「家庭は居場所ではないという思いがあった」13歳で覚醒剤、33歳で逮捕…“ヤクザの娘”が更生するまで

 竹田淳子さん(50)は、父親が暴力団員、母親がストリッパーという家庭に生まれた。「『仁義なき戦い』みたいなヤクザ映画が流れていたり(笑)。おかしいなと思ったのは、ゴルフバックの中に日本刀が入っていたり、イカサマするためのサイコロがあったり。拳銃を磨いていたこともあった。今でこそ笑って話せるが、“他の家庭に生まれていたら”と思うことは何回もあった」と振り返る。

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 「小学生の頃は父と離れて暮らしていたが、“ヤクザの娘”と言われて肩身の狭い思いはした。中学生になって父と一緒に暮らすようになってからは、いじめられるということはなかったし、むしろ優越感に浸っているようなところもあった」。

「家庭は居場所ではないという思いがあった」13歳で覚醒剤、33歳で逮捕…“ヤクザの娘”が更生するまで

 4年生の時には母に捨てられ、施設で暮らしたこともあった竹田さん。中学1年生になると再び父、そして継母と暮らし始める。しかしその直後、13歳にして覚醒剤を経験してしまう。

 「覚醒剤を小分けしているのを何度も見るようになって、どうしてもやりたくなって、一つくすねた。“それをやったら死んじゃうんだぞ”と言われたが、バレたら怒られるし、やるんなら家の方がいいだろうと言って、若い衆を半ば脅すような形で打ってもらった。飲酒に関しては母親に勧められて、タバコとシンナーに関しては不良仲間とつるむようになって。

 父親にも母親にも反抗する気持ちがあったし、警察官に“ヤクザの娘だからな。ストリッパーの娘だからな”みたいなことを言われたこともあった。家庭は自分の居場所ではないという思いがあったし、ダメと言うなら、代わりに生きられる道を教えてよと思っていた。だから今になってみると、“寂しさを埋める”ためというとおかしいが、死ぬか、それとも覚醒剤をやるかみたいな二択だったと思う。自分の人生はどうなってもいいという思いと、SOSの思いの両方があったと思う」。

「家庭は居場所ではないという思いがあった」13歳で覚醒剤、33歳で逮捕…“ヤクザの娘”が更生するまで

 竹田さんは33歳の時に逮捕、執行猶予中に詐欺で逮捕され4年間服役 。40歳を過ぎた頃、起業や心の勉強を始めたことを機に、更生できたのだという。

 「出所後にガンに罹り、息子に“長生きしてね”と言われたことも大きい。なんとしてでも生きないといけないと考えた。そのためにも、薬物をやめるということと、生活を夜型から昼型に変えるということを目標にした。それまでは“ヤクザの娘”と言われることに対して“仕方ないな”という諦め、ネガティブな感情もあったが、それでも生きていくというポジティブな感情に変えるようにした。すると、少しずつ周りが好転していった。社会復帰はなかなか大変だったが、信じてくれる友達、“ヤクザの娘は関係ないよ”というお友達を泣かせたくないという思いもあり、まともに生きようと思った」。

「家庭は居場所ではないという思いがあった」13歳で覚醒剤、33歳で逮捕…“ヤクザの娘”が更生するまで

 現在は風俗嬢専門カウンセラーとして風俗で働く女性たちをサポート、さらに自立準備ホームを運営し若者の自立、社会復帰の支援を行う。

 「当事者たちを温かい目で見てもらうということももちろんだが、本人がへこたれないということも大事だ。そのためにも、誰かの応援が必要だ。私自身、覚醒剤をやったり、服役したりしたことを息子に責められると思っていた。しかし息子は責めなかった。ものすごく我慢をしたと思う。大人になった今は“しょうがなかったよね”とも言ってくれている。色々なことがあったが、過去の経験を活かしたこの仕事は私にしかできないと思っているし、それはあの両親のもとに生まれていなければ、そういう環境にもならなかった。今は両親のもとに生まれて良かったなと思う」。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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