「苦しみが存在しない世界を作るのは、むしろ良いことではないか」人の誕生・出産を否定する“反出生主義”、あなたはどう考える?
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 「人生、辛いことばかり。そもそも生まれてこなければよかった」。そんなことを考えたことのある人は、決して少なくはないのではないだろうか。

 今、その思考を突き詰めたかのような「反出生主義」が静かな広がりを見せている。「反出生主義」とは何なのか。そしてその考え方を支持する人の動機はー。

・【映像】出産は親のエゴ?広がる反出生主義とは?その是非を考える

■「非常に明快で、否定するのが難しい論理」…苦痛回避論

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 早稲田大学の森岡正博教授(哲学)は「“全ての人間は生まれてこない方が良かった”、そして“全ての人間は子どもを産むべきではない”という考え方が合わさったものが、最もコアな反出生主義の思想だと言えると思う」と説明する。

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 「そして、ほとんどの反出生主義者は“説得ベース”で全員を納得させ、段階的に、そしてある意味で幸せに人類を絶滅させていき、それによって全てが解決するという考え方だ。ここで大事なのは、一旦生まれた人に対して死んだ方がいいなどという考え方ではないこと、“私は生まれて来ない方がよかった”“私は子どもを産むべきではない”というだけの考え方ではないということだ。

 こうした考え方が共感を呼んでいる理由には、“苦痛回避論”があると思う。生きていれば苦痛を感じる。逆に言えば、生まれてこなければ苦痛を感じることもない。だとしたら全ての人にとって生まれてこないのが一番いいに決まっているという、非常に明快で、否定するのが難しい論理だ。これに対し、“でも、人生には苦しいこともあるが、楽しいことや喜びもあるじゃないか”という反論を誰もが思いつくだろう。反出生主義はそこに二つの回答を用意している。

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 まず、楽しいことがたくさんあったとしても、苦しみが一つでもあったら意味がないのではないか、という回答だ。“快苦の非対称性”と呼ばれているが、楽しみが何かの苦しみによって一瞬にして無意味になったという経験は誰にでもあると思う。ここから、“生まれる前の楽しみも苦しみもない無の状態の方が100%いいに決まっている”という論理が出てくる。

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 次に、幸福な人生を送る人がたくさんいる一方、地球のどこかに必ず不幸な人生を送る人が少なからずいるはずだという、“ロシアンルーレット論”と呼ばれる回答だ。人間がすることに少々の犠牲は付き物だ、と思われるかもしれないが、こんなにひどい絶望を味わっているのは生まれてきたせいだ、という人からすれば、とんでもない話だ。その意味で出産は一定の犠牲者を作り出すシステムだということになるし、だからこそ全ての人は出産すべきでないという強力な論理が出てくる」。

■「苦しみが存在しない世界を作るのは、むしろ良いことでは」

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 ごく一般的な家庭に生まれ育ち、特に“生きづらさ”も感じていないという大学生のむちさん(仮名、20)は、「これまで培ってきた英知が人類の滅亡によってパアになるのは虚しいが、まだ生まれてきていない人たちが不幸になる可能性がゼロになることの方がメリットは大きい」と主張する、いわば“反出生主義者”の一人だという。

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 「“子どもが欲しい”というのは、根本には“親のエゴ”があると思う。そして、まだ生まれてきてない子どもの視点に立てば、不幸になる可能性をどこまで考えてるの?と。“絶対に幸せにしてやる”と親が思っていたとしても、病気に罹ったり、不慮の事故に遭ったりする可能性もある。今のコロナ禍を見ていても、不幸に巻き込まれる可能性が実際にあることは理解できると思う。例えば子どもが性被害やDV被害に遭い、それに伴うPTSDに罹った場合、親も社会も責任なんて取れない。

 すでに生まれた人が生きていく意味や苦痛を乗り越える方法を考えたり、人生を肯定していったりすることは大切だと思っている。ただ、そもそもそういう苦痛が生じさせないというのが、反出生のいいところ。“それじゃあ幸せも生まれない”って言われるかもしれないが、主体が幸せか不幸せかを認識しない状態であれば、別に問題にはならないのではないか。環境破壊や核戦争のような不幸を伴う人類滅亡よりも、人口減少に伴う人類滅亡ならそれほど苦痛を伴わないわけだし、そのようにして苦痛の犠牲者が存在しない世界になっていくのは、むしろ良いことではないか」。

■「そういうふうに思わないような社会のために頑張るしかない」

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 一方、反出生主義のことを知りながらも2人の子どもを生み育てているのが、ライターの秋山悠紀さん(31)だ。「私も大学生の頃は子どもを生む気もなければ、自分も含めて人類は40歳くらいで死ぬのが一番良いとさえ思っていた。むちさんの言っていることはよく分かるし、すごく納得のできる思想だと今でも思う。子どもを2人も生んでしまってごめんなさいと謝らなければいけないかもしれない(笑)」とした上で、次のように話す。

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 「私は流産を経験しているが、確率的に流産になる可能性は低いと言われていたので精神的にショックで、子どもがほしいというタイミングでの妊娠だったにも関わらず、“自分は子どもを生むべきではない人間だろう”という思考になってしまった。それでも、できちゃった結婚をした芸能人の方にインタビューをしたときに、その方が“赤ちゃんが私のところを選んできてくれた”と発言されたことに、“やはり私は選ばれなかったということなのかな”と、心の中でかなりイラッとしてしまった。そして結局は子どもが欲しいという気持ちが出てきて1人目を生み、2人目を生んだ。

 確かに出産というのは100%エゴだ。そして生まれてくる子どものうち、全員が幸せになるわけではないことも確かだ。だからといって、反出生主義というのは、手段が目的化してしまっていると思っている。障害があって生きにくい世の中だと思うのなら、その世の中を変えれば生きやすくなるかもしれないし、なんでもかんでも生まない方がいいというのは、飛躍しすぎな気がする。反出生主義のような考えを持つことには、今の世の中の状況が影響しているとも思うし、むしろ次世代がそういうふうに思わないような社会のために頑張るしかないという、シンプルな答えに行き着くのではないか」。

■「人類が2000年以上も抱えてきた問題でもある」

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 秋山さんの意見を受け、「もちろん生きている人を不幸にする可能性もあるので、生まないということを押し付けようとしているわけではない。むしろ産後うつに悩んでいるSNSのアカウントに対して“反出生”と名乗っているアカウントが“だったら生まなければよかっただろう、お前の自己責任だ”みたいなことを書いているのを見て、母親や子どもの苦痛を減らすという思想にも反していると感じているくらいだ。

 だからこそこの思想が広まらない原因なのではないかとも思うし、“何がなんでも子どもを生むな”と主張するのが反出生主義の定義なのであれば、僕はそれには属せないのかもしれない。ただし子どもを生みたいと考えている人は反出生の思想を持っていない人がほとんどだと思う。しかし反出生を知れば、子どもを積極的に生みたいと思う人も少なくなるのではないか」と話した。

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 森岡教授は「やはり反出生主義の思想は、“人それぞれだ”というのを許容しない。いわば女性に生まない自由、権利はあるが、生む自由、権利はないという思想、そして産まれてくる子どもへの暴力であるという思想だということは知っておいたほうがいいし、単に“私は生む”というだけの話、“私は生まない”という、いわゆるチャイルド・フリーの思想の話とも違うということだ」とコメント。

 「歴史を遡ると、実は人類が2000年以上にわたって抱えてきた問題で、最近出てきた話ではない。紀元前の古代ギリシャの詩の中に“一番良いのは生まれてこないこと。その次に早くあの世に戻ること”いうことが詠われていたり、お釈迦さまがいた古代インドでは輪廻、つまり死んだ人はあの世にもう一回生まれるという考え方があったの対し、“もう一回生まれるなんてもういいよ”ということで出てきたのが涅槃、悟りだ。

 そして、思想自体は非常に理性的なものだ。つまり放っておくと増える動物と違って、人間のみに与えられた理性で正しくコントロールしていこうという、非常に哲学的な主張が根本にある。実際、20世紀に入ると効果的に避妊ができるようになり、子ども生まないコントロールができるという自覚が人々の間に芽生え、子どもを生むのはやめようという意見も非常に目立ってきた。だから今後も反出生主義的な考え方を人類は抱え続けていくと思う」。

 人間の出生を肯定しない「反出生主義」。あなたはどう考えるだろうか。(ABEMA/『ABEMA Prime』より)

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