Fリーグ 立川・府中アスレティックFC対Y.S.C.C.横浜の実況を務めた辻歩氏が興奮気味にこの試合の先制弾を伝えた。辻氏と同じようにその光景を見ていた者、全員が同じように沸いたはずだ。
そんな大きな話題を呼んでいるゴールを決めたのは、今シーズン限りで現役引退を表明した立川・府中のゴレイロ(GK)田中俊則だ。
「まさに記憶に残るゴール」、「こんな展開劇的過ぎ」、「これを今日決めてしまうのは凄すぎ!!」
得点後、試合を中継したABEMAのコメント欄は一気に田中のゴールを祝う言葉で埋め尽くされた。
シーズンはもう少し続くが、今後のキャリアを見据えた本人の希望のもと、クラブと双方合意の上で2021年1月31日をもってチームを離れることが決まっている。そのためこの試合が田中にとってホームラストマッチだった。
9月の開幕戦以来の先発に抜擢されたその試合で、田中はゴールを守るどころかゴールを奪ってみせた。
パワープレー返しでGKが得点を決めることでさえ年に数回あるかどうかというものだか、田中の得点はさらに珍しく、今シーズン生まれた600以上のゴールで初めての形だった。第1ピリオド12分に相手GKの鈴木陽太がハーフウェーライン付近から打ってきたロングシュートをキャッチし、ガラ空きになっていたゴールへパントキックを蹴り込んだ。田中から放たれたボールは右ポストの内側を叩き、そのままゴールネットを揺らしたのだ。
解説を務めた元日本代表の稲葉洸太郎氏は、「滞空時間の長いシュートなら鈴木選手がキャッチできている。ライナー性だったから決まった」とベテラン・田中の好判断によるキックを分析した。“Fリーグ元年”の2007年から14年もの間、第一線で戦い続けてきたからこそなせた技と言ってもいいだろう。
得点後、田中はピッチ内のチームメート全員に飛びつかれ、喜びを分かち合った。またこのとき、ベンチで出番をうかがっていた柴田孝平も我を忘れてピッチの中に入ってしまい、イエローカードを提示されるという珍事も起きていた。だが裏を返せばそれだけ田中がチームで慕われていたということがわかる。
もちろん、GKとして守備でも活躍。失点を1に抑え、ホームラストマッチに自ら華を添えた。
田中のゴールは「アベマFリーグダイジェスト」でベストプレーをピックアップする「イナバ・ウワァー賞」にも選出された。番組内では稲葉氏を通じて視聴者へ田中からのメッセージが代読された。
「チームの勝利に貢献できて、さらにはゴールも決めることができて最高の1日になりました。14年間たくさんの方と出会えて本当に楽しかったです。試合前もチームメートのみんなが“トシ”のためにと長いフットサル人生の中でも忘れられない試合になりました」と振り返り、「唯一の心残りはゴールポストに当たってからゴールに吸い込まれて完璧な得点ではなかったことですね(笑)」と最後までストイックさを覗かせた。
今シーズンも終盤に差し掛かり、これから監督の退任や現役引退のリリースが続々と出てくるだろう。
田中のように長年Fリーグでプレーしてきた選手の勇姿をもう見れなくなるのは寂しいが、こういったドラマを観れるのがシーズン終盤戦の見どころの一つだ。
文/舞野隼大
写真/高橋学