今年2月、大型研究船「白鳳丸」が東京湾を出港。目指すのは「亜熱帯モード水」が作られる海域だ。研究調査チームを率いるのは、東京大学・岡英太郎准教授(海洋物理学)。去年延期になった航海が、ようやく実現した。
亜熱帯モード水は世界5カ所で確認されている。日本近海のものはトップクラスの大きさで、この巨大な水の塊が吸収する二酸化炭素は1年に約8億トン。これは、アマゾンの森林が1年で吸収する二酸化炭素の3分の2の量に相当する。
地球温暖化の要因の一つとされる二酸化炭素を亜熱帯モード水が大量に吸収し続けているとわかったのは、わずか10年ほど前。その全貌は掴めていない。最近では、吸収する二酸化炭素の量が減っている可能性も指摘されている。今回は、その実態解明を目的とした初の大規模調査となる。
出港から7日目、2013年の噴火から成長を続ける西之島付近に到着。この辺りから亜熱帯モード水が作られる海域で、機械を使い水深2000メートルまでの海水を採取する。ところが、海は再び大荒れとなり観測は一時中断となった。
「荒れるから(亜熱帯モード水が)形成する」と岡准教授。この海域には、黒潮によって暖かい海水が運ばれる。二酸化炭素は水温が低いほど水によく溶けるため、黒潮に多くは含まれない。そこに冬の冷たい季節風が吹きつけて海が荒れ、運ばれてきた海水は急速に水温が下がり、二酸化炭素を多く吸収できるようになる。冷えた海水は重くなり、二酸化炭素を含んだまま深くまで運ばれる。深さ数百メートルにまで達し、徐々に混ざることで水温が一定になったもの、これが「亜熱帯モード水」だ。南極などの常に冷たい海水はすでに大量の二酸化炭素を含んでいて、多くは吸収できない。
出港から9日目の観測直後、観測されたグラフには海面から深さ300mまでほぼ同じ温度であることを示す直線が描かれている。ついに亜熱帯モード水に辿り着いた。採取したこの水は大学へと運ばれ、含まれる二酸化炭素の量などが調べられる。今回の航海の目的のひとつ、2年間自動で観測ができる機器5台も海に配置することができた。
航海から1カ月後、水温のデータが届いていた。亜熱帯モード水がある海域の水温100年分のデータを見ると、乱高下しながらも100年で約1度上昇していることがわかる。今回観測されたデータは、亜熱帯モード水の上昇傾向を裏付ける形になった。研究者の多くは、地球温暖化が水温を押し上げているとみている。
地球温暖化がさらに進めばどうなるのか。まず、寒気が弱まって、海水を冷やす力も弱まる。すると、作られる亜熱帯モード水が減り、吸収される二酸化炭素も減少。温暖化が今以上に加速する恐れがあるという。岡准教授は「僕らは海のことをよく知らない。現実に、海がとんでもない量の熱をどんどん蓄えている。未来のために今の海を調べる。理解して次の予測に繋げる」と話した。
亜熱帯モード水については、北大西洋も調査が進められているが、南半球にある3カ所についてはほとんど調査が進んでいないという。白鳳丸の調査に同行したテレビ朝日社会部の川崎(崎は正式にはたつさき)豊記者は「日本の近くで亜熱帯モード水ができることはわかっているが、それが大気に戻っていくのか、海を広がっていくのか。一説には赤道付近まで広がっているのではないかという話もあるが、その一生についてはわからないことが多い」と説明する。
亜熱帯モード水の全容がわかれば人も作り出すことができるのか。岡准教授の計算によると、日本近くの亜熱帯モード水を陸の上にならしてみると2m近い高さになり、この膨大な量の水を作り出したり温度を変化させたりするのは人間の力では到底難しいという。
日本のみならず世界に影響を与える可能性のある亜熱帯モード水。その研究の行く末について川崎記者は「1960年代に亜熱帯モード水の存在が見つかった頃から50年以上、東経137度線に沿って海水の温度を測り続けていたという調査があったからこそ、今回の温暖化している傾向もわかった。亜熱帯モード水を通じて大量の二酸化炭素の行き先がわかると、日本や世界が目指している2050年カーボンニュートラルの前提となる、地球全体の二酸化炭素の収支に変化が出る可能性がある。このシステムの全体像がなるべく早くわかるように調査が続けられることが必要だ」との見方を示した。