「変わらないのは、“教育は学校に行ってなんぼや”という発想が根本にあるからだ」橋下氏と乙武氏がコロナ禍と日本の教育システムに提言
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 地域によっては緊急事態宣言下の新学期。Twitter上には学校再開や“自主休校”などについて様々な意見が投稿されている。18日のABEMANewsBAR橋下』に作家の乙武洋匡氏が出演。東京都の教育委員も務めた経験から、橋下徹氏とともにコロナ禍で浮き彫りになった教育制度の課題について議論した。

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「変わらないのは、“教育は学校に行ってなんぼや”という発想が根本にあるからだ」橋下氏と乙武氏がコロナ禍と日本の教育システムに提言

 乙武氏は「パラリンピックの学校連携観戦をめぐる議論と通じるものがあると思うが、家庭によってコロナのリスクは様々だ。家族で話し合った結果、通わせるのはまだ不安だという方も当然いらっしゃると思うし、そういうお子さんに選択の余地を残すことは必要だと思う」と指摘。

 「そもそも、なぜ学校を再開するかどうかでこんなに議論になっているのかといえば、オンライン教育の環境がまだ整備されていないからだ。確かに自治体によっては頑張ってタブレットを揃えたところもあるが、それでも“教職員の習熟度の問題が”という。これが去年の2月、3月の時点の話なら分かる。あれから1年半の間、何をやっていたのだろうか。

 僕も教員をやっていたから、日々の忙しさはよく分かる。でもこれだけの緊急事態なんだから、日々の仕事を他の人が請け負える仕組みを作って、“教員は授業をするプロフェッショナルなんだ。今はオンラインで授業ができるよう、スキルを身につけてくれ”と、教育委員会などは環境を整えなければならなかった。そして、教員もそこに食らいついていかなければならなかった」。

 この点について橋下氏は「今の教育システムは対面を原則としてできているので、オンラインになじまない。逆に言えば、デジタル化するために最も重要なポイントは、やり方自体を根本的に改めることだ。体育やホームルームなど、みんなで集まらなければいけない分野もあるかもしれないが、科目・教科は対面がなくてもいいことを原則にすれば、さらに全員が同じカリキュラム・スケジュールで進めていくのではなく、個人の能力・進度に合わせて進めていく方向に変わってくると思う。4月入学、3月卒業で1000万人以上の子どもたちを同じスケジュールで動かすのではなく、個人の進捗度合いに応じてプログラムを組んであげる。政治家が科目・教科は対面を原則としなくていいというところに踏み切れるかだ」と主張。

「変わらないのは、“教育は学校に行ってなんぼや”という発想が根本にあるからだ」橋下氏と乙武氏がコロナ禍と日本の教育システムに提言

 乙武氏も「賛成だ。教員をやっていて感じたのは、授業は1対30のようにならざるを得ないこと。3年生でも九九がおぼつかない子もいれば、休み時間に司馬遼太郎を読んでいる子もいる。それくらい学力差があるのに同じ授業をしなければいけないのはつらいし、無理がある。でもオンラインなら、30通りの授業に組み替えていけるし、結果、一人ひとりの学力がアップすると思う」と応じた。

 橋下氏は「首長をしていたとき、大阪の教育を何とかしなければいけないということで専門家の皆さんと議論をしたら、中学になって授業が分からない、つまらないという子を調べていくと、九九でつまずいていることが多いそうだ。九九をしっかり押さえてから次にいかないと、そこから総崩れになるらしい。でも、九九を学ぶのは小学校2年の何学期と決まっているから、分からなくてもそのまま次のプログラムにいってしまう。それなら1年でも2年でもかけてやったらいいじゃないか言ったら、“それでは留年と同じやないか。留年は反対”と教育の専門家に言われてしまった。

 コロナ禍で問題なのは、感染が怖いから自主休校して家で勉強すると言うと、文科省は欠席にはしないけど出席扱いにもしないということ。そうすると、通知表の出席日数に入らないので、内申書で不利にならないのかという声もある。文科省も教育委員会も“こういう状況だから不利に扱わない”と言うが、これも“教育は学校に行ってなんぼや”という発想が根本にあるからだと思う」と話していた。(ABEMA/『NewsBAR橋下』より)

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