将棋界の天才棋士・藤井聡太王位・棋聖が大活躍する中、新たに熱狂的な「観る将」が芸能界に誕生していた。お笑いコンビ・サバンナの高橋茂雄だ。これまでもバラエティ番組で「将棋好き芸人」として出演する人は多かったが、サバンナ高橋の名はその世界で聞かれてこなかった。それもそのはず、高橋が「観る将」になったのは昨夏だからだ。ただ、その情報量たるや古参のファンやプロも驚くほど。「棋士の方のすさまじさに触れて好きになった」と熱弁する本人に、将棋や棋士の魅力を聞いた。
「将棋が好きになった歴は、めちゃめちゃ浅いんですよ」。インタビュー冒頭、将棋歴を聞かれると、素直にそう切り出した。各方面に豊富な知識を持ち、バラエティ番組でのトークでもその一片を垣間見せる高橋だが、「将棋そのものは知っていましたし、藤井さんがすごいというのも知っていましたが、本をいろいろ読むようになったのは、藤井さんが二冠を取られたぐらいから」と、第2期藤井フィーバーの真っ最中からハマり始めた。
勉強熱心の性格からか、そこから「今までの将棋を知らなかった時間を取り戻すために、受験生ぐらい勉強しています」と、棋士の著書や漫画など読み漁った。「最近読んだのは、『証言 羽生世代』とか、『将棋400年史』とか」と、見るだけでなく「読む将」としても急成長すると、知識も爆発的に増えた。棋力の方は「(アプリの)将棋ウォーズで6級ぐらい」と話すが、YouTubeの動画で共演した将棋親善大使で元乃木坂46の伊藤かりんも「高橋さん、めちゃめちゃ詳しいです。プロの先生も知らないことまで知っていた」と、知識面では既に“有段者”と言ってもいいだろう。
では、なぜそこまでハマったのか。理由の一つは、棋士の世界が実に狭き門であることだった。「僕も一応、プロの芸人という世界に身を置いているんですけど、僕らの世界と将棋の世界を比べた時に、プロの棋士になること、その域に達することがどれだけ厳しいかに驚いたんです。たとえば芸人は、吉本ならNSCという学校に行けば、なんとなく『芸人』と名乗れる。年間、何百人と製造されるわけです。でも将棋は年間、たったの4人じゃないですか。その狭き門を幼い頃からこの道と決めた人しかくぐれなくて、奨励会の三段リーグを命がけで突破した人しかなれない。棋士になる時点でめちゃくちゃすごい人たちで、そのピラミッドの中で、全く運が関係しない2人だけの盤上の勝負を繰り広げている。すごいですよね」と、一息で言い切った。
高橋が話したように、将棋の世界は全国の“天才少年”が集まり、プロの養成機関である「奨励会」に入会、最上位の三段リーグを勝ち抜いたものだけが四段昇段、プロになれる。その数は、一部の例外を除いて年間わずか4人。26歳までに四段昇段できなければ、強制的に退会にもなる。年齢制限までついている、実に狭き門だ。無数にいるお笑い芸人から売れっ子になるのも大変ではあるが、「棋士」と名乗ることすら簡単には許されない世界に憧れを抱いた。
実際に棋士のすごさを体験したこともある。女流王座戦の対局で、瀬川晶司六段の誘いを受けて検討室に入った。対戦していたのは西山朋佳女流王座と室谷由紀女流三段。検討していたのは先崎学九段と鈴木大介九段だった。「プロの方って、それこそドラコンボールの超サイヤ人なんですよ。盤上の戦いも超サイヤ人なら、その内容を超サイヤ人が検討しているから、外国に来たみたいにわけがわからなくて。でも、それがまたおもしろいんです!」と、異世界に飛び込んでしまったような感覚に襲われた。さらには「僕が『これってどういうことなんでしょうか』って聞くと、急にブーストを解くというか、体から放っているエネルギーを人間並に抑えて、僕らレベルに下りてきてくれる。それがまた超人な感じがしたんですよ」と、ドラゴンボール風に言うなら「気」をコントロールしてくれたことにまた驚いた。
また、ステージ1回を数分で勝負するお笑い芸人に対して、1日10時間以上の対局も日常茶飯事ということにも驚く。「たとえば対局を朝10時から見始めても、僕も仕事に行くから見られへんなと思うわけですよ。仕事行って、昼飯食って、もう1個仕事して、大好きなサウナに行って、水風呂も入って、ビール飲んで…ってそこまでしたのに『まだ対局やってるやん!』みたいな。棋士の体力、集中力がものすごいですよね」と、別角度でも尊敬の念を抱いた。
ここまでハマると、真剣勝負を繰り返す棋士のプライベート、意外な一面を見た時に、さらにおもしろくなる。まさに「観る将」のお手本のようなパターンだ。昨年11月、「将棋の日」のイベントがYouTubeで配信された時のことだ。藤井王位・棋聖と永瀬拓矢王座という仲良しコンビのやり取りが、ツボに入った。「永瀬王座が藤井さんに『よくお昼ごはんに肉豆腐(キムチ)を頼まれます。苦手なきのこが入っているのに選ばれるのはなぜですか』とか聞いたんですよね。そうしたら藤井さんが『肉豆腐(キムチ)のきのこは端によっているから避けやすい』と答えていました。これを真面目に語っているのがむちゃくちゃおもしろいんですよ」。
日々チェックをしている将棋ファンであれば、ニュースにもなっているこのエピソードは知っている。ただ“本物”の観る将は、ここで止まらない。「僕はこのやり取りが気になりすぎて、肉豆腐(キムチ)を出しているお店、『鳩やぐら』に行ってみたんですよ。めちゃくちゃうまかったんです。それでお店の人と話したら、今は藤井王位・棋聖の話があった後、きのこを糸こんにゃくに変更できるようになっているみたいで。他の方も知っているみたいですが、藤井さんが知らなかったら、ぜひ伝えたいんですよね」と、現場に足を運び、取材までする熱の入れっぷりだ。なお、竜王戦2組ランキング戦で藤井王位・棋聖と阿久津主税八段が対戦した際、関西将棋会館に入っている「イレブン」の名物メニュー・珍豚美人を2人とも同時に頼んだことも気になり、この店にも訪問、実食した。
急成長した観る将・高橋は、昨年の将棋界を大いに賑わせたプロ初の団体戦「第3回AbemaTVトーナメント」も後追いでチェックした。フィッシャールールによる超早指しに、棋士の素顔が見られる動画、会議室での様子は、とても観る将向きだとお気に入りだ。発表されたばかりの「第4回ABEMAトーナメント」でも、再びドラフト会議が行われ、今年は藤井王位・棋聖、羽生善治九段が初めて指名をするという注目ポイントもある。「今まで自分しか背負っていなかった人たちが、団体戦で戦ったらこんなにおもろいんだと思うと、企画考えた人、天才だなと思いますね。なんならドラフトが『大サビ』かってぐらい楽しみです」と期待は膨らみ、取材時には予想も披露した。
最近では、自身のYouTubeでも棋士たちとのコラボ動画も展開している高橋。これまでの「指す将」だった将棋好き芸人とは異なり「観る将」代表として、どんな形で魅力を伝えていくか。将棋ファンならずとも注目のコンテンツを生み出していくことは“必至”の状況だ。