国防か、自然か…米軍訓練の移転計画に揺れる馬毛島 元住民、地権者、首長、経済界、それぞれの思惑は
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 皆が「宝の島」と表現する、大隅諸島の馬毛島(鹿児島県西之表市)。だが、誰のための「宝の島」なのか。

 イセエビやトコブシが豊富に獲れる漁場で育った元住民たち。島の自然と文化に価値を見出す人たち。開発のため、島のほとんどを買収し国に160億円で売却した元地権者。島をアメリカ軍の訓練施設として活用する計画を進める国。そして再編交付金や自衛隊駐留による経済特需を期待する地元・西之表市の住民たち。

 様々な思惑に揺れる南西諸島の小さな島の現状をレポートする。(鹿児島放送制作 テレメンタリー島の宝の島 軍事基地は誰のため』より)

■硫黄島から空母艦載機の離着陸訓練が移転か

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 鹿児島県の南に位置し、ロケット発射場と国内有数のサーフィンのスポットがあることで知られる種子島。その西方10kmほど先に見えるのが馬毛島だ。40年前に無人島となり、今では大半の土地がむき出しになっているが、かつては緑豊かな島で「宝の島」とも呼ばれていたという。

 この島の利活用をめぐり、日本とアメリカは2011年、アメリカ軍の訓練移転の候補地とする文書を交わした。地上の滑走路を空母の甲板に見立てて空母艦載機が離着陸を繰り返す、FCLP(陸上空母離着陸訓練)の訓練地として検討されているのだ。

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 現在FCLPは騒音対策のため、東京都の硫黄島で行われており、駐留する山口県の岩国基地から片道およそ1400km、70分かけて飛んでいる。しかし、これが馬毛島になれば距離は3分の1以下となり、安全で、燃料も節約できる。

 防衛省は去年、島の大半の土地を持つ地権者と売買の合意に達した。ゆくゆくは2本の滑走路を持つ自衛隊基地を新設し、150~200人程度の隊員を常駐させる計画だ。資料では、アメリカ軍のFCLP訓練は年に2回・あわせて2カ月ほどの使用を予定する、とされている。

■「外国を攻撃するための軍隊が馬毛島に来て、仲良くなんかできないですよ」

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 地元・西之表市では賛否が分かれている。

 「売買が成立する前から辺野古の予算を何百億近くも流用して、質問しても答えない、隠す。国会の論議がないままどんどん進んでいるのでとんでもないやり方なんです、国は」と不信感をあらわにするのは、「馬毛島への米軍施設に反対する市民・団体連絡会」の三宅公人会長だ。

 「僕は下西の鞍勇といって、馬毛島が見える景色の中で育ってきたんです。皆が不安に思っているのは、本当に米兵が遊ぶところもなんもない馬毛島だけにいるのだろうかということ。屈強な男たちが2週間近くいてね、西之表に遊びに来ないのだろうかと。これはアメリカの人と仲良くするのとは全然別のことですからね。外国を攻撃するための軍隊が馬毛島に来て、仲良くなんかできないですよ」。

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 自然と文化の重要性を挙げ、訓練移転に反対の立場を掲げて当選した西之表市の八板俊輔市長(元朝日新聞記者)も「南部の方に草原があるんですけど、そこでは朝、まだ静かなうちにシカ、マゲシカの2、30頭の群れが草を食べている。その草原を駆け巡る姿に、大いなる自然が身近にあるということを感じたのが一番の驚きでした。FCLP以外の利用をすることのメリットもあるわけですね。体験活動、教育的な使い方もそうなんです。いろんな構造物とかも残ってますので、自然を生かした観光文化的な使い方というのはあると思います」と話す。

■「やはり国土防衛は国の最重要課題ですから」

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 一方、「馬毛島の自衛隊・FCLP訓練を支援する市民の会」の杉為昭事務局長は「西之表の上空を低空で飛ぶとか、騒音がすごくて家が揺れるくらいだとか、みんな想像でしか言わないもんですから。その話が大きくなって、ちょっとおかしいんじゃないかと。やはり国土防衛は国の最重要課題ですから」と話す。

 「このタイミングを逃したら、今後どうなるだろうという不安だらけですよ。人はいなくなる、税収は少なくなる、公共サービスはできなくなる。西之表、種子島の未来がなくなるということから考えて、馬毛島を犠牲にするじゃないけど、FCLPを支援してやっている市だということで観光に結び付けてですね、そうやって伸びていく島だと僕は認識しているんですね」。

 自衛隊基地が建設されれば、隊員の家族が移り住み、街がにぎわう。アメリカ軍の訓練移転が決まれば、さらに数十億円とみられる再編交付金が地元の経済を潤す。そのため推進派には、商工会や建設組合などのトップも名前を連ねているという。

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 防衛省が馬毛島に狙いを定めるもうひとつの大きな目的が、南西諸島の防衛強化だ。尖閣諸島をはじめとする中国の軍事活動に対抗すべく、防衛省は宮古島や奄美大島に次々と新たな基地を配置している。馬毛島は、そうした部隊の訓練施設という位置づけだ。

 日本大学危機管理学部の吉富望教授(元陸上自衛官)は「2018年に長崎県佐世保市に水陸機動団が設置されていますけど、いま日本を見回したときに上陸訓練ができる場所というのは極めて限られている。もう一つ、南西諸島は1000km以上の長さがありますので、必要な物資を必要とされる場所・時間に届ける後方支援が結構難しい。馬毛島を備蓄の拠点とし、そこに飛行場と港ができれば、南西諸島に物を運ぶという意味では非常に大きな意義がある」と説明する。

■「今までこんなに大きなお金を持ってこようとした人がいますか」

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 馬毛島がFCLPの候補地に浮上したのは2007年のこと。しかし、島の99%近くを所有していた東京の民間企業、タストン・エアポート(旧馬毛島開発)は、その前から滑走路の整備を始めていた。当時のニュース番組では、「この巨大な工事が何のために行われているのか、何を作ろうとしているのか、県もそして西之表市も把握できないまま馬毛島の自然は確実に破壊されています」とレポートしていた。

 それから5年後の2012年、この開発が許可した範囲を超え、森林法に違反している可能性があるとして鹿児島県が調査を求めたが、タストン社の立石勲社長は「なんであんた、そんなに人を悪者にするんだ」「今まで鹿児島県にこんなに大きなお金を持ってきたというか、持ってこようとした人がいますか」と真っ向から反論した。

 タストン社から土地を買収した防衛省も、「国有化された土地は開発許可制度の対象外で、原状回復の義務が生じることはない」と主張しているが、西之表市は森林法違反の疑いが解決していないとして、国に現地調査を申し入れる考えだ。

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 今年1月のインタビューで、立石社長は「やっぱり誘致に25年かかったんですね。交付金が鹿児島県に落ちるわけだから、大成功だと思ってくだされば助かります」と訴えた。この土地に対するタストン社の鑑定評価額は462億円、防衛省が算出した額は一桁少ない45億円だった。にもかかわらず、防衛省は評価の3倍以上の160億円で売買に同意した。どういう経緯があったのか、不動産鑑定をめぐる取引について情報公開請求を行ったが、防衛省は内容を明らかにしなかった。「相手方との信頼関係を損なうおそれがある」というのが主な理由だ。

 防衛省はタストン社に対し、港近くの4万坪の土地を引き続き持つことも承諾している。「私どもには建設業という本業もありますので、5000億とも1兆円とも言われる工事に参画したいために、4万坪を残してそこで事業をさせてもらおうと。生コン工事を2つ、アスファルトコンクリート工事を2つ。現地を見させてもらった業者の人と打ち合わせをしたりしている」(立石社長)。

■「“宝物だよね”と言ってもらえるようにするかを考えていきたい」

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 「それこそ野蛮な生活でしたよね。自分たちが行った頃は道も電気もないし、ほんとに大変じゃった」。そう振り返るのは、馬毛島の元住民・山下六男さん。 戦後、馬毛島には開拓団が次々と入植し多いときで500人以上が暮らしていた。山下さんも19歳のときに種子島から馬毛島へと移住、そして結婚し家庭を持った。

 「サトウキビを作って漁船でこっちに積んできよったんですけど、波があったりしたら危ないから、海にサトウキビを放り込んだり。ばからしいからやめようって、みんなサトウキビをやめたんですよ。自分は漁師の子どもだから海で生活できると思って船も作ったりしてなんとかやっていたんだけど、海があんまり得手じゃない他の衆は内地に出稼ぎに出て、家族も付いて行って。そんな人も多いですよ」。

 生活の苦しさから仲間が続々と島を離れる中、山下さんも40歳で開発会社に土地を売り払った。「やっぱり立ち入り禁止になるんですかね。別に自衛隊に反対はせんけども、漁をしたときに不自由だったりして、“こりゃあ自衛隊ができてだめだったな”っていう感じになるのは、あんまり好きじゃないですよね」。

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 同じく馬毛島の元住民・森勝幸さんは、「兄弟5人いるんだけど、僕だけが馬毛島で生まれています。普段食べる魚とか、そういうものが無かったので、僕らは小学校のときから海に行って食料を調達していました」と当時の生活を振り返る。

 森さんの家族は、父親が残した2000坪ほどの土地を手放さずにいる。島全体から見れば僅かだが、防衛省が計画している設備に重なっている。「売ってほしいという金額は1回目に提示されていると思います。それはいまの馬毛島の評価額よりもはるかに高いと思います。ただ僕らにしてみれば、ごめんなさいという金額です。うちのオヤジは、もうここを離れないという気持ちで馬毛島に入ったと思う。お金をいくら積まれてもお金で動く人じゃなかったので」。

 防衛省との交渉には今のところ応じておらず、土地を手放すかどうかは、反対派と推進派双方の展望を見極めたうえで決めたいとしている。「オヤジが宝物として扱っていたというのがあるので、生かす方法として考えていきたいと。絶対売らないでもない。かといって、はい売ります、でもない。この島を、どうやったら“宝物だよね”と言ってもらえるようにするかを考えていきたい」。

■「“嘘も方便”というかたちを作られてしまう」

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 「基地を受け入れるのは簡単だけど、廃止するのは不可能だと思った方がいい。受け入れる時は、そういう覚悟を決めておかなきゃいけないというのが、今の日米安保のような気がします」。元琉球新報記者で、沖縄国際大学の前泊博盛教授はそう話す。

 国が辺野古への移設計画を進める沖縄県の在日アメリカ軍・普天間基地。実は県外の移設候補地のひとつとして馬毛島も検討されており、2016年には当時の翁長知事も視察に訪れている。

 「宮古島で自衛隊の基地建設が始まりましたけど、最初は“キャンプ程度の場所だ”という風に言っていたのが、実際には3倍の広さになっているんですね。それから貯蔵庫をつくる、という話も、蓋を開けてみると弾薬庫になっていました。そこを追及すると、今度はミサイル基地に変わっていました。沖縄では自衛隊基地が作られる時、全てが嘘で固められた説明が行われ、完成したら別物が出来上がる。自衛隊だけじゃなくて、米軍との共同使用施設にすることによって、米軍が自由に使えるような環境を作られてしまう。そして、既成事実に弱いのが日本人だとアメリカからも言われてますけども、日本人自身が日本人を納得させるために、“嘘も方便”というかたちを作られてしまう。これが今の自衛隊基地建設の問題点だという風に思っています」。

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 軍事基地以外での島の利活用はできないのか。西之表市では、八板市長が言うように島の自然や文化に触れる体験学習の検討を勧め、今年8月6日、馬毛島体験学習を開催した。参加した子どもたちは「国が全部買ったらもう行けないんじゃないかと思ってきました。きれいで、まだ人が住めるなと思いました」「無人島だけど歴史とかあるし、そういうことも色んな人に知ってもらえたらいいと思います」と感想を語った。

 翌日、施設の配置などを説明するため、山本朋広防衛副大臣(当時)が訪れた。八板市長は「防衛省が地元軽視・あるいは無視というような態度に終始しておられることに非常に私たちは怒りさえ感じている」と厳しく批判した。防衛省は土地取得前から、地元に説明のないまま、施設の設計契約を業者と結んでいた。これは明るみになり撤回されたが、市は反発を強めている。

■ネット上には基地に賛同の声も多数

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 一方、インターネット上には、基地に賛成の声も多く見られる。

 ニュースサイトのコメント欄には、「日本と日本国民を守るために、八板市長は信念を曲げて賛成すべきである。国民が一丸となって、中国と対峙する空自、海自そしてアメリカの空母機動部隊、日本の空母機動部隊の為にも賛成すべきである」「馬毛島に基地があるほうが抑止力になる」「地元にもできるだけの誠意を示すためにわざわざ副大臣が説明に来てるんだろうが!中共に占領されたほうが幸せだと思っているのか、この市長は。この難癖のつけ方は辺野古の運動家連中とそっくりだ」といった書き込みもあった。

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 前泊教授は「おそらく施設、住宅といった施設ができると思います。種子島にも米軍用の施設ができたり、米兵たちが休養のために訪れることになれば、犯罪が起こる可能性が高まってくると思いますよ。それに対してどう対処するかということで、また地位協定の問題を味わうことになる。しっかりとした協定を事前に結んでおく必要があると思います」と警鐘を鳴らす。

 島の周辺では漁業が盛んだが、今後も続けられるかは不透明だ。元住民の山下さんは「そうじゃな…もうなんとも言えないもんな。自分たちに権利が何もない島なんだからね。もうそれこそ土地が無いんで。この島で漁をしていかんばっていう、若い人たちがかわいそうやな」とつぶやいた。(鹿児島放送制作 テレメンタリー『島の宝の島 軍事基地は誰のため』より)

島の宝の島 軍事基地は誰のため
島の宝の島 軍事基地は誰のため
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