今月に入り、週刊誌の“隠し撮り”行為に苦言を呈する著名人の投稿が相次いでいる。今月3日、ある俳優が雑誌名を挙げ“子どもを撮影して記事にするのは許せない”などとInstagramに投稿。7日にはお笑い芸人がプライベートを脅かすような取材方法をめぐって“気持ち悪い”などとTwitterに投稿した。

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 「日本エンターテイナーライツ協会」の共同代表理事を務める佐藤大和弁護士は、「芸能人の私生活上の行為を無断で撮影するのはプライバシー侵害に当たると考えている。やはり業界で何かしらのルールを設けることが必要だし、それが難しいのであれば、法的な規制を作っていくべきではないか」と話す。

■「不倫報道に公益性は無い。読者に任せればいいというのは無責任ではないか」パックン

 19日の『ABEMA Prime』に出演したお笑いタレントのヒコロヒーは「実は私の家の前にも、白いバンが張っている。“私のことを張ってどうする?”と思うが、“タバコ吸わんどこ”という、ある種の“抑止力”になっている部分はある(笑)。もちろん書かれたら“なんやねん、全然違うやん”と思うが、それでも他の芸能人のゴシップは好きだし、“そうなんや~”って思いながら見てしまう。そういう、下世話な部分がないという人の方が少ないのではないか」と複雑な心境を語る。

 また、かつて誤報を流されたこともあるというパックンは「例えば安倍政権に関する週刊誌の調査報道によって国民が助かった面はあるし、消費者や有権者にとって有益な情報であればガンガン発信していただきたい。しかし報じられた瞬間、本人がどんなに否定したとしても、全てが“推定有罪”になってしまう面があることも事実だ。報じられた人は大きな犠牲を払うことになるし、場合によっては離婚、解雇、さらには社会的な制裁を食らってしまうことになる。

 読みたい人が世の中にいるのは確かだし、売れるのも間違いないが、特に不倫報道に公益性があるとは思えないし、それによって儲けるのはどうなのだろうか。世界で最も言論の自由が守られている国から来た僕としては、規制には反対だ。でも倫理上、どこかで取材対象などについて線引きをする必要があると思うし、読者に任せればいいというのは無責任ではないか」と疑問を呈する。

 著名人といえど個人情報やプライバシーが尊重され、“有名税だから”では決して済まされなくなっている時代。報じられた後のSNSによる影響力も甚大だ。雑誌のスクープ報道のあり方について、関係者はどう考えているのだろうか。

■「不倫報道は、いわば人間の“業”の肯定。昨今の世間の傾向が極端だ」元『週刊文春』中村竜太郎氏

 『週刊文春』(文藝春秋)の元エース記者の中村竜太郎氏は「実はパパラッチ的な記事は“写真週刊誌”の方がメインで、かつては『FOCUS』(新潮社)や『Touch』(小学館)、文藝春秋からも『Emma』といった雑誌を読むと、芸能人のゴシップなどで埋め尽くされていた。しかし『FRIDAY』がビートたけしさんたちに殴り込まれた事件をきっかけに、それまで100万部単位で売れていた写真週刊誌への風当たりが強くなり、出版部数でも低迷しているのが現状だ。残っているのも『FRIDAY』や『FLASH』(光文社)くらいしかない。

 一方、政治からスポーツ、芸能まで、一般大衆が興味ある話を包括的に報じるエンターテインメントが週刊誌だ。『週刊文春』のスクープが皆さんの期待や批判を集め、“文春砲”というネットスラングで呼ばれるようになり、ある意味では週刊誌のバリューが上がっているのだろうが、僕は『週刊文春』が報じている内容には公益性があると思っている。読者には見えない部分かもしれないが、実は編集部内でも、そのことについては常に議論をした上で報じるかどうかを決めている。

 ただ、その基準は時代背景や編集長の方針によっても大胆に変わってくる。ある女性タレントのスクープによって“文春砲=不倫”みたいなイメージが付いてしまったが、かつては“こんな不倫の話がありますよ”とネタを出しても、編集長に“そんなの大人が好きでやっているんだから”と却下されていた時代もある。当然、取材対象者の基準も変わってくる。最近ではインフルエンサーと呼ばれるYouTuberやTikToker、あるいは新進の起業家などの社会的影響力は飛躍的に増大しているわけで、そういう方々がSNSを通じて悪意ある発信をしたり、株のインサイダー取引など利益を誘導するために巧妙に仕掛けを作ったりしているケースについては、やはりターゲットになっていい。

 そして不倫報道については、“身近にもあるよね”という、いわば人間の“業”の肯定でもあって、おおらかに見てあげて良いんじゃないかと思う。むしろ目くじらを立てることの方がおかしいし、ましてやSNSで攻撃して引きずり下ろし、スポンサーが離れていく…というような昨今の世間の傾向が極端だ。

 とはいえ、最近あるタレントさんが写真週刊誌に追いかけられて問題になったケースについては、取材する側は本人の様々な事情も把握している以上、慎重に対処しなければならなかったと思う。僕も“直撃取材”をしたことがあるが、お子さんが近くにいる場合は一切声を掛けないようにしていた。そういう気持ちの部分は記者個人の判断ではあるが、特に今の時代において求められるところだろう」。

■「クズはクズなりに論理や倫理もある」元『FRIDAY』加藤晴之氏

 『FRIDAY』(講談社)の編集長などを歴任したフリー編集者の加藤晴之氏は、次のように話す。

 「僕が編集部にいたのは1998年頃のことだが、当時は今よりも無法地帯だったような気がするし、ご迷惑をおかけした人には申し訳ないと思っている。“プライバシー侵害だ”と言われればその通りだっただろうし、法廷に立たされれば負けることの方が多いだろう。そして言論の自由があるから何をやってもいいんだ、ジャーナリズムなんだと正義を振りかざしたり、威張ったりする気はない。

 それでも週刊誌をやっていた人間として発言をすると、自由主義社会である以上、ゴシップの世界もあっていいのではないか。全てを“プライバシー侵害だ”と裁いていては息苦しい社会になってしまうと思う。要は程度の問題で、迷惑だという人がいれば遠慮しないといけないと思う。ご批判は後で受けるわけだし、グレーなところもあっていい。

 その意味では、報道する側とされる側の間でもっとコミュニケーションがあってもいいと思う。例えば僕が『FRIDAY』の編集長だった頃、『おぅワイや!清原和博番長日記』という名物連載があった。清原さんをパパラッチのように追いかけて撮った面白い写真に、“ワイや”で始まり、“以上、清原調でお届けしました”で終わる文章を付けたもので、本人は当初、メチャクチャ怒っていた。しかし次第に面白がってくれるようになって、“そもそもワイとは言わない、ワシだ”とか、間違いを訂正してくれることもあった。そして、最終的には本になっちゃった。

 そして、人の不倫なんてどうでもいいじゃないか、というのもその通りだと思う。しかし線引きを作ったり、ましてや法律で決めてしまえば退屈な国になるし、社会が“無菌状態”になりすぎてしまう。一方で、ウケるからとにかく載せちゃおうと野放図にやっているかといえば、そういうわけではない。記者、デスク、編集長がそれぞれ公益性・公共性を考え、表現の仕方や報じられる側とのコミュニケーションも含め、皆さんの想像以上に真面目な議論をしている。あとは受け手側がどう判断するか、ということで良いと思う。僕は自分がやっていたことの自己正当化をするつもりはないし、むしろクズみたいな人間だと思っているが、クズにはクズなりに論理や倫理があるということだ」。

■「編集長クラスは顔と自宅の住所を出しては」元ZOZO広報責任者・田端信太郎氏

 オンラインサロン『田端大学』の田端信太郎氏は「この問題の背景にあるのは、報じられる側がSNSを使って発売前に“スクープ潰し”の反論ができるようになったこと。そのカウンターパンチとして、今度は雑誌側のデジタルで発信が強くなっているというところがある」と指摘。

 その上で、「政治家や、税金で飯を食っている人が取材対象になるのはいいと思うし、上場企業の役員になるとグレーではあるが、それでも不倫している事実があるのに報じられなければ、もしかしたら仮想敵国の情報機関がそれをネタに脅すようなことも可能性としてはゼロではない。また、『食べログ』の有名レビュワーが飲食店側と癒着してるんじゃないかという疑惑を『週刊文春』が報じた時、“こういう人も文春砲を食らうんだ、有名人の範囲が広がったな”と感じたが、『食べログ』のユーザーにとっては公共性というか、サービスの機能そのものに関わる話なので、報じた意味はあっただろう」とコメント。

 さらにライブドアでは「livedoor ニュース」を統括、ZOZOでは広報担当も務め、報じる側、報じられる側の双方を経験から、「新聞社や出版社からもらった記事を拡散する立場、そして広報責任者として会社の業績や前澤友作さんの女性関係について報じられる立場、その攻める方と守る方の両方の立場から考えても法規制はあり得ない」と指摘。

 「『週刊文春』の新谷学編集長(当時)と対談させてもらったときに印象に残っているのが、“書いた相手が自殺してしまう可能性を頭の片隅に置きながら、それでも書く”という意味の言葉だった。そのくらいの“美学”というか、自分たちは間違ったことはしていないという覚悟でやっているということだろう。その意味では、有名なメディアの編集長クラスは顔と自宅の住所を出して、“何かあったら来いや”くらいのスタンスにした方がいいのではないか。また、テレビやラジオの場合、異議申し立てができる自主規制の機関があるが、雑誌にはそれがないので、読者はスポンサーの商品の不買運動をするとか、“くだらないことを書いてるんじゃないよ”とメールや電話をしまくるということをしても良いかもしれない。『週刊文春』に不倫疑惑などが報じられた山尾志桜里議員の場合、選挙で当選して国会に戻ってきた。これも、最終的に読者が判断したという一つの事例だと思う」と話していた。

 また、慶應義塾大学特別招聘教授でドワンゴ社長の夏野剛氏は「誰かと誰かが付き合っているとか、そんなの個人の自由だし、どうでも良くないかと思う。報じる必要もないだろう。ただし、これは読者の鏡になっているということ。マイナンバーについてはプライバシーを問題にする割には著名人のプライベートを知りたがり、不倫をしたとか、何か悪いことをしたとか報じられると、嫉妬混じりに喜んで見る風潮がある。結局は売れなくならない限り、そういう報道は消えないのだろう」と切り捨てた。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

伝説の編集長&敏腕記者に聞く週刊誌報道
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