環境保全のため、自動車の排出ガス規制は年々強化されている。気候変動を食い止めるため、世界で進む排出ガス規制。しかし、この動きが思わぬ業界に影響を与えている。
「1年間通すとなると、規模にもよるがおそらく100万円前後、先生方は持ち出ししているかもしれない」
こう嘆くのは、佐賀県にあるあらい歯科医院の新井良一院長。排出ガス規制と歯医者――一見何の関わりもないように見えるが、実は深い関係があった。
排出ガス規制をクリアするために、自動車に「排ガス浄化装置」という装置を組み込んでいる。この装置を作るうえで欠かせないのが「パラジウム」という金属。いま世界各国の需要拡大に伴い、このパラジウムの価格が高騰している。
パラジウムが実は「銀歯」の材料にもなっている。歯科医院で虫歯の治療に使われる銀歯だが、原材料は銀だけではなく金、銀、パラジウムなどからなる「金銀パラジウム合金」、通称「金パラ」という合金から作られている。パラジウムの価格高騰により、この金パラの価格も上がっているのだ。
「我々のネットワークでも『また金パラがあがったね』とあいさつ代わりみたいに」(新井院長)
金パラの価格推移をグラフで見てみると、2021年4月では、実際に取引がされた金額を調査した「実勢価格」が30gで9万6558円だったのに対し、保険などから回収することができる「公定価格」が8万40円となっている。買い値より売り値が安くなっているのだ。
一般的に歯科医院は、元となる金属を業者から市場価格で購入する。その金属が加工されて銀歯として患者に提供されるが、歯科医院が銀歯の材料費として回収できるのは公定価格として定められた額のみ。つまり、銀歯で治療すればするほど歯科医院の材料費としての赤字は増えていくことになる。
この公定価格は、金パラの実勢価格に合わせて定期的に価格が調整されるが、今年10月までは価格据え置きがすでに決まっている。
「価格が高騰すると、高く買って安くお客さんにという“逆ザヤ”の状況で、補てつ物(詰め物など)の頻度が高ければ高いほど影響してくる」(同)
あらい歯科医院でも、銀歯治療の材料費として年額77万円もの赤字が発生しているという。
「従業員さんのお給料を削減するわけにはいかないし、先生たちのほぼ持ち出しと考えていただいていいと思う。歯科診療所が倒産に至るところまであるのかどうか定かではないが、差が高額になってくるとどこにしわ寄せがくるか…」(同)
そうなると、気になるのは患者側の負担だ。公定価格が定められている金パラを使った銀歯治療の場合では、患者側が負担する金額は材料費には左右されない。材料費で医院側が赤字となる場合、銀歯での保険診療をやめ、利益につながる高額な自費での治療を患者にすすめる可能性はあるのだろうか。
「我々歯科医師のモラルとして、そこまで誘導することはないと思う。やはり患者さん方が求めるアメニティー、審美的な問題でいい材料を使いたいという患者さんであれば、そういう要望には応える。ある程度安定価格、例えば国が安定するように施策をしていただいて、安定的に歯科診療所に提供できるようなシステムを作っていただく。そういうふうにして、相場の変動に関わらないという仕組みを作っていただければベストではないかなと。上限を設けてもいいと思うが、決め方は議論しなければいけない」(同)
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