那須川天心のキックボクシング“カウントダウン”第1戦は、鈴木真彦を相手に判定3-0での勝利となった。舞台はホームリング・RISEのぴあアリーナMM(横浜)大会。鈴木は6年前に那須川に敗れ、それ以来ひたすら再戦の時を待っていた。那須川戦以降、実に20連勝。しかし昨年11月、那須川との対戦をかけたトーナメントの決勝で志朗に敗れてしまう。
今年6月、RIZIN・東京ドーム大会での対戦オファーもあったが、その時は鈴木が断っている。プライベートな事情があったためだ。今回の対戦は、コロナ禍で外国人が来日できない状況もあってのこと。カード発表記者会見で、那須川は「僕は格闘家なので試合が一番大事。試合より大事なことがあるというのは僕には分からない」と怒りを感じさせるコメントを残している。写真撮影の際も、鈴木と目を合わせることはなかった。KO勝ちを「めちゃめちゃ意識します」とも。
ただその後、公開練習では試合のテーマを「丁寧」だと語っている。判定勝ちの翌日、一夜明け会見ではこんなコメントも。
「丁寧に確実に、というのを意識しました。会見では熱くなる部分があったんですけど、試合で感情を出すのはよくないので」
左ハイキックをクリーンヒット、胴回し回転蹴りを繰り出す場面もあった那須川。打ち合いも展開した。ただ全体にパンチ主体、なおかつ相手をコントロールするような試合ぶりが目立った。
「もっと勝負に出ればよかったんですけど。そうさせない那須川選手の強さ、うまさがありました。強引に(近い距離に)入っていきたかったけどカウンターを意識しすぎました。気持ちのこもった試合がしたかったのに、自分に対して悔しいです」
鈴木はそう語っている。うかつに攻めたらやられる。その感覚は「実際にやってみないと分からないものがあると思います」と那須川。
会見での那須川の“怒り”を見て、今回は力で相手をねじ伏せるような試合が見られるのではないかと思っていたのだが、そうはならなかった。いざリングに上がったら感情に左右されない。それが那須川の強さの“芯”の部分だ。無理矢理にKOを狙い、隙を作ってしまっては元も子もない。そんな試合をして勝てるほど、鈴木は簡単な相手ではないとも思っていたという。
鈴木は軽量級でも屈指の攻撃力を誇る選手だ。もし那須川が「この野郎、ぶっ倒してやる!」という感情むき出しの闘いをしていれば、もしかしたら鈴木がパンチをねじ込むチャンスが生まれたかもしれない。
だが、那須川はそんなチャンスを絶対に与えない。大会前日会見では、鈴木のリベンジにかける思いについて「僕には受け止めることはできないので。勝手にぶつけてきてくれれば、はね返すよと」。相手の意地や執念に巻き込まれたら、それだけ勝つ確率は下がる。那須川はあくまで冷静だった。
今年2月の志朗戦もそうだった。リベンジを期して挑戦者決定トーナメントに優勝、人生最大の大一番に臨んだ志朗を技術で完封している。キック界のトップに立つ那須川は、常に“受けて立つ”立場。ストーリーやドラマは相手の側にある。しかしそのストーリーに付き合うことはない。はね返し、呑み込むだけだ。
期待外れだったというファンもいるかもしれない。いわゆる“豪快KO”、“衝撃決着”にはならなかった。しかしそのことで、那須川天心という選手の奥深さ、底知れなさを感じることができたという面もある。この男に勝つのは、やはり並大抵のことではないのだと。
これまでの練習内容に加えて、さらにボクシングの練習を増やした結果、試合でも攻撃がパンチに偏ってしまったという反省点もある。「(キックボクシング)残り2試合、しっかり蹴り込んで臨みたい」と那須川。果たして勝てる相手はいるのか、いるとしたら...と想像を巡らせてしまうが、本人は「ここまできたら相手どうこうじゃない」とも語っている。
重要なのはキックボクサーとしての那須川天心を成長させ続けること。残り2試合「キックボクシングに希望をもってやりたい」と言う。自分が出場することで、RISEという大会に注目が集まる。その大会で他の選手にも活躍してほしい。「那須川天心が出る大会」を見たファンにインパクトを残してほしい。そしてRISEを、キックボクシングを盛り上げてほしい。それが那須川の言う「希望」だ。来年、那須川はボクシング界に行く。どんどん自力で進んでいく。「残り2試合」は、那須川天心のいないRISEを支えていく選手にこそ重要なテーマなのではないか。
文/橋本宗洋