「ひきこもっている人たちは特別な人じゃない」…“ひきこもり100万人時代”と社会復帰の取り組み
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 仕事や学校に行かず自宅にいる状態が半年以上続き、家族以外ともほとんど交流がない人を国は「ひきこもり」と呼んでいる。

 内閣府は去年、若者を対象にした従来のひきこもり調査に加え、「40歳から64歳までのひきこもりが全国でおよそ61万3000人いる」との推計値を初めて公表した。調査時期の違いはあるものの、ひきこもりの総数は100万人を超えるとみられているが、その実像はほとんど知られていない。

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 山口朝日放送制作のテレメンタリー焦燥の居場所~ひきこもり100万人時代』では、山口県宇部市のNPO法人「ふらっとコミュニティ」で社会復帰に取り組む当事者たちを取材した。

■“恋人の死”をきっかけに昼夜が逆転、アルコール依存、食事をしないという生活に…

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 ふらっとコミュニティが開いた家族教室に集まった、ひきこもりの子を持つ親たち。「仕事もしない。まさに履歴書は真っ白」(48歳の息子を持つ80代男性)、「“あんたたちが産んだのが一番迷惑。殺してくれていたらいいのに”と言われた」(37歳の息子を持つ70代女性)と、深刻な訴えが寄せられる。

 こうした悩みを聞いているのが、山口大学大学院で精神看護の研究をしながらNPO法人を運営している山根俊恵教授だ。現在、およそ70人の家族を支援している。

 ひきこもりの背景にある本人の「生きづらさ」を理解する姿勢が大切だと強調する山根教授。支援を行う土台となっているのは、精神科の看護師として働いていた経験だ。「私がナースをしていた頃は、精神障害者は長期入院が当たり前。地域で暮らしていく上においてのサポート体制は無いに等しい状況が長く続いていた。地域の中に自分たちの居場所がある、相談できる人がいる、そういう体制が必要ではないかと思い、2005年に精神障害者支援を始めた」。そしてひきこもりの増加に伴い、2015年からは宇部市の委託を受け、ひきこもりの支援も始めた。

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 息子・弘晃(ひろあき)さん(46)の相談のためにふらっとコミュニティに参加しているのが、80代の斎藤さん夫婦だ。「年々すごく不安が増してくる気がしますね。去年よりも今年、という形で。できるだけ早い時期に一人で暮らせる形になってほしいというのがありますね」と訴える父・松美さんに、山根教授は「気持ちと体がピタッと一致したら動くと思う。大丈夫です」とアドバイスする。

 弘晃さんがひきこもりになったきっかけは、“恋人の死”。ひき逃げだった。「事故から日が浅い時期は、そのことしか考えていなかった。それでふさぎ込む形になってしまって」。以来、昼夜が逆転、アルコール依存、食事をしないという生活が続いた。ひきこもりの状態は、およそ16年も続いている。

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 心配した松美さん夫妻は5年前、山根さんの家族教室を訪ねた。それまで親子の会話は全くなかったというが、息子の気持ちを理解するよう努め、ときおり話せるようにもなった。「人よりも劣っているとは思わんよ」と切り出す母・賀代子さんに、「それはまあ、親の立場だからそう言ってくれるだろうけど、世の人はうつだったり、ひきこもりだったりを、ただ怠けているだけじゃないかと。いまだにそういう認識はあると思う」と弘晃さん。「自分の中でもこのままではいけない、その思いはずっとあって。外へ出られるものなら出たい」。

 ひきこもりが長期化すると、大きなストレスによって二次的に精神疾患を発症する場合がある。しかし、診断を受けないままひきこもり続けている人も多いという。弘晃さんの場合、山根さんの勧めで3年前に「精神科」を受診、「躁うつ病」と診断された。「診断を出してもらって、これははっきりとした病気なんだと。それまでコンプレックスとしてあったのは、やっぱり自分は怠けているだけなんじゃないか。甘えているだけなんじゃないか。その思いが楽になりましたね」。

■両親が遺した貯金を切り崩しながらの生活から、仕事をスタート

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 国近斉さん(57)のひきこもり期間は、およそ40年におよぶ。高校2年のとき、勉強についていけなくなり中退。一度は働き始めるも、3カ月で辞めてしまった。「ハローワークみたいなところに行く勇気もなかったし、とにかく父と母に頼り切っていたということですよね」。

 その両親も80代を迎え、10年ほど前に相次いで亡くなった。しかし、未だ納骨はできていない。「お墓を作るお金がないし、納骨にもお金がかかるし…」。両親が遺した貯金を切り崩しながらの生活。生活費は、あと2年で底をつく状況だ。「あぁ、また一日が終わった。今日も何にもできなかった。何にも新しいことができなかった。明日からどうしよう。そんな感じで夜も寝られない時もありました。本当に辛いですよ。楽しくないですよ。まあ、気楽なことは気楽だけど、やっぱり心の中は焦ってばっかりいますからね」。

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 そんな国近さんにも去年、転機が訪れた。ふらっとコミュニティの紹介で、ハウスクリーニングの仕事を始めることにしたのだ。「とにかくこのままではいけないと思って。いろんな障害を持っている人も勤めてらっしゃるから。“ああこういう人も頑張っているんだ”と思うとね、僕だけ頑張れないこともないでしょと思って、やってみようと」。今は1日おきに週3回、働いている。

 去年12月。月に一度、ふらっとコミュニティが家庭的な雰囲気を味わってもらおうと開いている夕食会で、弘晃さんと国近さんが話し込んでいた。

 「周りから見ていると、国近さんは一歩前進じゃなくて、十歩くらい行ったような気がするんですよね。外に出たわけじゃないですか。外に出て、お仕事を見つけて。国近さんの姿を見ていると、励みになるんですよね。一番の目的は社会復帰だと思うんですけど、免許は取りたいと思っていて、まずはそこから」と話す弘晃さんを、国近さんは「斎藤さんにもチャンスはありますよ」と励ましていた。

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 ところが年が明けてから、弘晃さんの姿が見えなくなった。1月23日、久しぶりに来たと聞いてスタッフが駆け付けるも、部屋で横になっていた。山根さんが「意欲が湧かない感じ?なんだろうね。思い当たることない?自動車学校に手続きに行ったのはいつだっけ。もしかしたら、自分の中でそこが気づいていない不安があるんじゃない」と話しかけると、「う~ん」と弘晃さん。行くと決めたはずの自動車学校に、まだ通えていなかったのだ。

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 後日、ふらっとコミュニティの訪問看護師、時岡李衣さんは、自動車学校に行けなかった理由を尋ねるため、弘晃さんの自宅を訪れた。「学生さんたちが多い時期なので、“何でこんな年の自分が“学生が減ってから行きたいな”と感じて、逃げたくなるような気持ちもあると思う」。

 弘晃さんは「おっくうであるというか、躊躇する気持ちが大きかったが、少し軽くなったような気がします。でもやっぱり、まだ人目が気になる。時間帯は朝から夕方までで考えると、普通の人は学校や仕事に行っている。それができない自分があると劣等感が生まれる」と説明、4月になれば学生たちが減ると話す。時岡さんが「この前向きは、ずっと前向きという感じではないかなとは覚悟していますけど、斎藤さんを見ていて。2月、3月ぐらいで行けそうな気が私しますけどね。私、甘いですかね?」と尋ねると、「うーん、元に戻りたくはないですけどね…」と話していた。

■「ひきこもっている人たちが特別じゃないということを理解してほしい」

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 2月に開催されるふらっとコミュニティのフォーラムに参加することになった弘晃さん。「手伝うというか、壇上でしゃべれと(笑)」と明かすと、両親も「それは楽しみ」と笑顔を見せる。

 フォーラム当日。「“働け”ということではなくて、本人支援、家族支援をしっかりすることによって、その先に働くということに結びついて行くんだということをご理解いただきたい。家族や本人は苦しくて困っているんです。困った人じゃないんです」と呼びかけた山根さんに続いて、弘晃さんが登壇した。

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 「今現在も、私は無職です。やっぱりこの長い間に、何度かは外に出よう、仕事に就こう、社会復帰しようと思って、2度ほど会社に面接に行った」と話し始めた。2年前、ある会社に就職するも、職場でひきこもりであることについて話をされ、それに耐えられず2週間で退職してしまった経験だ。

 弘晃さんは続ける。「つらいな、と思って家に帰ってきました。それから正式に退職届を出すために会社に行って、帰ってきました。身内の恥をさらすようであれなんですが、隣に住んでいるおじが、私を見て“お前、そんなことじゃあどこ行ったって通用しねえぞ”と言いました。普段、自分は温厚だと思っていましたが、ものすごい怒りを覚えました。悲しいと同時に、すごい怒りを覚えました。親族ですら、これかと。世間の認識はこれかと。親族ですらこういう扱いなのかと」。

 さらに「親族が当事者に声をかけてあげようとすると優しい言葉になると思うけど、その言葉も当事者にはつらいんです。実際、私は両親が優しい言葉をかけてくれたにも関わらず、言葉を返すことができずに、会話をしなければいいんだと思い、一切会話をしなくなりました。これではいつまでたっても前に進まないですね。だから当事者も、ご親族の方たちも、待つことが大事だと思います。待ってあげること、待ってもらうこと」と訴えかけた。

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 3月、あいにくの雨で室内での開催となったが、この日はふらっとコミュニティのお花見だ。国近さんの仕事はもう9カ月続いている。「給料は上がったからね。今度はバンバン出てって言われてんの」と明かす国近さんに、「良かった。バンバン出てって、すごいじゃん、期待されているじゃん」と一安心の様子の山根さん。

 「自分たちはひきこもりにならないって、みんな思っているんですよね。そして、なりたくない自分がいるから、なっている人たちを社会から排除しようみたいな考えになると思うんですけど、いろんな条件が重なれば誰でもなりうるということ。ひきこもっている人たちが特別じゃないということを理解してもらえればいいかなと思います」(山根さん)。

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 この国に100万人以上いるとみられるひきこもり。その長期化、高齢化を助長しているのは、私たちの眼差しかもしれない。「厳しい目で見られると、ますますひきこもってしまいますから。そういう人もいるんだなあという感じで見てほしいし、何か機会があれば働くこともできるんだなんて。自分で言うのもなんですけど(笑)」と国近さん。

 3月25日、「行ってきます」と行って家を出た弘晃さん。向かう先は自動車学校だ。「早く取らなきゃ取らなきゃという焦燥感、焦りがずっとあったんですけど、あんまり焦らずに、自分のペースで教習を受けられたらなと思います」。

▶映像:ひきこもりの人たちはどんな心境で毎日を過ごしているのだろうか 『焦燥の居場所~ひきこもり100万人時代』

焦燥の居場所~ひきこもり100万人時代
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