大坂なおみ選手がテニスの4大大会、全仏オープンを棄権し、うつ状態にあることを公表したことが、世界中に波紋を広げている。
【映像】「アスリートはサイボーグではなく人間」米ワシントン・ポストの掲載内容(30秒ごろ~)
31日付の米ワシントン・ポストは「アスリートはサイボーグではなく人間だ」とした上で、主催者側の大坂選手への処分や、4大大会からの追放を示唆した発言について「脅しや厳しい命令のようだ」と批判した。そして、大坂選手の棄権で大会側が失ったものの大きさを強調した。
大坂選手による会見拒否の表明からうつ告白と棄権までの一連の動きについて、明星大学心理学部准教授で臨床心理士の藤井靖氏は「もちろんプロスポーツと会見はセットであり、あり方は問われるにしても基本的に『会見を受けなければいけない』というのが正論だろう。しかし、この間の大坂選手のSNSを通した発信などを見ていると、考えが整理されていなかったり、混乱していたり、精神的に追い込まれている印象を受ける。本人が表現している“depression”がうつ病なのか、うつ症状なのか、あるいはうつ状態なのかは定かではないが、苦しい立場に置かれているのは確かだと思う」とした上で、「大坂選手がメンタルヘルスの不調を告白したことで、世論の流れが一気に転換した。これに一つの違和感を持った」と疑問を呈した。
「最初に会見拒否を表明した際には『プロなんだから会見を受けるのは当たり前じゃないか。何をワガママを言っているんだ』『甘い、未熟だ』と正論をもって直接的に批判され叩かれる空気感があった。しかし、そのあとに“うつ’”に悩まされてきたことを告白し、棄権した途端、大坂選手を取り巻く環境の潮目が一気に変わったように思う」
「この手のひら返しは、社会におけるメンタルヘルスの不調に対する根底の考え方がまさに表れたものではないかと感じる。つまり、“精神疾患(または類する状態)である”となると『それは仕方ない』『専門家に任せるしかない』『休むしかないよね』『治療が大事だよね』と、突然全部を肯定して受け入れるような。しかし、ある種の思考停止が起こって、社会的活動からは切り離して突き放すような対応にも見えてしまう」
「非難して『甘えだ』という叩く対応と『病気だから療養してください』という全受容的な対応との“中間”をもっと大事にする必要があるのではないか。その人を取り巻く環境が変わらなければ、仮に専門的な治療を受けて戻ってもまた同じことが起こってしまう。どのような環境を作り、どのように接するか、というのは考えるべき大事なことの一つだ」
では、精神の不調をきたした人たちに、周囲や社会はどのように接していけば良いのだろうか。藤井氏は、まずは先入観やイメージに囚われない理解が重要であるという。
「『仮にうつ病だったらこんなに活動できるはずない』『こんなに攻撃的なうつの人はいない』などという誤解も目にするが、例えばうつ病と一口に言ってもいろいろなタイプがある。気分の落ち込み方でいえば、常に気持ちが憂鬱であることが多い従来型のうつと、自分が打ち込んでいるものや好きなことをするときには気分が良くなる非定型のうつがある」
「あるいは対人関係の持ち方についても、前者は内向的で他者に過度に気を遣い、自分を抑えたり責めるのに対して、後者は自分が否定されることに対して非常に敏感で、イライラを溜めやすく、他人を責める傾向がある。しかし後者であっても、それが甘えや幼さ、未熟さだけで説明できるかというと、そうではない病態がある」
続けて、藤井氏は「そうしたことを勘案すると、よく『うつ病の人は励ましてはいけない』『がんばっては禁句』などと言われるが、中には少し励ました方が良いうつもある。あと、私が特に非定型のうつの当事者のご家族の方に言うのは『態度は毅然と。言葉は優しく』ということ。つまり、不調だからといって全てを肯定することが必ずしも本人のためになるわけではないという意味だ。今回の大坂選手にしても、うつがあるからといって『じゃあ会見しなくていいよね』という対応だけじゃなくて、会見をすることを前提にして『Naomi, Can you think it over again?(もう一回考えてみない?)』と優しく語りかける対応も当然あっていい」とした。
「集団の中におけるうつの背景の一つはコミュニケーション不全ともいわれる。会見もコミュニケーション。言葉のやり取り、言い回しをどうするかというのは、非難と全肯定の中間にある環境づくり、接し方という意味で、非常に重要ではないか」
プロスポーツにおける会見のあり方、精神に不調をきたした場合の対応の仕方のみならず、社会の中でメンタルヘルスの問題とどう向き合っていくべきか、あらためて考えていく必要がありそうだ。
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