全国屈指のダンス強豪校として知られる三重県松阪市にある三重高校ダンス部SERIOUS FLAVOR(シリアス・フレーバー)。
去年10月に行われた全国大会・環境大臣杯「全国高等学校Re-Style DANCE CUP!2019」では初優勝を飾り、「アポロシアター」(ニューヨーク)の舞台に立つという大きな夢を掲げた。
ところが準備が整った矢先、新型コロナ禍によって渡航は延期され、日常から部活動も消えた。それでも部員達は踊ることを止めず、目標に向かって動き出した。未曽有の状況を果敢に乗り越えていく部員たちと顧問教諭の300日を追った。(名古屋テレビ放送制作 テレメンタリー『全力!青春ダンス~部活とコロナの300日~』より)
・【映像で見る】ドキュメンタリー『全力!青春ダンス~部活とコロナの300日~』
■「衣装とかにお金をかけるよりも、ダンスを見て欲しい」
「勉強と両立しながらダンススタジオに通うのは難しいなって思ってた時に、テレビでダンスを見て、三重県にこんな高校あるんやって思って」と入部のきっかけを説明するのは、池上真由さん(当時2年生)。80人以上の部員をまとめる13代目キャプテンだ。「そんなにうまくまとめきれないですけど(笑)。できない子には教えるか、自分もできないときは聞きに行くとかはするようにしてます」。部室はなく、練習場所は食堂前の共有スペース。専属コーチもいないため、練習や振り付けは部員同士で教え合うのが基本だ。
顧問は三重高校のOBで、情報と数学を教える神田橋純教諭(31)。在学中にダンス同好会を立ち上げた神田橋教諭は、顧問に就くと部活への昇格に奔走。3年前に認めれたばかり。それでも去年11月には全国の高校ダンス部のうちの30校に選ばれ、横浜で開催された大会に出場した。
「部活動って、好きだからやることやと思うんです。怒らなくとも、ちゃんと説明して、そこに真剣さがあったら伝わるんで、“わー、部活休んだら怒られるから行こう”とかってのは違うと思うんですよね。“部活オフやで”って言ったら、みんな“え!何でオフなんですか”って言うんですよ。だから楽しいんやろなぁと思って。どのチームよりも楽しそうにしてると思います。ダンス好きそうやなーっていう、そこが強みかな」(神田橋教諭)。
他のチームが衣装やメイクに力を入れる中、SERIOUS FLAVORはノーメイクを貫く。「衣装とかにお金をかけるよりも、ダンスを見て欲しいので。そして、“勝っていかな”っていう思いよりも、“ダンスを楽しむ”っていう思いで部活をやっているんですよね。みんなで踊ることが楽しいし、私たちが楽しんでるから、お客さんも楽しんでるんじゃないかなって思います」と池上さん。
ユニークな構成や振り付けもSERIOUS FLAVORの特徴だ。技術だけではなく、アイデアで勝負する。「全国的にみてスキルがめっちゃあるわけじゃないんで、格下でも作戦を立てていくと、格上のチームを倒すこともできるんやなと」(神田橋教諭)。
■「背中を押してあげるような大人もいていいんじゃないかな」
「ダンスを楽しむ」をモットーに日本一になったSERIOUS FLAVOR。去年の末には、ニューヨークのアポロ・シアターで踊るという、さらに大きな目標を掲げた。目指す舞台は、あのマイケル・ジャクソンも輩出した世界最高峰のオーディション「アマチュアナイト」だ。
参加するメンバーは30名。渡航費だけでも1000万円以上が必要になるため、クラウドファンディングサイト『CAMPFIRE』で支援を募ることにした。目標金額は1200万円、期間は2カ月に設定した。Twitterアカウントも開設し、動画を投稿してPR。ネットの反応に部員たちは「こんなに応援してくれる人がおるんやなって」「もっともっと練習が必要やなって思います」「生涯にあるかないかわからないし、本当に行けるなら、行きたい」「皆様の力が必要です。ラストスパートよろしくお願いします!」。
さらに地元・三重の人たちには、ニューヨーク挑戦への本気度を伝えようと入場無料の自主イベントを開催した。「やりたいことがある。そのためにどのようなプロセスで実行していってと考えてる力はつくんちゃうかなと思って」(神田橋教諭)、「沢山の方々の協力で挑戦しようとしているので、“頑張ろう”っていう力になります。“愛される部活”ってこういうことなのかなって」(池上さん)。
結果、クラウドファンディングでは700万円もの支援が集まった。さらに地元企業からの協賛も。「息子も娘も三重高にお世話になったんです。(高校生たちが活気付くと)いいですよね。ケレン味がないし」(伊藤実・ニュートラル代表取締役)。
神田橋教諭も、授業の間の時間を縫って支援金集めに奔走した。「トータルで、もう何十軒か。“三重から世界へ”っていうところで、なんとか叶えてあげたいんですと…」。
実は神田橋教諭自身も、大学時代に「アマチュアナイト」に挑んだ経験を持つ。ただ。ステージに上がることはできなかったという。「夢に対して、“いや無理やろ”とかって現実を教えてあげるような、そういう大人たちも必要だとは思うんですけど、もうちょっと、“その夢やってみたらええやん”って背中を押してあげるような大人もいていいんじゃないかなと思って」。こうした地道な努力の甲斐もあり、渡航費に目途がついた。
■「ニューヨークで引退しようと思ってたんで、悔しいです」
今年2月には、参加メンバー30人を選抜するオーディションを行い、春休みの3月15日から5日間に訪問するというスケジュールも決定した。「メンバーに落ちて悲しんでる子もいたり、資金を集めるためにはここまでせなあかんのやっていうのがわかったりとか、いろいろ勉強になったと思いますね」(神田橋教諭)。
しかしこの時期、世界中で新型コロナウイルス感染拡大の不安が広まっていた。池上さんも「テスト終わって2日くらいしたら自主公演があって、1週間後にニューヨークに行くっていうスケジュールになってます。…でも、コロナがあるんで、結構それの心配もあります」と話した。
そして2月26日。浮かない顔をした神田橋教諭は「コロナウイルスの関係で厳しくなってきたので、それを伝えます」。集まった部員たちを前に語りかけた。
「緊急に集まってもらいまして…。内容は大体わかるかなとは思いますが、結論から言うと、まず自主公演は延期しなさい、3月にやっちゃだめ。ニューヨークも、3月にやっちゃダメ、延期しましょうということになりました。学校として、そういう決断をせざるを得ない。“思い切ってやったろか”ってやって、“結局罹らんかったし良かったやん”という場合もあるかもしれないけど、罹ったらえらいことになるのは、もうみんなもわかってると思う。でも、ニューヨークへの挑戦は諦めていません。ただ、高2の子たちの中には、受験勉強のことを考えて、3月いっぱいで引退して、高3になった4月からは受験勉強をしようと思ってた子もいますよね?だからそこからは皆に考えてもらわないかんけど。納得してもらえるかな。ちょっと時期が悪かったな」。
2年生(当時)の竹内淳人さんは「2年間一緒に頑張ってきたチームメイトと一緒に行けることをすごく楽しみにしてたし、自分はニューヨークで引退しようと思ってたんで、悔しいです」。池上さんも「“応援してください!”って言った自分たちをめっちゃ応援してくださっている方々がいて、諦めるわけにはいかないので。プロジェクトが延びたとしても、成功させるっていうふうにしか意識はもっていけないので…」と涙ぐんだ。
出発を直前に控えての延期。さらに、全国の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について、春休みまで臨時休業を行うよう、政府の要請も出された。
■“区切り”を見失ってしまった3年生、自主制作のイベントを開催
3年生になった池上さん。新学期になっても、学校は休校していた。「こんなにも踊ってない期間があると、すごい寂しいと言うか」。そこで部員たちはリモートでの練習を再開。そして生まれたのが「在宅ダンス」だった。
公式YouTubeチャンネルで企画、SNSで呼びかけた「在宅ダンス#うちで踊ろう」は学校という枠を超え、全国のダンス部や一般の人たち400人以上が参加するオンラインダンスセッションに発展した。「1人でやるのもいいんですけど、会えなくて寂しいので。部活の皆と共有できるのはやっぱりもっともっと楽しいので」(大野紗波さん、3年)、「元気出たとか、応援メッセージがすごく嬉しくて」(北角美乃さん、同)
神田橋教諭も、「自分たちで“こんな企画どうですか?”とかいう子も多くて。ニューヨークのことで揉まれてるだけあって、成長してるなと思いますね」と目を細める。
そして6月、学校がようやく再開。“部活のある日常”も戻ってきた。「同じ場所で踊れるというのは、今までなら当たり前やったんですけど、コロナがあってからは、当たり前のことも当たり前と思わんことが必要やなって、改めて感じました」と池上さん。
ただ、ニューヨーク挑戦の見通しがつかず、大きな大会やイベントも相次いで中止となった。池上さんたち3年生たちは、“区切り”を見失ってしまう。北角さんが「なんか“これで引退や!”っていうのがあまりなかった」と話すと、大野さんも「高3になると、いろんなことでどんどん部活に行けなくなるので、どうしたらいいかわかんない状態なんです」と応じた。
神田橋教諭は「切替えせなあかんやんか、勉強と部活と。それは大事やと思ってて。だから大会とかがあったら切替えしやすいやん。でもないから、何か欲しいっていうんだったら作るし」と呼びかけた。「勉強がありながらも部活を頑張ってきてた子たちが、失速してそのままフェードアウトするのかなと悩んでたんで、区切りとなるようなイベントを、自分たちで作ってしまおうと」。
翌月、部員たちは松阪市で自主イベントを開催した。検温やマスク着用など感染予防を徹底し、観客は保護者のみとすることで、学校の許可も得た。部員たちは、「勉強も考えないかんけど、きょうは楽しもうって思って」「決めてやりますよ。決めてやりますよって感じで」と意気込む。
イベント名は『オワリはじまり』。ニューヨークを目指した3年生にとってはみんなで踊る最後の「区切り」の舞台だが、1年生にとっては「初めて」の舞台だ。飾り気なし。ただ、全力で踊る。「勉強モードに入ってる子たちの半分ぐらいは、もうほとんど来てなかったんですよ。なのに、さすがやっぱり合わせてきたなと思って。気合入ってて、よかったです」(神田橋教諭)。
「しんどくても、踊ってたら自然と楽しいっていう気持ちが湧き上がってきます。みんなもいるっていうのも大きい理由なんですけど、ダンスがなかったら出会いもなかったし」「今後の目標は、受験に合格することです」と笑顔で話した池上さん。しかし公演後には、SERIOUS FLAVORのキャプテンとして、「3年生は大半がこの公演で一区切りをつけます。きょうまで支えてくださった保護者の方々には、感謝してもしきれません。これからもシリフレを見守っていただけたら嬉しいです。本当にありがとうございました」と声を詰まらせながら挨拶した。
■「今は来年3月後半を延期日程としています」
9月。いつもの場所で、SERIOUS FLAVORの部員たちの練習が続いていた。再開された全国大会では、嬉しい知らせも舞い込んだ。9月27日の高校ストリートダンス選手権2020決勝大会では、特別賞も獲得した。
14代目キャプテンに就いた柳瀬綺心さん(2年生)は「クラウドファンディングとか、初めてしたことだったんですけど、自分たちなりに色々考えて頑張ってきたので、ニューヨークに行きたいです」と意気込む。神田橋教諭も、「3年生と一緒に行けるラストチャンスで考えて、今は来年3月後半を延期日程としています」と話す。
来年の春、それぞれの夢を叶える。(名古屋テレビ放送制作 テレメンタリー『全力!青春ダンス~部活とコロナの300日~』より)