「やりたくない」が8割、高まる「破棄率」…10年目の裁判員制度、導入の趣旨を活かすためには?
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 「貧しさゆえ、親に捨てられた兄妹。山の中をさまよい歩くと年老いた魔女に保護された。しかし1カ月後、兄妹は助けてくれた魔女を煮え立つ鍋に突き飛ばし、殺してしまった。魔女が貯めていた金貨まで盗み、家を飛び出した2人だったが、数日後に逮捕。殺人と窃盗の罪に問われた兄妹は、金貨を盗んだ事は認めたものの、殺害に関しては“魔女に食べられそうになった”ことによる正当防衛だと主張した」。 

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  これは奈良県生駒市のコミュニティーセンターで始まったばかりの新たな取り組みだ。これは「強盗殺人」なのか、それとも「単なる窃盗」か。集まった40人超の小中学生たちは「強盗殺人なら、もっと早く実行していると思う」「殺す前からお金があると分かっていたので、お金を盗るために魔女を殺したと思う「単なる強盗だと思う」「窃盗だと思う」「殺人…」と、自らの意見を発表していく。

 「疑わしきは被告人の利益に」の原則の下、示された正解は「単なる窃盗」。子どもたちからは、「難しい」との声が漏れる。

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  主催した「裁判への市民参加を進める会」の礒野太郎氏は「裁判員裁判の辞退者に歯止めが利かない状態の中、子どもたちに“模擬裁判”の経験を通じて興味を持ってことで、成人した時に少しでも参加してもらえるようになったら」と話す。市民感情を法廷の舞台に反映させるため、裁判員制度が導入されてから10年。選ばれた候補者の7割近くが辞退、無断欠席者も3割を超える事態となっているのだ。

■経験者は「やってよかった」と答える一方、「できればやりたくない」が8割

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 裁判員の選定方法は次のようなものだ。まず20歳以上の有権者から無作為に候補者名簿を作成(この時点で本人に通知。2017年は約23万人が登録された)、その中から事件ごとに「くじ」を使って抽出、選任された人に呼出状を送付する。そして裁判所で再びくじ引きし、裁判員6名と補充裁判員が決定する。この10年の間に9万人が選ばれているが、アマチュアゴルファーが1万3500回打ってホールインするのと同程度の確率だともいう。

 ホームレスの男性が起こした強盗致傷事件の裁判で裁判員を経験した高橋博信氏は、選任された際のことについて「最高裁判所から通知が届いたので、訴えられたのかと思ってしまった」と振り返る。

 「封筒にはDVDと小冊子も入っていた。会社に相談すると、“うちの会社に断れる人間はいないでしょ。出てください”と言ってもらったので、積極的に参加させてもらった。担当したのは非常に切ない事件で、パンを盗んで捕まった際に怪我をさせてしまったため、強盗致傷という罪名になった事件だった。“これは裁判員裁判でやるべき内容かな”とい思う部分もあった。場合によっては死刑判決を出す裁判もありかなと思うし、“お金を払ってもやりたい”と今でも思う」。

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 O氏は宅配専門店に入った強盗が売上金を奪い、店員に大怪我を負わせた強盗傷害事件の裁判で補充裁判員を経験した。「私も最初は“何かやったのかしら?”と思った。できればやりたくなかったので辞退できる理由を何回も読んだが、私は該当しないなと思った。とにかく不安で仕方がなく、ネットで体験談を調べたこともあった。それらを読んでいると、皆さんが“やって良かった”と書いていたので“もしかしたら私にもできるのではないかな”と、気持ちが和らいでいった。どんな事件であっても、やはり1人の人の人生を決めなければいけないという重さは当然感じた。あれから2年以上が経つが、達成感があったし、今もやって良かったと思っている」。

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 意識調査でも、経験者の96.7%が「よい経験」「非常によい経験」と答えているが、「自分たちの判断で被告人の運命が決まるため、責任を重く感じる」といった理由から、「義務であっても参加したくない」が41.7%、「あまり参加したくないが義務であれば参加せざるを得ない」が41.3%と、8割以上が「参加したくない」と回答している。

 また、「辞退率の高さ」もかねてからの課題だ。辞退事由に当たると認められた辞退者は69.6%に上るほか、正当な理由なく出廷しない場合10万円以下の過料が科されるものの、実際に科された人はおらず、無断欠席は3割を超えている。さらに問題として挙げられるのが、裁判員が担当する裁判が「重大事件が対象」となっていることだ。裁判員制度が導入されるのは、殺人罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、危険運転致死罪など一定の重大な犯罪のケースである。刑事事件全体の内、1.8%が裁判員裁判となっている。

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 これまで多くの裁判員経験者と面談を重ね、意見交換を行ってきた専修大学法学部の飯考行教授は「様々な職業、立場の市民の方が入ることによって、裁判官だけではない、非常に多角的な視点がもたらされ、比較的に質が高く、人間味のある裁判になっていると思うし、子どもの法教育などの面でも良い影響が出てきているように思う」と話す。

 一方、「たしかに事件によっては血や遺体を見るようなこともあるし、人の一生を決めるような判断をしないといけないので、心理的負担が大きいのは確かだと思う。加えて仕事が休みにくいとか、親の介護や子どもの養育などの物理的な負担もある。しかし、海外で市民の司法参加制度を取っている国では、重い罪でも必ず市民を入れるようにしている。それは誰が犯人なのか、適正な刑罰はどれくらいなのかを、判例に囚われず、目の前の被告人や証人の話から判断する市民を交えて慎重に見極めようという趣旨からだ」と話す。

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 また、甲南大学法科大学院の渡辺顗修教授は「我が国には国民の命を縮める死刑という刑罰がある。やはりそれは同僚である市民が責任を持って、場合によっては死刑を課さなければいけないということだと思う。その最もしんどい場面を市民の責任でもっていくことが、これからの日本社会を本当に国民、市民のものにしていくには必要不可欠なことではないか。もちろん死刑存続の問題を考えるにあたっても大切なのは、身近に市民がいることだと思う。そして、重大な犯罪に重大な刑罰を科すのは当然だが、いささかでも冤罪があってはいけない。それも市民が納得できる手続きで進めていくということだ。現に裁判員裁判導入に伴って、取り調べに録音・録画が入るようになったし、司法が健全になっていくような波及効果もある」と評価。「統計に“やらなければならないときにはやる”という日本人らしさが出ていると思う。同時に、実際にやってみたら面白いこともあると感じるし、受け止めることもできるというのも日本人らしさだと思う。裁判員が集まらずに崩壊した裁判はないし、これからも必要な人員は集まるだろう」との見方を示した。

■高まる「破棄率」、裁判員制度の趣旨を活かすためには?

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 一方、最近クローズアップされているのが、裁判員裁判の判決が控訴審で覆ってしまう問題だ。その「破棄率」は裁判員制度スタートから増えており、最新データでは10%を超えている。裁判員経験者に「評議に参加した判決が覆されてしまうと、無駄になるという言い方は良くないが、複雑な気持ちになるのは理解できる」と語る。

 飯氏は「裁判員に選ばれて、仕事も家庭もあるのに時間を犠牲にして一生懸命考えた末に出した判決が、あとでプロだけの裁判官の高等裁判所、最高裁判所で内容を変えられてしまう。これはやはりやりがいないと考えるのが素直な気持ちだと思う。ただ、裁判員裁判が導入される前の方が破棄率は高かった。とりわけ2014年くらいから上がっている理由は、最高裁判所が従来の判例や検察官の求刑を超える際には、具体的、説得的な根拠を示さなければいけないと言ったことが影響していると思う。裁判員の判断に、プロの裁判官が作ってきた判例の枠を当てはめていっているということではないか」と説明する。

「やりたくない」が8割、高まる「破棄率」…10年目の裁判員制度、導入の趣旨を活かすためには?
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 飯氏がターニングポイントとなったと話すのが、2014年に起きた大阪・寝屋川の女児虐待死事件の裁判だ。一審では当時1歳の三女に暴行を加えて死亡させた父・母両被告に判決懲役15年という判決が出たが、大阪高裁はこれを破棄。父親を懲役10年、母親を懲役8年に減刑した。

 そしてこれまでに6件の殺人事件の裁判員裁判で出た死刑判決が破棄されている。渡辺氏は、特に2009年に起きた千葉女子大生殺害事件の裁判を機に、裁判員の判決軽視に拍車がかかったと指摘する。

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 「1人、2人が亡くなった事件で死刑までいけるかどうかという瀬戸際のところで裁判員が死刑を選んだが、それがひっくり返された。遺族の気持ちはどうなるんだ、神戸の思いはどうなるんだと思った。裁判員裁判の結果を尊重するんだという雰囲気を変えても良いというシグナルを裁判官の中に明確に与えたと思うし、この2年後に最高裁もこれを是認することになる。これがトレンドになって以降、他の高裁の事件と比べ裁判員裁判の方が破棄率が高くなる現象も起きている」。

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 「弁護士ドットコム」GMの田上嘉一弁護士は「市民感情を反映させて量刑を決めていくんだということには意味があると思うが、一方で刑罰の公平性という観点からすると、同じような犯罪であれば同じような刑罰に処されるということが大事だと思う。やはり世の中の感情が変わり、重く罰せられることが増えていくことになったとしても、司法に対する信頼をプロの目でどこまで担保できるかなというところがある」と話す。

 「聞くところによると、遺族の方の手前もあるし、死刑を出す基準を超えたものでも検察官は求刑する。そして裁判官はそれを分かった上で無期に落とすということがあるが、裁判員は当然それが分からないので厳罰化の方に振れるということだという。その結果、検察官がコントロールをして、殺人なら傷害致死で起訴し、不起訴率が上がってしまうことも起きうる」。

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 2015年、裁判員制度には「著しく長期の裁判を裁判員裁判の対象から除外可能」「性犯罪の裁判員選任手続で被害者のプライバシーを配慮」「大規模な災害の被災者を裁判員候補から除外」「改正から3年経過後(2018年12月)から再度の見直し検討」といった改正が加えられている。今後、どのような見直しをしていくべきだろうか。

 飯氏は「意見や多数決の内容とは別に、評議の経過は守秘義務から外して良いのではないか。むしろ評議がどう行なわれているのか、これを社会に知らしめていくために情報をいただくことも必要だ」。渡辺氏は「場合によっては誤りがあることは可能性としてある。それを高裁のプロたちが指摘し、判決を覆すことは問題ない。しかし裁判員裁判の趣旨を考えれば、差し戻して別の市民グループに預けるという方法も必要なのではないか」とした。(AbemaTV/『AbemaPrime』より)

▶映像:裁判員って必要?市民感覚なぜ判決覆る

裁判員って必要?市民感覚なぜ判決覆る
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