10月29日、熊本の慈恵病院は、病院にのみ身元を明かし、一定期間が経った後、母と子が希望すれば情報を開示する「内密出産」を行う可能性があることを明らかにした。
会見によると、慈恵病院は「誰にも知られず出産したい」と県外から相談してきた妊婦を保護。妊婦は2週間たっても身元を明かすことを拒み続け、そのまま臨月を迎えたという。しかし、最後まで身元を明かさず匿名での出産となった場合、子どもの「出自を知る権利」が失われる恐れがあるため、「内密出産」の実施を視野に入れているということだ。
慈恵病院は、親が育てられない子供を匿名で預かる、いわゆる「赤ちゃんポスト」を運営しており、2019年から「内密出産制度」を病院独自で導入している。実施された場合、日本で初めて内密出産が行われることになる。
病院は現在、身元情報の管理や開示方法などについて熊本市の対応を問い合わせていて、これまで内密出産の実施を控えるよう通知していた熊本市は「病院と相談し、今後の対応を検討する」としている。
出産直後の赤ちゃんの遺棄や虐待事件が後を絶たない現在。危険な孤立出産を避けるため、制度導入を求める声が上がっている「内密出産」。こうした中、すでに内密出産が導入されている国がある。
「2014年に妊婦支援の拡大、内密出産制度の規定の為の法律が試行された」。こう話すのはドイツ出身で、熊本大学大学院のトビアス・バウアー准教授だ。ドイツでは2014年から内密出産制度が導入され、これまで800人以上の子どもが内密出産により誕生している。子どもは16歳になると自身の出自を照会することができる。
「内密出産制度を導入した動機として、赤ちゃんポストが2000年から設置されているが、妊娠を隠している女性が最後まで隠してしまって、孤立出産になって、その後で赤ちゃんポストを利用するという流れが考えられる。そういった女性を対象に、医療的な手当てを受けながら、安心して出産できる可能性を提供するというような狙いがある」(同)
内密出産制度により赤ちゃんポストの件数が減った一方で、新たな問題も。制度がなければ正規の出産を選んだはずの女性が、内密出産を選んでしまうケースも一定数あるといい、批判的な声があがっているという。
こうした海外の動きも受け、現在日本でも内密出産の法制化に向けた動きが進んでいる。去年12月に発足した超党派の議員連盟、「生殖補助医療のあり方を考える議員連盟」の事務局長を務める国民民主党・伊藤孝恵参院議員は、重要性をこう訴える。
「16年間で833人の子どもたちが児童虐待で亡くなっている。そのうち0歳児が半分で、産声をふさがれて命を奪われたという子が一番多い。児童虐待をなくすというなら、そういう子たちに取り組まないといけないということだ。『ここで産めば大丈夫』ってお母さんと子どもに言える制度を作るのが、立法府の役割なんじゃないかなと思ってやっている」
これまでも内密出産の法制化を訴え続けてきた伊藤議員。制度の重要性を訴える中、壁も感じているという。
「問題は刑法。刑法157条公正証書原本不実記載罪というのがあるが、法務省の刑事局がこの違法性が排除できないという認識を示している。つまり、お医者さんがお母さんの名前を知っているのに、匿名や仮名、空欄で出生届を出すということが罪に問われるんじゃないか、そういう可能性があると指摘をしている。これらは罪に問われないという政府答弁が必要だし、それができないというのであれば、もう法律が必要。議員立法をしていく必要があると思う」
議連は現在、不妊治療など、生殖補助医療で生まれた子どもの「出自を知る権利」を保障する民法特例法改正案を、来年の通常国会に提出することを目指している。伊藤議員はこれを足掛かりに、内密出産の議論も進めていきたいと話す。
「生きてこそ命。生まれてきてかわいそうな命なんて一つもない。そういう子たちがつらい思いをするというご意見があるのも承知している。だから、つらい思いをしなくていい社会もつくる。そのためにも私も一生懸命働くから、子どもたちには生きてほしいし、お母さんたちにも幸せになってほしい。出自を知る権利の担保も我々が責任をもって公的にやることで、子どもが『自分は誰から生まれたんだろう』『どこから来たんだろう』と知りたくなった時、出自を知る権利を担保しておくというのも諦めたくないなと思って、ちゃんと整備していきたいと思っている」
内密出産の議論に対して、東京工業大学准教授の社会学者・西田亮介氏は「孤立出産は母体に負担をかけ、子どもの命は守られるべき。そのうえで日本における内密出産に関しては議論が若干混乱している印象を受ける」との見方を示す。
「例に出ていたドイツの内密出産は、行政が情報や出生を把握、管理し、病院において匿名で子どもを出産するという仕組みだ。しかし、日本における今の議論は逆。民間の病院に情報があって行政機関にないということになってしまうと、民間の病院がつぶれてしまうといった可能性もある。問題意識はよくわかるが、母親の不安を解消しながらドイツのような仕組みに寄せていくことが好ましい印象を受ける」
内密出産において、市や国は具体的な回答を示していないが、どのような議論が必要なのか。
「保護責任者遺棄を構成する不保護の不適用の明確化などがありえるのかもしれない。ただ本件は件数を見ても極めて例外的な事項なので、問題が認知されればそこまで難しいことではない印象を持っている。ただ、急がなければいけないというところが1つ課題だ。おそらく多くのお母さんにとって、妊娠出産支援の仕組みや支援があるということが十分認知されていない。支援や認知が不十分であることが問題を招来している可能性があるので、そもそもの出産の医療保険適用など含め出産を巡る制度全般のアウトリーチや見直しも必要ではないか。そこに対してきちんと手当てしていくことで孤立出産を防ぎ、命を守る仕組みの導入が大事だ」
(『ABEMAヒルズ』より)
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