青木真也が、早くも今年2度目のMMAマッチに臨む。4月29日、主戦場ONE Championshipが“MMAの首都”アメリカのゴールデンタイムに合わせて開催する『ONE on TNT』である。試合間隔は3カ月。37歳のベテラン選手としてはかなり短い。だが青木はこともなげに「暇だから。格闘技くらいしかやることないし。好きで楽しいからやるだけですよ」と言う。
しかし楽しい=趣味ということではない。あくまで仕事だ。仕事は断らない、決まった仕事に穴をあけない。それが青木真也が教わってきた「仕事観」なのである。対戦相手は、元UFCファイターのセージ・ノースカットだと発表された。しかし4月に入り新型コロナウィルス感染症の後遺症で欠場に。かわりに決まったのがエドゥアルド・フォラヤンとの試合だ。もともとフォラヤンは秋山成勲と対戦予定で、こちらも秋山の負傷欠場で試合が宙に浮いていた。
両者はONEライト級タイトルマッチで2度闘い、1勝1敗。初戦はフォラヤンがTKO勝ち。2戦目は青木が一本勝ちを収めている。急きょ決まったカードだが、興味深い“決着戦”でもある。
1勝1敗、つまり1度は敗れている相手。闘うかどうかに関しては慎重になってもおかしくないが、即答なのが青木らしい。相手が誰かではなく、北米向けということも意識せず、重視しているのは「青木真也が試合をやる」ということ自体。青木真也を表現するのが仕事ということだろう。
青木はよく「芸事」という言葉を使う。闘って勝った負けただけを争っているのではないし、といって勝つために妥協は一切なく、と同時に試合前のプロモーション、試合後のマイクアピールやコメントなどすべて含めて“創る”ことが大事なのだ。青木の目には今の格闘技業界が(マスコミ含め)大量生産、大量消費に見える。だからこそ“創る”ことにこだわる。
その“創る”作業において絶対に欠かせないのは「強さ」だ。どこで試合をするか、誰と試合をするか、観客動員はどのくらいか、どれだけ稼いだか。そうしたことよりも、まず強くなければ。
「去年12月に、アントニオ猪木さんにたまたまお会いして話をさせてもらって。強さを大事にするというのは猪木マインドですよ。IGFでそこに触れたのは僕にとって大きかった。
MMAでも強さが出ない試合ってあるんです。要は競技的な強さなのかメンタル的な強さ、人としてのタフさなのか。格闘技の競技的な強さを見てるだけでは、そこに厚み、深みはまったくないですよ。ONEもアスリートの世界みたいですけどね、俺はアスリートじゃないから」
もちろん試合をすること自体が楽ではない。練習はキツいし精神的にも追い込まれる。正直に言えば怖い。試合の2週間ほど前になると「自傷行為に走りたくなる」ほどだと青木は苦笑する。にもかかわらず、格闘技が好きでやっていると言い切る。前回の試合のテーマ、キャッチコピーは「幸せな時間がくる」だった。今回は「好きなことで、生きている」だ。
「好きなことやるのが楽しいっていうだけだったら、俺からするとバカですよ。好きなことやるのは苦しくもある。幸せには裏があるんでね。幸せって楽なことばかりじゃねえんだよと。怖いのに幸せなのがなぜか、それが分からない人は客にしてないです、俺は」
仕事以外では外出しないという青木の唯一の趣味と言えるのがサウナだ。現在のブーム以前からの愛好者として、オススメのサウナを聞かれたら「家か職場の近くのすいてるサウナを探すこと」と答える。
「サウナって苦しいことをやってるわけでしょ」と青木。確かにそうだ。好き好んで高温の部屋に入り、ダラダラと汗を流す。頭がボンヤリしてくる。けれどギリギリまで耐えて飛び込む水風呂の快感は、ちょっと他では味わえない。
「苦しいことから解放されるのがいいってことですよね。その人にとって何が気持ちいいかっていうことで。俺にはこれが気持ちいい。格闘技も一緒。結局、俺は快楽に貪欲なんですよ。世の中を変えたいとかじゃなくてね、自分の気持ちよさを追求したいだけ」
格闘技の試合に向かう日々は苦しいし怖い。しかしそこで自分を表現し、苦しみから解放される快楽はやはり他にはないものなのだ。苦しさと幸せは両立する。むしろ苦しければ苦しいほど快楽は増す。だから中途半端なところで妥協はできない。それが青木真也の「芸事」だ。
「なんて言われたって後ろ指さされたって“上等だ”って生きていくしかないんだから」
来月で38歳。青木真也は自分だけの“芸”を磨き、創り続ける。
文/橋本宗洋