「食は人の天なり」。人情物語の中に食もテーマにした映画『みをつくし料理帖』(10月16日公開)。神田の町医者・永田源斉を演じているのが、俳優の小関裕太だ。自らの腕前に悩む女料理人・澪(松本穂香)に対して、冒頭に挙げた言葉をかけて勇気を与える。劇中には牡蠣の味噌仕立てやとろとろ茶碗蒸しなど、腹の虫が鳴りそうな和食が色鮮やかに振る舞われる。小関といえば無類の食パン愛好家としても知られている。「和食の映画なので、ちょっと違うかもしれないけれど…」と恐縮しながら、小関が食パン偏愛歴を披露する。
食パン開眼は、忘れもしない15歳のころ。「ミュージカル舞台『テニスの王子様』の合宿稽古時代に話は遡ります。稽古が終わって夕食まで1時間の休憩がありました。すごく動いたので小腹が空き、何か食べたいなと地図を見たら、2ブロック先にコンビニがあることがわかったんです」と振り返る。
何か軽く食べるモノでも…。歩き出した小関だったが、行けども行けども目的のコンビニに辿り着かない。それは郊外あるあるで、目にした地図は縮小版だった。結局かかった時間は片道30分。戻れば夕食のカレーの時間である。「お菓子では空腹は満たされない。かといってお弁当を食べたら夕食が入らない。その間を取って食パンを買いました。ジャムもマーガリンも何もないけれど、とりあえずそのまま食べたんです」。それが人生激変の一口となった。
空腹も相まって、いたく感動。『食パンってこんなに旨味があるのか!?』と小麦本来の味を知った。食べれば食べるほど食パンの持つ魔力に魅せられて、それからというもの様々なお店の食パンを食べ比べる人生に。15歳のときからですから、食パン歴は約10年です」と現在進行形での食パンラブだ。
食パン専門店が各地に林立する食パンブームとも合致した。「食パンといっても、お店によって味・食感すべてが違います。もちもちなのかサクッとなのか、それともフワフワなのか微妙に違う。甘みが強いか塩気が強いか。耳の焦げ方は強いか弱いか。製法も成分量もこだわりも多岐にわたります」と分析しつつ「そんな職人のこだわりと奥深さは生でないと伝わりません。僕はトーストせずに生で食べるのを好みます。皆さんにもぜひ食パン本来の味を楽しんでもらいたい。そのままで食べることをお勧めします」とパン職人に変わって代弁する。
『みをつくし料理帖』では、関西出身の澪に東京の味を説く役柄。監督はあの角川春樹だ。しかも最後の映画監督作と銘打っている。「角川監督とお会いするのもお話をするのも初めて。穏やかで優しいけれど、目は鋭い」と“時代の風雲児”の印象を明かす。撮影は苦難の連続だった。「監督から『いいね!』と言われたのは初日だけ。あとは『違う!』の連続。僕のせいで現場が止まることが多々ありました。ただ僕もこれだけの大きな作品を託されたわけですから、妥協はしたくなかった。何度も角川監督とディスカッションを重ねて源斉先生という像を立体的にしていきました」と試行錯誤の日々だった。
正直なところ撮影中は「何をやっても『違うなぁ』と言われる。自分の思い通りにやれている感覚を得られることが最後までなく、不安でした」と打ち明ける。だが完成作を目にして驚いた。「今まで見たことのない自分が映っていたんです。そこで初めて角川監督の意図を理解。今まで開けたことのなかった引き出しがこじ開けられたような…。新しい自分を発見できたというか、ここまでわかりやすく成長を実感したのは初めてのことです」と80歳間近の巨匠との出会いに感謝している。
テキスト:石井隼人
写真:You Ishii