「格闘技って残酷だなと思いましたね」
11月1日の大阪大会で行なわれたRISE DEAD or ALVE 2020 -55kgトーナメントについての、那須川天心のコメントだ。この4人制ワンデートーナメント、優勝者に那須川天心への挑戦権が与えられる。出場選手4人中3人が、過去に那須川に敗れており、逆襲に燃える男たちのトーナメントだ。
決勝で対戦したのは志朗と鈴木真彦。ムエタイの世界で活躍してきた志朗だが昨年、RISE世界トーナメントに参戦。決勝で那須川に敗れると、それ以降はRISEに専念するようになった。すべては“打倒・那須川天心”のためだ。
だが“打倒・天心”という意味では誰よりも結果を残してきたのが鈴木だ。2015年に那須川に敗れ、それ以降は全勝。19もの勝利を積み重ねてこのトーナメントに臨んだ。1回戦ではヒジありルールのトップ選手、江幡塁に勝利。これで20連勝だ。あと一つ勝てば那須川とのリマッチ。人生最大の大勝負が待っている。あと一つでよかった。だが、その1勝があまりにも遠かった。
志朗はムエタイベースの選手ながら、RISEルールでの強さを飛躍的に増していた。その上で豊富なキャリアからくる落ち着いた試合運びはそのままだ。鈴木は決勝戦でも、これまでの20勝と同じくテンポの早い攻撃を仕掛ける。圧力をかけ、ロープを背負わせて右ストレート。そこにジャストのタイミングでカウンターがきた。志朗の右パンチだった。志朗は志朗で那須川との再戦だけを考えてRISE用の練習を重ねてきた。野望と希望と夢を食い合うのが格闘技だ。食ったのは志朗だった。
右を直撃された鈴木がダウンする。ここで鈴木が食われるのか。20連勝もして、なのにあと1勝で野望が潰えるのか。あまりにも残酷な光景だった。
立ち上がった鈴木だが、ダメージははっきり見て取れた。ある関係者は「あれは若手の試合なら止めてますね。トーナメント決勝だから続けさせたんじゃないですか」と言う。それくらいのダメージを負いながら、鈴木は挽回を狙って攻める。志朗の的確な攻撃をもらいながら必死にパンチを振るい、蹴りを繰り出し、だが最後まで逆転はかなわず試合は終わった。志朗に足を払われ転倒、マットに這いつくばった状態でゴングを聞くと、その場で涙があふれた。打倒・天心に向けた最後の関門、21戦目は判定負けだった。
試合後、ダメージの大きい鈴木は病院へ。いったん入院して検査することになった。病院でも泣き崩れて会話もままならない状態だったという。それでも関係者を通じてコメントを寄せてくれた。
「死んでも優勝したかったです。(ダウン後は)無我夢中でした」
短い言葉に無念がにじむ。20連勝を重ねたその思いもせつない。
「那須川天心選手との対戦を実現させるために絶対負けられない思いと、そこまで上り詰めて必ずリベンジしてやろうと思いしかありませんでした」
決勝で敗れた瞬間、鈴木は「もう終わったな」と思ったそうだ。
「何してんねん自分、と思っていました。沢山の応援に来てくれた人、ジムの仲間と一緒に喜び合いたかったです」
シンプルで、なおかつ凄まじく重い言葉だ。当然だ。5年間かけて追いかけ続けた目標が消えたのだ。ツイッターにはこう書いていた。
「あと一勝、勝ちたかったなぁ」
ケガもあるから“次”はまだ分からない。那須川は鈴木との対戦は「ほぼほぼなくなったと思います」と語っている。それでも鈴木はまだ23歳だ。今回の1敗はあまりにも大きかった。しかしそれと同等かそれ以上に、20連勝にも価値があるはずだ。陰影の深さが増した鈴木真彦のキャリアを、これまで以上に注目していきたい。
文/橋本宗洋
写真/RISE