2017年に神戸市北区の住宅地で親族や近隣住民ら3人を殺害し、2人に重傷を負わせたとして、殺人や殺人未遂などの罪に問われた被告に無罪(求刑無期懲役)が言い渡された。
【映像】病気を装って…ひろゆき氏「演技力があれば騙せるのか?」に精神科医の答え(4分30秒ごろ~)
当時26歳だった被告は神戸市で同居していた祖父母を金属バットで殴るなどして殺害。止めに入った母親にケガを負わせると家を出て近所の女性に襲いかかり、1人を包丁で突き刺すなどして殺害。もう1人にもケガを負わせた。
今回の裁判における最大の争点は被告の刑事責任能力の有無だ。被告は「近くにいる哲学的ゾンビを倒せという指示を受け取った」と話し、犯行を認めている。弁護側は「犯行時に被告が幻聴や妄想の圧倒的な支配下にあり、善悪の判断ができない心神喪失状態だった」と主張。一方、検察側は「幻聴や妄想はあったが重くはなく、善悪を判断する能力は残っていた」として“心神耗弱”を主張し、無期懲役を求めていた。
責任能力の“境界線”はどこにあるのだろうか。そもそも見極められるものなのか。ニュース番組「ABEMA Prime」では、専門家と共に議論した。
刑法における心神喪失状態は「刑事責任能力がない」として、罰しない旨が規定されている。今回、被告に対しては2度の精神鑑定が行われ、鑑定した3人の医師のうち、2人が心神喪失、1人が罪を問える心神耗弱と判断。意見が割れていた。
この事件について、番組に出演した精神科医・昭和大学医学部主任教授で自身も数々の事件で精神鑑定を行っている岩波明氏は「現行の法律に従えば非常に妥当だと思う」とした上で「一点付け加えると、私ども精神科医が心神喪失か耗弱と鑑定書に書くことはない。決めるのは裁判所であり裁判官だ。そこは最高裁からも『精神科医がそういうこと(心神喪失や心身衰弱など)を言うな』という通達が出ている」と補足。
「心神喪失や心神耗弱は医学用語ではない。詳しい病状とか犯行時の精神状態等を分析した鑑定書を見て、裁判官が解釈し判断する。精神科医は一定の方向は示すが、最終的な判断は裁判官だ。心神喪失と心神耗弱の違いも、結局精神科医から見るとない。要するに、裁判所が『これは無罪』だとした場合は心神喪失とするし、減刑はするけど無罪にはしない場合は心神耗弱になる」
無罪判決に、SNSなどには「被告だけが守られてしまうのか」「被害者に対してあまりにも無慈悲」「これが無罪なんて法律の方がおかしい」といった声が寄せられている。精神科医であれば、心神喪失と心神耗弱の境目は見えるのか。
「まったく見えない。このケースは圧倒的な幻聴や被害妄想、それに従った犯行だ。犯行自体が精神疾患によるものと考えてもいい場合は、おそらく心神喪失に当たる。一方で、幻覚や妄想に必ずしも支配されていないけれども、本人はかなり病的な状態にあったと考えられる場合、一般的には心神耗弱に相当すると言えると思う」
ここでネット掲示板『2ちゃんねる』創設者のひろゆき氏は「ものすごく演技力のある役者さんが『心神喪失の真似をしよう』『喋るときも心神喪失と見られるようにしよう』とした場合、どれくらいの確率で精神科医の人を騙せると思うか」と岩波氏に尋ねる。
ひろゆき氏の質問に岩波氏は「おそらくそういった映画もあったと思うが、結論から言うと心神喪失を真似することはまず無理だ」と断言。
「精神科医は、ある一点で判定するわけではない。多くの患者さんには長い経過があり、いろいろな病院に受診したり入院したり、そういう記録が残っている。我々はそういった経過を通じて、全体を見通して診断を出す。詐病的なものは、おそらく通用しないと思う。ある程度、経験ある精神科医だと、患者さんにお会いした瞬間にほぼ分かる。ただ、実際に詐病のケースはゼロではない。解説の本も出ているが、詐病して医師をうまく騙したケースは現実的にさほど数は多くない」
その上で岩波氏は「喪失と耗弱の定義が時代によってだんだん変わってきている」とコメント。
「かつては統合失調症であれば、どんな例でもほぼ心神喪失だった。ところが90年代ぐらいから、裁判所が『そう言っても計画性があるじゃないか』『犯行を隠蔽しているじゃないか』と、完全な喪失とは言えないロジックを持ち出した。今は、かつては心神喪失だったケースが心神耗弱になっているケース、あるいは多くの先生方が見て統合失調症だと判定するケースを、鑑定(を担当した精神科医)がパーソナリティ障害のような付け方をする例も少なからずある。いわゆる検察寄りの鑑定書だ」
また、精神鑑定の流れについて、岩波氏は「拘置所に通う先生もいるが、多くの場合、3カ月程度入院してもらい、詳しく経過を聞き、本人を面接する。裁判資料の中にかつての病歴などが送られてくるので、そういったものを精査する。詳しいケースレポートを作るような形だ」と紹介。
ひろゆき氏から「今回の事件で鑑定書を出した先生もそれなりの経歴の先生だと思うが、判断が分かれている。弁護士さんは心神喪失と判断する精神科医さんに頼み、検察は心神耗弱と判断する精神科医にどんどんお願いするみたいにならないか」と指摘が飛ぶと、岩波氏は「まさにそういった構図がある。言い方は悪いが、検察寄りの鑑定書を書く先生が“鑑定屋さん”のような感じで、阿吽の呼吸でやっているようだ」と回答。
さらに、ひろゆき氏の「それだったら論文のような形で、匿名の先生が何人かで判断して鑑定を出すほうが、より公的な公平な判断になる気がする」といった意見に、岩波氏も「論文のようなシステム、あるいは1回出された鑑定書を検証するようなシステムが今後あってもいいと思う。今はとにかく(鑑定を)出したらそれで終わりになっている」と話した。
社会問題に関するコミュニティ・教育事業を行うリディラバ代表の安部敏樹氏は「法的な論理として、無罪は納得できる」とした上で、「と言っても、彼(被告)の状態が変わらない場合、無罪になってどこかに住んだとき、また同じようなことを繰り返してしまう可能性はある。それに対する予防措置の話はないのか」と疑問。
岩波氏は「かつての日本はそこに非常に不備があった」といい、「こういったケースの場合、大体が措置入院になっていた。措置入院になると、その瞬間に行政も司法も一切手を引いて、あとはもう病院に一任されていた。あまりにも他の先進国と違った」とコメント。
「十数年前から心神喪失者等医療観察法(2005年施行)ができて、今は犯罪をした精神科患者さんの治療が専門の病棟でやられている。ただ、そこでの治療期間、入院期間も十分じゃないと思う。例えば、英国などでは19世紀からこういう人たちの処遇がしっかり定められている。これが良いか悪いかの議論もあるが、ブロードムア病院というスペシャルホスピタルがあって、そこである意味終身刑的な扱いで、重罪の人が収容される。今の日本では、医療観察法で一定のサポートはされているが、なかなか1年2年でよくならないケースもある。かなり長期にサポートする必要がある」
今回、神戸地裁が下した判決に対し、遺族は「人が3人も殺されている。法律を変えてほしい」と訴えている。法律が変わる可能性はあるのだろうか。岩波氏は「精神疾患者の犯罪減刑には長い歴史がある」と話す。
「この議論は現行の法制度をどのようにするかといった議論になると思う。ただ一言申し上げると、精神疾患の方に関する減刑には長い歴史があり、西洋ではヨーロッパ法(EU法)にも記載があり、日本でも奈良時代くらいの法廷から歴史がある。それを踏まえて現行の法制度がある。もちろん議論はしていただいていいと思うが、単純に被害感情におもねるわけにはいかないところがある」(「ABEMA Prime」より)
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