「みんな進化しなきゃって考えて、後楽園のリングに立ってました」
7月23日の東京女子プロレス・後楽園ホール大会のメインで勝利したシングル王者の坂崎ユカはそう言った。坂崎をはじめ、この久々の後楽園大会で新技、新しい動きを披露した選手は何人もいた。9カ月半ぶりの復帰戦となるうなぎひまわりは、10kgの減量。敗れはしたが、肉体改造の成果を実感できる部分もあったという。
“闘魂Hカップグラドル”白川未奈も、興行がなかった間にフィジカルを強化してきたそうだ。
「今日はコンディションで勝てました。コロナ期間に凄いトレーニングしたんですよ」
この日、白川が対戦したのは上福ゆき。こちらもモデル、グラビア活動をしており、2人でタッグ王座に挑戦したこともある。なのになぜ闘うことになったのか。きっかけは白川のジェラシーだった。
7月4日の両国KFCホール大会で、上福はシングル王座を狙い挑戦者決定戦で愛野ユキと対戦した。敗れはしたものの、成長が感じられる試合だった。もともとはコミカルで楽しい試合が得意だったが、ビッグブーツの迫力やドロップキックの高さはポテンシャルの埋蔵量の証。今の上福はトップ戦線に食い込む可能性を感じさせる。
自粛期間明け、自分も何かしなければと思っていたタイミングで上福が先に動いた。しかも評価が高まる内容。「悔しい悔しい!」と手足をジタバタさせる白川に、今度は上福が刺激された。最も身近なタッグパートナーは、最も負けたくない相手だったということだろう。
「みなちゃんよりゆきのほうが、意外と地道に泥臭くやってきたと思う。ひたすらドロップキックを練習したり、コツコツやってきたので」
上福はそう語っている。白川はもともとプロレスが好きだから知識もある。デビューの時から注目されてきた。逆に上福はプロレスを知らずにこの世界に入った。プロレス独特の空気やプロレスラーならではの考え方というものをゼロから感じたわけで、“染まって”いないところが魅力でもあった。
白川は白川で、グラビアや深夜バラエティの世界を生き抜いてきた。「泥水すすってきた」という意識がある。プロレスが好きであることや取り組んでいるトレーニングについて、試合に向けての心境など、白川はとにかくどんどん主張し発信。上福への思いも同じで、そのグイグイいく感じが“コツコツ型”の上福にはトゥーマッチな感じがしたようだ。
結果として白川の勝利となったこの試合だが、上福の能力の高さもあらためて印象に残った。長い脚を振り抜く蹴りは、ジャンプを加えてさらに威力を増した。ロープ際で顔面を踏みつける場面もインパクトがある。チョップ、エルボーも以前より強く打っているように見えた。さらにこの日は張り手も。
“楽しいプロレス”が本領でありつつ、上福はそこにとどまらない選手になっている。その変化を受け止めた上で勝つ力が、今の白川にはあったとも言える。勝負を決めたのは白川の「GSS(グラマラスストロングスタイル)」。とっておきのオリジナル技だ。この技でフィニッシュしたことが上福への思いそのものだろう。
(試合後は握手し、2人で控え室へ)
白川にとって上福は「仲がいいからこそ負けちゃいけない」存在だという。そんな相手との試合に勝ち「一つ上のステップに行けた」とも。
「東京女子プロレスは旗揚げメンバーの壁が分厚いので。それをなかなか壊しにいけないもどかしさがあって」
今回の試合は“タッグパートナー同士の抗争”であり、形としては“グラビア対決”だったが、試合内容もその意味合いも、イメージを遥かに上回るものだった。トップ戦線に食い込み、切り崩すためにも、その前段階として白川vs上福をやって、結果を出しておく必要があったのだ。さまざまな感情がもつれる闘いも、すべては上を目指すため。
一方の上福は、プロレスが好きで東京女子プロレスに入団し、真正面からプロレスに取り組んでいる後輩たちにも負けたくないという。プロレスに詳しくなくても、先輩に教わったことは形にしたい、先輩たちにとって自慢の後輩になりたい、と。
最近はプロレスの動画を見まくって研究もしていると上福。男子の試合も見るそうだ。「全日本とか見ようかな。修司とか。石川修司選手」。石川修司をいきなり「修司」呼びというのがいかにも上福。しかし大きな体の使い方という面では参考になるかもしれない。インタビュースペースにまたも“乱入”してきた白川に、獣神サンダー・ライガーを「獅子舞さん」と呼んでいることをバラされたりもしたが、上福は上福なりの形で“プロレスラー”になり、上を目指している。
選手としてどう成長するか。その方法が業界でもトップクラスに幅広いのが東京女子プロレスだ。そしてファンはその幅広さを愛している。
文/橋本宗洋
写真/DDTプロレスリング