慶應義塾大学などの研究グループが、子宮のないメスのサルに別のサルの子宮を移植し、出産させることに成功した。ヒト以外での霊長類の子宮移植の成功は世界初となる。
生後11日、目もパッチリ開き、小さな手足で懸命にしがみついている赤ちゃんザル。生後2カ月を過ぎるころにはミルクも自分で飲めるようになった。
【映像】「頑張ったね…」子宮移植されたサル、帝王切開で出産する瞬間
慶應義塾大学の木須伊織医師は「出産に至ったというのは非常に我々としても自信につながっている。これを(ヒトでの子宮移植の)臨床応用に向けての大きなステップとして考えている」と語る。
木須医師らのチームは、子宮のない女性が妊娠・出産できるよう、ヒトを対象にした子宮移植の実施を目指し、2009年から動物実験を開始した。子宮を摘出したサルに、別のサルの子宮を移植させ、その後、体外受精した受精卵を子宮に移植。今回、2度の流産を乗り越え、子宮移植後のサルの出産に成功した。
「10年以上かけてこの日のためにみんなで頑張ってきた。本当に元気な赤ちゃんが生まれてよかったです。目標は子宮がなくて困っている方に子宮移植をして、なんとか妊娠、出産をしていただくこと。待ち望む声も非常に多いですから、ヒトに向けて準備をしていきたいなと思っています。正直、技術的にはサルで子宮移植をして妊娠・出産させる方がはるかに難しい。ヒトの子宮移植は技術的にはまず問題ないかなと思っています」
実験のサルは3kg程度でヒトと比べても非常に小さく、手術も難しい。また、術後の検査や薬の投与に関してもヒトと違い、スムーズにできるものではない。木須医師らのチームは、技術的にもヒトよりかなり難しいところで子宮移植の成功にこぎつけた。木須医師も今回の出産成功で、ヒトの子宮移植は「技術的には問題ない」と話している。
海外では、すでにヒトでの子宮移植が82例実施され、37人が出産。しかし、生命を維持するための臓器移植ではなく、妊娠・出産を目的とする子宮の移植について、日本国内では慎重な意見もあり、検討委員会で議論が重ねられてきたが、いまだ認められていないのが現状だ。
木須医師は「歯がゆいところはあるが、やはり日本は日本で独自の文化、社会に合った形で十分な議論を進めていく必要がある。焦らずに着実にしっかりと進めていく必要があるかなと思っています」と語る。
「焦らずに」と話す一方で妊娠・出産のひとつのカギとなるのが“年齢”だ。子宮移植を受ける女性の年齢はもちろん、一番のドナー候補である女性の母親の年齢もネックになってくる。
「子宮移植を受ける方もそうですし、子宮を提供する方もやはり年齢というのがひとつのキーになってきます。どうしても年齢制限がありますから、中にはこの議論が長引く過程で、子宮移植の適用から外れてしまってきている人もいらっしゃる。実現の可能性があるのであれば、早く実現させたい」(木須医師)
■「高校生になっても生理がない」ロキタンスキー症候群の娘に子宮をあげたい母親
19歳の娘を持つかおりさん(仮名・40代)も、生まれつき子宮がない我が子のため、1日も早い子宮移植の認可を望んでいる。
「高校生になっても生理が来ない。診察をしたときは本当に青天の霹靂で『膣がない』『子宮がない』と。これからの娘の将来を考えたときに、もう将来が断絶されたような気持ちでした」(かおりさん・仮名)
16歳だった娘に告げられた病名は「ロキタンスキー症候群」。先天的に子宮と膣の全部、もしくは一部がない状態で生まれてくる疾患だ。ただ、卵巣は正常に機能し、女性ホルモンの分泌や排卵もあるため、子宮移植で妊娠・出産できる可能性はある。
「初めて、子宮移植を知ったときは、ああ、なんかこう、一つの可能性として、子どもを産むっていうことが、娘にも可能になるのかもしれないなって。すごくうれしい気持ちでした」
「娘が欲しいと言えば、私は(子宮を)100%あげたいなと思っています。ただ、今(娘は)19歳で、私も50歳に手が届く年齢になって、日本で子宮移植というのが認められるには、あと何年かかるのか。そのとき、自分が何歳になるのか。子宮は果たして、使えるのか」
そんな母の焦る気持ちを知ってか知らずか、19歳の娘さんは「私は(子宮移植は)しないな。だってママ(かおりさん)が痛い思いをするんだから、私はそこまでして子どもを欲しいとは思わない」と明かす。
「今まだ本当に子どもが欲しいという年齢まで達していないので、いつか気持ちが変わったときには、こういう子宮移植という方法があって、やっぱりそれにかけたいなと気持ちが変わったときは、いつでもママは協力するからねって(娘に)言いました」
娘にとって母からの子宮移植がひとつの選択肢になればいい。ロキタンスキー症候群の20代前半の娘をもつユキさん(仮名)も同じ思いを持つ母親の一人だ。
「結婚したいお相手がいて、その方との子どもを産みたいというのは必ずくると思う。そのときのためにもなんとか(承認してほしい)。そしていま現在そうやって悩んでいる方が必ずいらっしゃるでしょうから、ぜひとも日本でも承認がおりて、選択肢をたくさん作ってほしいなと思う」(ユキさん・仮名)
国内での子宮移植をめぐる議論の長期化にもどかしさを感じているユキさん。
「海外はできて、なぜ日本はできないのか。何がそう引っかかるのかなって。母親の(子宮)を提供して、何がいけないのかなって思う。私もう50代前半なんですけれども、娘が20代前半で、あとどれくらい、私自身の子宮が持つのかとか、そういうのを考えると早くしてほしい。まずは国の方で承認を得て、認められることを望みます」
■倫理面の課題「生命維持臓器ではない子宮」
日本国内で議論が長期化している問題の1つとして、前述の木須医師は倫理面の課題について「今まで臓器移植は、その臓器がないと生きていけないから、やむなく臓器移植で命を救っていくものだった。子宮移植の場合、子宮は生命に関わる臓器ではなく、新たな生命を生み出す臓器移植。これまでの生命維持臓器ではないというのが課題として挙げられている」と話す。
また、ドナーの確保をどうするかという問題もある。木須医師は「提供者のリスク負担を考えると亡くなった方からの臓器移植が原則」とした上で、子宮移植に関しては「海外では脳死からの提供も行われているが、どちらかというと、まだ(子宮移植は)臨床研究段階で、生きている方からの臓器提供が多いのが現状」だという。
「日本でも本来は亡くなった方からの臓器提供が原則ですが、残念ながら今の日本の臓器に関する法律では、子宮は含まれておらず、生体間で子宮移植をすることが前提になる。日本では生体間の臓器移植は親族の方の提供が原則になりますので、だいたい母親になることが多くなるだろう。しかし、母親の年齢が50歳、60歳の年齢になり、中には閉経を迎えている方もいる。提供する方も受ける方も年齢は非常に大きな要素で、閉経を迎えた子宮が機能するのかどうかも議論の対象になる」
子宮移植は日本で認められるのか――。議論は大詰めを迎え、先月開かれた日本医学会の子宮移植に関する倫理検討委員会は、次回までに報告書案をまとめるとしている。
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