試合から一夜明けて、志朗はそう語った。11月1日のRISE大阪大会。彼は-55kgトーナメントに出場し、1回戦でシュートボクシング王者の植山征紀、決勝でRISE王者の鈴木真彦を下して優勝している。このトーナメントには、那須川天心への挑戦権がかけられていた。志朗は昨年のRISE世界トーナメント決勝で那須川に敗れており、リベンジを狙ってのトーナメント出場だった。この1年、彼は打倒・那須川天心だけを考えてきた。
「ずっと彼を想定して(格闘技に)取り組んできたので。優勝できたのはそこが大きかったと思います」
意識していたのは那須川天心の技術、那須川天心のスピード。だから植山戦も鈴木戦も「想定内」だった。鈴木との決勝では、鮮やかな右ストレートのカウンターでダウンを奪っている。ムエタイのフィールドで活躍してきた志朗だが、パンチの技術が向上し、RISEルールでの強さを増していた。だが、単にパンチがよくなったというだけではないと本人は言う。
「最初はRISEルールに合わせた、新しい闘い方を作ろうとしてたんです。でもそれだと考えすぎてパフォーマンスが落ちてしまう。パンチの練習をしすぎて、攻撃がパンチに偏って自分のリズムとか組み立てがバラバラになってしまったり。今はムエタイでのいい部分を残しながら、RISEで闘う自分を見つけることができました。ここ最近やっとですね、ムエタイルールとRISEルールの違い、その仕組みみたいなものが分かり始めてきました」
ルールが違えば、求められる技術も違う。たとえば接近戦での“組み”の攻防だ。ムエタイでは首相撲で相手を崩し、そこからヒザ蹴り、ヒジ打ちを叩き込む。首相撲はムエタイの根幹をなすテクニックと言っていい。しかしRISEルールではヒジ打ちが禁止。組んでからの攻撃も1発に限定されている。
「首相撲のクセがなかなか抜けなかったですね。RISEルールで必要なのはボクシングのクリンチだなと。ボクシングのスパーリングやマス(スパーリング)でそこを練習しました」
組んで崩す首相撲ではなく、ボクシング的に組んだら押して距離を取り、すぐさま次の攻撃につなげるのがRISEでは有効だということだ。徹底的にRISEルールを研究し、そこで那須川天心に勝つためだけの練習を重ねてきた志朗。今は首相撲の練習はしていないという。打倒・天心を果たすまでは、慣れ親しんだムエタイとは決別するということになる。かなり思い切りがいるはずだが、志朗はこう言った。
「目の前に自分より強い男がいるわけですから。それは無視できない。格闘技をやってる以上、みんな一番になりたいんです。そうじゃなかったら格闘技をやってる意味がない」
その“かける思い”は那須川も警戒するほど。志朗と那須川はフィジカルトレーナーが同じで、練習場所で会うこともあった。志朗はこの1年、自分に勝った相手の練習を横目で見てきたことになる。
「彼の姿を直接見ながら“リベンジしてやる”という気持ちを抱き続けてきた。そこも僕の強さになったんじゃないかと思います。(再戦が決まって)もう会いたくないですけどね(苦笑)」
RISEにおける自分の成長には手応えがある。「1年前、自分が鈴木くんからダウンを取ると思ってた人はいないはず」。ただしまだ納得はしていない。
「ここからの時間をどう過ごすかですね。まだ伸びると思うし、進化しなきゃいけない。彼も凄いスピードで進化してますから。自分が優っていると思う部分もあるので、劣っている部分でどう進化するか。それができれば勝ちが見えてくる」
那須川天心vs志朗のリマッチは来年2月末を予定。あと4カ月弱、2人はまず“進化のスピード”を争う。
文/橋本宗洋