立ち上がる」「付き添う妻の前で愛人の名前を呼んでしまう」といった行動が見られるケースもあるという。

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 筒井医師は「一般には高齢者、あるいは骨折のように時間が経てば治ることがわかっている人よりも、がんのように不安が強い人に多くみられると言われている。80代、90代の高齢者の場合、半分くらいの方が手術の後に怒り出したり、しっかり食事をしているのに“入院してから1週間も何も食べていない”と愚痴をこぼしたりする。皆さんが経験される中で最も近いのは、変な夢を見る、あるいは酔っ払いだ。つじつまが合わない話をしたり、上司に“お前なんか尊敬していない”などと言ったりしたのに、目が覚めると“そんなこと言ったんですか!”となる、そういうイメージに近い」と話す。

 「酔っ払うと見えないはずのものが見えたり、トイレでもないのに突然立ち小便してしまったりといった行動をされたりする方、普段は真面目な人なのに服を脱ぎ始めたり、エロいことを言い出したりする方もいると思う。せん妄の場合も、淑女だと思われていた人がエッチな夢を見て、“ドクター、私と何とかしたい?”などと言い始め、周囲がびっくりするようなケースがある。もっとも、我々はプロなので、“薬が残っているのだな”と思って軽く流しているが、中には発言によって浮気がバレてしまったという場合や、嫁・姑の関係が壊れてしまったということもあるので、手術の前に“家族は近づけない方がいい”という話をする場合もある」。

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 では、せん妄から醒めた後、記憶はどうなっているのだろうか。

 筒井医師は「酔っ払っている時に“俺は酔っていない”と言う人がいるように、せん妄の状態にある時点では、あくまでも本人はリアルだと思っているが、翌日くらいになって“僕、そんなこと言ったんですか?”と言ってくる場合がある。ただ、うっすらと騒いだ記憶がある程度という場合や、そして全く覚えていない場合など、人によってそれぞれだ。せん妄を経験した仲のいいドクターが、“パラダイスの夢を見た。女性に囲まれウハウハだった。目醒めたくなかった”とこっそり教えてくれた。やはり性的な夢や、欲望が絡んだ夢を見る場合があるということだ」と説明した。

■一審と二審で分かれた判断…有罪が確定した場合、医療業界に与える影響も?

逆転有罪判決で再び注目の“せん妄”とは? フリーランス麻酔科医「変な夢を見る、酔っ払う時の経験によく似た状況」

 その上で筒井医師は、今回のケースについて、「実際に立ち会ったわけではないので正確なことは分からないが、報道を聞く限りでは私が経験したことのあるような、手術後のせん妄のような気がする。不幸にもどこかで対応を誤ってしまった結果、心に深い傷を負ってしまったケースではないか」との見方を示す。

 「やはり、痛みが強いと幻覚やせん妄は起こりやすいと言われているし、今回の女性の場合についても、痛みが強い、痛み止めの種類や量が少なかったケースではないかと思う。ほとんどの場合は冷静に説明すれば片が付くので、最初に医者なり心理カウンセラーなどが入っていれば、“そういう夢を見たんだ”ということでで終わっていた可能性もある」。

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 一審と二審では、カルテの記載を巡って判断の違いも観られた。

 一審では「ふざけんな、ぶっ殺してやる」「ここはどこ?お母さんどこ?」といった麻酔覚醒時の女性の発言を重視、「女性がせん妄の状態で性的な幻覚を体験していた可能性もある」「事件があったとするには合理的な疑いがある」と判断した。

 しかし二審ではこうした発言発言はカルテに記載がなく、「術後覚醒良好」「不安言動は見られていた」との記載があるものの、せん妄である旨の記載がないことに注目した。また、女性が被害に遭った後に送ったと主張するLINEについても、せん妄による意識障害があったこととは相容れないと判断。「女性が訴える被害は生々しいものである上、記憶の欠損がなく一貫したものである」「当時の精神状態をせん妄による幻覚として説明することは困難である」としている。

 筒井医師は「一般的に“覚醒良好”は“問題がない”というニュアンスで使われるので、多少の独り言などは“覚醒良好”とカルテに書くことはある。“不安言動は見られていた”という記載もあるということは、変なことは言っているが、そのうち消えるだろうというニュアンスだったのだと思う。やはり喋り方がクリアな状態とは違うし、LINEも微妙に文体が乱れているので、普段の会話とは違う印象を受ける」との見方を示した。

 また、控訴審の判決では、一緒にいた看護師などの証言について、病院内部であることから信憑性に懸念を示してもいる。

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 筒井医師は「看護師の証言に偽証の可能性があると言われたのは、大きなショックだ。監視カメラの設置を検討しているところもあるが、映像の保管をどうするのか。産婦人科のカメラがハッキングされるといったことも懸念される。今回で有罪となってしまうと病院としては今のところ有効な手がない。我々の配慮不足かもしれないが、手術前には呼吸や心臓などについてメインに話すことが多いので、今後はせん妄についても説明していかなければならないと思う」とコメント。

 さらに「2006年の福島県立大野病院事件で逮捕された産婦人科医は最終的に無罪になったが、お産をやめる病院や、産婦人科を志望する学生が減るなどの影響が出た。今回の事件で有罪が確定すれば、長時間労働で外科医のなり手が減る中、さらなる外科医不足に繋がってしまう心配がある。2018年の東京医大の入試問題の背景にも、女性の外科医不足の問題があった」との考えを示した。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

男性医師"逆転有罪"争点となった"せん妄"とは?「酔っ払いの状態が一番近い」麻酔科医に聞く
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