やはり、この男はモノが違った。LDHのグループ会社・LDH martial artsとの契約をかけた『FIGHTER BATTLE AUDITION』参加者の中で、ただひとり所属格闘家として参加していたのが中村倫也だ。
レスリングで全日本2連覇、U-23世界選手権優勝など数々の実績を誇る。オリンピック出場はならなかったが、実は最初からMMA志望。父が経営する会社が総合格闘技ジムのオーナーだったため、幼い頃からジムが遊び場、格闘家たちが「遊んでくれるお兄ちゃん」だった。
LDH martial artsとの契約は既に決まっていたが、そのポテンシャルが本物である事を証明する為、LDH所属格闘家となって最初の試練として同世代が集まるこのオーディションへ参加。実力は勿論、言動でも模範となる事を命題とされる中でのチャレンジだった。各審査は厳しいものだったが、自分が先頭に立たなければという思いも強かった。
「ただ、その気持ちが足かせになるようなら捨てようとも考えてました。結果として、足かせにはならなかったですね」
最終審査となる試合では“外敵”新井拓巳と対戦した。新井もレスリング出身で、先にMMAの道へ。すでに実績もあるだけに格上と言ってもいい。
「負けたらどうなるか。正直プレッシャーはありました。ただそれを力にすることがでしましたね。これまでしてきた悔しい経験があるからこそだと思います」
負けたら他の選手に所属を譲る。そんな覚悟で臨んだ試合、中村は予想を遥かに上回る動きを見せた。レスリング勝負、もしくは新井がMMAでのキャリアを活かして打撃で主導権を握りにくると思われたのだが、そうならなかった。打撃勝負を挑んだのは中村のほうだったのだ。
「総合格闘技なのでなんでもやるつもりでいました。その中で、相手の反応を見ているうちにイケるんじゃないかなと」
まず目立ったのはジャブだ。ジャブでリズムを作ることは最初から意識していたという。そこから左のストレートへ。相手を金網際に追い込み、最後も左。わずか1ラウンド42秒の勝利は衝撃的だった。文句なし、契約選手の力をこれでもかと見せつけ、オーディションとしても「合格」が告げられた。「なんでオーディションに参加してるのか明白にしたかった」という試合で、中村はそれを成し遂げた。
この『FIGHTER BATTLE AUDITION』に参加することで、大型ルーキーがさらに成長したという面もあるようだ。中村は言う。
「過酷な合宿も含めて他ではできない経験をさせてもらいましたね。それに、ここには本気で世界一を目指す仲間がいる。普通、やってくうちに自分のレベル、世界のレベルが分かってくると簡単に“世界一を目指す”とか言えなくなるもんなんですよ。でも『FIGHTER BATTLE AUDITION』の仲間たちはそれが言える。強いエネルギーを持った人間たちと一緒にいられたのは本当に大きい」
年内にはプロデビューしたいという中村。LDH主催の格闘技イベントもプランされているようだが、まずはどこかしらの団体に乗り込むことになる。
「そうですね、刺しにいきます(笑)」
今度は“LDHファイター”としての闘い。本人は「僕まだ新人ですよ」と言うものの、相手側からは当然マークされるだろう。だがそうした要素をすべて飲み込んで前進するだけの器も、中村にはありそうだ。
「試合で打撃をクリーンヒットされた時にどうなるか。まだその経験がないので分からないところもあるんです」
現時点でそう冷静に分析できるのだから相当なものだ。ピンチになっていないことが自分の課題だというのである。
「でも、キャリアを終える時にもそう言いたいですけどね。“結局ピンチにならなかったなぁ”って(笑)」
中村倫也の登場は、2021年の日本格闘技界にとって最も重要な出来事の一つになるのではないか。
文/橋本宗洋