「日本を離れて徹底的に自分を見つめ直し、洗い直すことができた」。昨年より日本での俳優業を再開させた小出恵介が、ABEMAオリジナルドラマ『酒癖50』に主演する。連続ドラマへの出演は約4年ぶり。酒によってあぶり出される人間の弱さや愚かさを描く鈴木おさむ脚本のオリジナルストーリーで、過度な飲酒により奈落の底に堕ちていく人々に救いの手を差し伸べる謎めいた主人公・酒野聖(さけの・せい)を演じる。30代半ばという最も脂の乗った時期に一線から退き、アメリカ・ニューヨークで演技武者修行に励んでいた小出。不安や焦りに押しつぶされそうになったこともあっただろう。そんな小出の背中を前向きに押したのは、かつてともに切磋琢磨した同年代俳優たちの目覚ましい活躍ぶりだったという。
それまで所属していた事務所を退所し、2018年に渡米。約2年間NYの演劇学校の生徒として日々を送っていた。ただでさえ流行り廃りの早い芸能界。不安や焦り、諦めはなかったのか。「不安はありましたし、NYにいても日本の状況はずっとチェックしていました。日本のテレビや映画を支えている層の俳優たちはほとんどが知っている人たち。彼らがどんどん売れていく過程を4年間外側から見てきたので、自分も早くそこに戻らねばと。それは大きなモチベーションとしてありました」と同志たちの成長に再起を促された。
2019年にNYで再会した明石家さんまの言葉も胸に染みた。「久々にお会いしたときに『お前はまだ俳優の顔をしている』と言われました。日本を離れてNYでは学生生活をしていたわけですから、どうしてもキラキラした俳優ではないわけです。それでも僕としては、俳優としての志や意識だけは忘れずに保ちたいとずっと思っていた。それもあったので、さんまさんからの一言は嬉しかったです」と金言として心に刻んでいる。
ハリウッド映画のオーディションにも果敢に挑戦。「伊坂幸太郎さんの原作をハリウッドで映画化するブラッド・ピット主演の『バレット・トレイン』のオーディションでは、いいところまで行きました。しかし新型コロナウイルスのパンデミックでカリフォルニアがシャットダウンしてしまい、出演は叶いませんでした。惜しかったとは思うけれど、自分にとっては大きな自信の一つになりました」と一皮むけた気持ちにある。
日本では奥山和由プロデューサーに直談判し、今年6月公開の映画『女たち』で俳優復帰。そして『酒癖50』で4年ぶりに連続ドラマの世界に復帰。しかも主演という大役だ。正直なところ「引き受けるかどうかかなり悩みましたし、ビビっていました。題材的にもそうだし、そもそもセリフを覚えられるのかと。色々なことが怖かった」と弱気にもなった。
だが総じて、かつて主演映画『芸人交換日記』でタッグを組んだ鈴木おさむからの愛のあるエールであると解釈。「もはやおさむさんからの愛のあるイジリ、愛のあるエール。連ドラ復帰1作目にこのような内容のものをいただけることは、逆に幸せなことなのではないかと。世間からどのように受け取られるのか。気にならないと言ったらウソになります。しかしそんな不安を超えておさむさんからのエールに応えたいという思いが勝りました」と腹をくくった。
頭ではわかっているが、体は正直なもの。「撮影初日までソワソワ。前日の夜は早めにベッドに入って寝ようとするのに、コンスタントに目が覚める。興奮と緊張で頭が冴えてしまって、朝起きた瞬間にセリフの暗唱をしたりして。それをやりながら『ここまで自分は不安なのか!?』と驚いたりして」とまるで新人俳優のような状況だ。
いざ本番。感じたのはブランクではなく感謝のみ。「自分の本来の居場所に戻って来たかのような感慨。いまだかつてないくらいの新鮮な気持ちで終始撮影に臨んでいました。ロケ弁の写真を撮ったのは俳優人生で初めて。ロケ弁を見てニコニコしているなんて僕くらいでした」と照れるが嬉しそう。
来年には主演舞台も控えている。新生・小出恵介の真価が問われてくる。「日本を離れて徹底的に自分を見つめ直し、洗い直すことができました。俳優としても人間としても、今こそ変わっていくチャンス。アメリカで学んだことも活かしながら、これまでとは違う一面を見せていきたい」とリスタートを誓う。
俳優という仕事への愛と情熱も以前に増して高まった。「ずっとやって来た仕事がなくなるなんて、想像すらしていませんでした。俳優という仕事がどれだけ自分にとって大事で楽しいものだったか。人間の普遍的な愚かさかもしれませんが、失くして気づく大切なものって本当にあるんです。“当たり前”がいかに大事で自分の愛するものだったか。それをこの歳になってティピカルに感じました」。まさしく心機一転。俳優・小出恵介が、はじめの一歩を踏み出した。
取材・文:石井隼人
写真:You Ishii